第3話 辺境の王に挙兵の覚悟を求める

 銀河皇帝からの使者を迎える杯事は使者の希望によりセーハの中央宇宙港の迎賓ラウンジで行われることになった。もてなし係に案内されてラウンジに入ってきた使者はリョウゼンという僧侶であった。瞳孔の収縮した緑の目をギラギラと光らせて法衣を身にまとった小さな体を滑らせるように広間を横切り、待っていたバルトロのそばまで来ると

「突然の往訪にも関わらず早速拝謁を賜り身のほまれです。」

と、恭しく挨拶をした。

"果たしてなぜ、今になって使者が送られて来たのだろう。"

とバルトロは疑問に思ったが、まずは粗相の無いように応接しなくてはならない。

「こちらこそ。遠路ようこそおいでくだされた。私が王となってから皇帝陛下のお使者をお迎えするのは初めてでござる。何かと粗漏ありますことお許し願いたい。」

リョウゼン導師はその言葉には反応せず話題を切り替えた。

「ところでセーハの主力艦隊がこちらに停泊されていると聞きました。わがままを言って見せていただきたいとお願いしたのですが。叶いましょうか。」

「もちろんです導師。早速お見せいたしましょう。」

バルトロはリョウゼン導師を大きな窓の近くにいざなった。すると真っ暗だった桟橋の照明が次々と灯って、巨大な新造戦艦がいくつも姿を表した。

「おお、これは素晴らしい。噂のロメロ型ですな。まさに伏龍、身震いするような威厳があります。」

控えていた随臣が説明を加えた。

「ここに見えておりますのは、セーハ第一艦隊の船でございます。すべてロメロ型の新造戦艦、バラワン性能は13桁の2.1です。よって相対時間遅延は1000時間あたり1.275秒。武装は旧来型のおよそ1.3倍でございます。」

「うむ、戦力は申し分ありませんな。」

リョウゼン導師はバルトロ王の方に振り返った。その顔は今までとまるで違い口角が落ち眉間が下がり、真っ直ぐにこちらを見つめる緑の瞳には炎がゆらゆらと滾っている。

「それではバルトロ王、銀河皇帝陛下の勅を申し上げます。」

リョウゼン導師は一段高くなっている上座に移動して、懐より下達状を取り出し頭を下げると、ラウンジにいる者に見えるように高々と掲げた。そして鉱質ガラスが響くような轟声で宣言した。

「上意でござる。」

すごみのある威圧に一同は思わず片膝をついて頭をたれた。バルトロ王も下座の先頭に畏まった。

「セーハ国王バルトロ右大候に申す。朕、巨人ガイアに立志の表を報じ、マゼランの賤賊を誅するを誓い奉る。鼠輩に国を治めさせれば災いやまず、争い静まらず、四民困窮せる。騙奢りは横行し、立身がために公に胡乱なる小包をはばからん。銀河の万星に摂理があるように朕をして一念決するはこれ梵天の摂理なり。果たして臣には銀河帝国に忠節の師表たるを現し、朕が出征の思いに催合せんことを願うものなり。」

バルトロは体のうちから震えが来るのを抑えられなかった。

"これは銀河皇帝がマゼラン政権を討伐するために挙兵するということではないか。"

バルトロは上座のリョウゼン導師を見上げた。リョウゼンは一層吸い込まれるような深い緑の眼球をまっすぐにバルトロに向けている。

"挙兵に呼応せよというのか。この俺に。銀河皇帝は辺境のペルセウス腕までわざわざ使者を送り俺に助けを求めている。それほど俺の名は銀河の中心でも聞こえているのか。"

するとリョウゼン導師がいつの間にかバルトロの直ぐ側まで降りてきて囁くように言った。

「銀河の中心で大暴れするのです。小さな喧嘩とはわけが違いますぞ。覚悟はよろしいかな。」

バルトロは思わず視線を第一艦隊主力のロメロ戦艦に向けた。あの戦艦の性能のすべてを引き出し、自らの指揮で縦横無尽に銀河の中心を駆け回る。バルトロはそんな自分の姿を想像し、引き返すことの出来ない世界を見てしまったような思いに駆られた。


 翌日は酒宴となった。バルトロは意気上々で豪快に酒を飲んだ。社交というものをろくに知らないバルトロの応接は惨状と言えるものだったがリョウゼン導師は気分を壊す様子もなく宴は進んだ。随臣たちはバルトロが何かとんでもない失敗をやらかすのではないかと案じていたが、この日はどういうわけかいくら酒を飲んでも悪酔いをするということがなかった。むしろ持ち前の茶目っ気を発揮してすっかりリュウゼン導師と打ち解けていた。

「そうだ、導師、なにか術を見せてください。優れた僧侶は不思議な術をつかうというではありませんか。俺は僧侶の術というものをこれまで見たことがないのです。セーハにも僧侶はおりますが、みな《暮らし人》なので凡庸な僧ばかりです。一つ簡単なやつで結構です。見せて頂けませんか。お願い申します。」

「大候、僧侶というものはただこの世の理を説くのが仕事です。ですから僧侶は《暮らし人》であるのが普通です。しかし拙僧は僧籍を持ちながらこうして《争い人》の間で暮らしておりまする。優れた僧侶などではないのです。お見せできるような術など持ち合わせておりません。」

「まあ、そう言わず、俺は導師のことを知りたいのです。なにか一つだけでもお見せください。」

「左様ですか、そこまで言われるのであれば仕方がありませんな。お求めとあらば一つだけお見せしましょうか。」

「ぜひぜひ。」

「では椅子におかけください。」

リョウゼン導師もバルトロのすぐ隣に椅子を引き寄せて座り、ゆっくりと深呼吸をすると顔の前に人差し指を一本立てた。

「これは《阿頼耶識霊露瀑の法》と申します。よいですかな、心を落ち着けてこの指をじっと御覧ください。」

バルトロは導師の人差し指を見つめた。

「では、この指が二本に見えるように目の焦点をずらしてその真中を見てください。さて、それが出来たらこの部屋の音に耳を澄ませて、その音が消えてなくなるように耳鳴りを聞き分けるのです。」

その瞬間にはバルトロは催眠状態に入っていた。リョウゼン導師はバルトロに近づいて、耳元に囁いた。

「指から目を離すと、先程の酒に忍ばせた毒が体に回りますぞ。」

バルトロは体の毛穴がビリビリと開いてゆくのを感じた。

"これはただの術なのだ。導師が毒を入れることなど不可能だ。しかしなにか別の術で毒を入れることができるとしたら・・・"

あっという間に目の前の二本の指以外は暗闇となり、あたりは静寂に包まれた。

”これは”どういうことだ。俺は酒宴の会場にいるはずだ。周りには人がたくさんいてにぎやかな声が聞こえるはずなのに、何も見えないし聞こえない"

バルトロは周りを見ようとするが二本の指から眼を離すことが出来ず、音を聞こうとするが耳鳴りから意識をそらすことが出来ないのである。

すると暗闇に2つの緑の目が現れた。そしてどこからともなく声が聞こえてきた。

「国民はあなたを嫌っている。」

バルトロは引き込まれるようにその声と会話を始めた。

「誰だ、国民が俺を嫌っているとはどういうことだ。」

「随臣たちもあなたを嫌っている。」

「そんなはずはない。」

「あのとき、あなたの寝首をかく相談をしていたのだ。」

「あの時といえば、控室でのことか。そんなバカな。」

「オレアリー将軍もタベラ軍とつながっているのを知っているかね。」

「ありえない。ついこの前タベラをやっつけたばかりだ。」

「そしてあなたを最も恨んでいる人たちがいる。」

「誰だそれは。」

「知っているだろう、ほら、あの人達を。」

「ベルナ家の連中か、国を譲ると言い出したのはアーチャーだ。俺は正当な手続きで国を譲られたんだ。それを逆恨みするとは許せん。」

「彼らもあなたをいつか殺そうと計画しているぞ。」

「おのれーっ。」

ふうっと、あたりが明るくなった。リョウゼン導師が指をおろしたのである。周りには酒盛りをしている人たちがおり、ガヤガヤとにぎやかに話をしている。導師がバルトロに声をかけた。

「いかがでしたかな。」

バルトロは少しの間呆然としていた。

「誰かの声が聞こえた。」

「誰の声でしたか。」

「あれは、導師の声・・・ではない、あれは・・・俺の声だ。」

「そうです。聞こえたのは大候ご自身の声です。この術は人間の内なる意識体の声を聞くことのできる簡単な方法を使っております。」

「あの声は、俺の声なのか。」

「随分と不安なことを話していたでしょう。」

「確かに恐ろしいことを話していた。」

「気にすることはございません。人間は誰でも心の中にみえない不安を抱えているものなのです。心の中の不安は、魔と呼ばれます。疑いの魔物です。僧侶の修行というものはまずは自分の中の不安を知ることから始まるのです。この術はその修行で使う技なのです。」

「この俺の中にも不安はあるのか。」

「もちろんございます。不安は心の暗いところに隠されているのです。ですから普段感じることがなくても、およそ万民が不安を持っているといってよいでしょう。」

「なるほど、さもありなん。」

「まぁ、極めて健康体だということです。」

リョウゼン導師が笑ったのでバルトロは少し安心した。

「いやぁ、大したものですな。僧侶ならば誰でも今のような術を使えるのですか。」

「今のはほんの心の入口を覗いただけでございます。宗門に入って最初に行う居士修行を終えたものならば誰でも出来ます。」

「ほお、世界にはまだ知らないことがたくさんあるものだな。」

「仰せのとおりです。」

バルトロは暗闇の中に浮かんできた緑の目を思い浮かべた。

"この導師は果たして信じて良いのであろうか。田舎者の俺のことなどはすべて見通しているようだし、あのような不気味な術を使うのだ。よほど用心してかからなくてはならないぞ"

バルトロが思いを巡らせている様子をとなりで見ていたリョウゼン導師は自分の送った毒がこの素直な為政者の心に効き目をあらわしている事を知った。あとはこの男がどれほどの器量があるのかを試すだけである。

「さて、大候殿下、勅に応じて兵をあげなさるのであれば、色々片付けなくてはならぬことがございます。術をお見せした駄賃として見通しだけでも聞かせていただけませぬか。」

バルトロの酔いはすっかり醒めていた。

"よほど急いでいるようだな。皇帝がすでになんらかの行動を起こしたに違いない。"

「ご心配には及びませんぞ。このセーハ王バルトロは、銀河帝国の右大候として勅を頂いた以上、必ずや兵を率いて都入りいたします。早速タベラとの和平の準備にかかりましょう。」

リョウゼン導師は深い溜め息をつき首を横に振った。

「やはり、わかっておられないようですな。無理もありません。よいですかタベラとの和平は必要ありませぬ。」

「いや、しかしそれではセーハを留守にはできませんぞ。我々がいないと知ればタベラはここぞとばかりに攻めて来ることは間違いありません。」

「和平を結んだところで、留守をしていればいつタベラが約定を破り攻め入ってくるかはわかりません。」

「もちろんそのとおりです。ですから留守部隊はきちんと残します。」

「マゼランを敵に回すのです。それがどういうことかおわかりでしょう。」

「無論わかっております。」

「だとしたらタベラとの和平など必要ありません。」

「どういうことでしょう。」

「拙僧が申し上げているのは、すぐにタベラそのものを落としていただきたいと言うことでございます。」

「え、タベラを落とす。」

「そのとおりです。それも今すぐにです。」

「しかし、タベラとは三代にわたって戦をしてきたのですぞ、そう簡単に落とせるものではありませぬ。」

「それでは、挙兵応呼の必要はありませんな。」

「どういうことです。」

「タベラごときを落とせないようなら、マゼランを相手にする大戦でろくな働きは出来ないでしょう。むしろ足手まといになるかもしれませぬ。」

「なにっ・・・」

「これは失礼仕りました。心得違いをなさらないで頂きたい、皇帝陛下はバルトロ右大候ならばタベラを一捻りにできると思っておられるのです。だからこそ拙僧が使いとして来たのです。」

「そ、それはそうだが。」

「大候に力がないと思えば、拙僧はタベラの方に遣わされていたでしょう。」

「・・・・・」

「覚悟をするのです。銀河は動こうとしています。いつまでも同じ毎日が続くというのは幻想です。世は移ろい常に古い殻は破られて千変万化の理は曲げることは出来ませぬ。流れについて行けぬものは置いてゆかれるばかりです。」

「それはそうだが。」

「何、大したことはありませぬ。バルトロ王が少々身を入れればタベラなどはすぐに落ちましょう。及ばずながら拙僧も翼扶させていただき申す。」

「何、導師が帯同されるというのですか。地球には帰らないのですか。」

「ここにとどまり右大候に剛力するよう皇帝陛下より仰せつかっておりまする。」

「むむむ、そうか、、となれば話は別だ。こちらには銀河皇帝の使者がいる。たしかに、これは・・・できるかもしれぬ、しれぬが・・・・」

「あまり時間はございませんが今日は酒宴でございます。続きは明日また相談いたしましょう。ささ、もそっと酒を飲みませぬか。」

バルトロにはまだ迷いがあった。しかし答えは出ているも同然であった。いよいよ銀河が動き出す。バルトロ王はそのような時に消極的な判断をする人間ではなかったのである。


ユイシキ学派における不安についての一節

「不安とは、未来が見えないことによって起きる警戒心を基調とする心理的働きである。不安は生き延びるために大切な知恵であるが、人間の判断を鈍らせて良くない結果を招くこともある。時には不安に心を奪われて全く正常な思考ができなくなることさえある。良い結果を得たいなら不安とうまく付き合わなくてはならない。特に自分の心の中にある不安は見ることも感じることも出来ないのでコントロールが難しい。逆に知らず知らずのうちに真意を隠され、騙され、偽の情報を与えられて我々の方がコントロールされてしまうこともある。そうなってしまったら結果は悪い方へ悪い方へとしか進まなくなる。

 不安が湧き上がって来る心の中の領域を阿頼耶識アラヤシキという。この領域はカウンターパートとして人間の自我とはすれ違いの関係にあるため、直接その不安を感じることは出来ない構造になっている。さらに間接的に不安を推測しようとしても、不安をカモフラージュする機能があるため容易に知ることは出来ない。このカモフラージュを司る心の領域を末那識マナシキと呼ぶ。こうした心の働きに翻弄されないようにするためには心を知ることから始めなくてはならない。この世はすべからく心が主役であるのだから。」

 ・・・ユイシキ心理学の第一人者ソジャク著「阿頼耶識に由来する不安の構造」より冒頭部分の抜粋



【用語】

四民・・・《暮らし人》《探し人》《迷い人》《争い人》のことを言う。生活が分離されており互いに干渉する時には厳しい法的規制がある。属性は自分で自由に選ぶことができ変更もできる。法律上は《暮らし人》が最も上位であるとされ保護されている。例えば《争い人》が他の属性に威圧的な態度を取ったり、《探し人》や《迷い人》が惑わせるような態度を取ることには厳罰が与えられる。なお《探し人》と《迷い人》を同じ属性として「三民」とする考え方もある。

《争い人》・・・四民のうち主に政治家や、武家、大規模経営者など日常において争いをする人たち

右大候・・・銀河帝国から地方の諸将に与えられる官職の一つ

バラワン性能・・・バラワン航法をするときの能力、光の速度に対するパーセンテージを小数点以下の桁数で表現する

相対時間遅延・・・光の速度からどれくらい遅れがあるのかを現した時間数値、バラワン性能から算出することもできる


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