第2話 辺境の名もなき武将に使者を送る

 天の川銀河のペルセウス腕の終端にほど近い場所にセーハという国があった。この国にはジャイカン山脈群という銀河三名山の一角をなす霊峰がある。この山こそセーハ星系が筆鋒となって銀河にペルセウス腕を描きあげた粗脈の名残であり天の川銀河創世のおり惑星に記された仮想超巨人アキシュビアの事触れとされる福運、財運、人運をもたらす神域と敬われている場所であった。

 この神域を遊び場としている男がいる。セーハの王、バルトロである。彼がどこから現れたのかはよくわかっていない。本人は代々セーハを統治してきたベルナ家の血筋の出身だといっているが、国民の誰一人として信じている者はいなかった。

「それだけはありえない。」

「あんな下品な男がベルナ家から生まれるはずはない。」

「きっと、流れ者が王族を騙して国を乗っ取ったのだろう。」

などと言われている。

 そんな陰口は本人には全く耳に入らない様子で

「やぁ、宮中の諸君、元気かね。どうだ今日も鹿追に行こうじゃないか。最近良いのが獲れないから、今日こそは大物を仕留めるぞ。」

などといって随臣たちを引き連れては神域何するものぞとズカズカとジャイカン山の奥に分け入っていった。

 この日、遠く深い山まで来ると生糸のような流れを幾重にも持つ美しい滝があった。

「ああ、思い出したぞ、ここだここだ。」

「陛下、以前にもここに来られたことがあるのですか。」

「忘れもしねぇ、アーチャーと鹿追をしてここまで来たのさ、それでとんでもなくデカい角冠の大雪鹿を仕留めたものよ。」

「アーチャーといいますと・・・アーチャー・ベルナ様のことでしょうか。」

「そうよ、そのベルナの若殿のアーチャーだよ。今じゃおとなしく隠居してくれていて助かるな。あのとき、あいつが鹿追勝負で負けたら国を俺にくれるというからさ。そりゃありがてぇって事になったのよ。」

「へ、陛下、それは・・・本当のことですか。」

「あいつはまるでだめでねぇ。俺が勝った。」

「では、鹿追で、国を譲られたのですか・・・」

「あとになってあいつに確かめたのさ、アーチャーくん《人に晴天白日、高潔なるを持って人となし、虚誕空言、欺瞞をもって人ならざるなり》というけどまさかあのときの君の言葉は嘘ではないね、と言ったら・・・」

「言ったら・・・どうなりましたか。」

「すんなり譲ってくれたのさ。」

「え、ええええ。」

「たまにはアーチャーに会いにいくか・・やっぱりやめとこう。誰にも言うなよ。さぁ、今日も張り切っていこう。」

こうして数日遊んでいたかと思えば、バルトロは突如として随臣を呼び集め

「今日から暫く山遊びは中止だ。タベラのボンクラどもが引っかかりおった。サカウダイ砦を取り囲んでいるらしい。さて戦だ戦だ。」

 セーハでは隣接するタベラ国との戦いが先々代王の時代から長い間続いており、国民もバルトロの戦上手ぶりは認めざるを得なかった。下品だなんだと陰口は言っているが、バルトロのおかげで国はどうにか平安を保ち経済も回っていることは誰もが認めるところであった。


 サカウダイ砦はセーハ星系の重力圏の最も遠いところにある小惑星に併設された警備コロニー砦である。当然セーハの領域であるが、人類がバラワン航法で宇宙を飛び交う様になってからは相手領域に互いに侵入することはよくあることであった。

 隣国タベラとしてはいつものように泡沫砦の一つを落とすつもりでいただろうが、手ぐすねを引いて待っていたのはバルトロの罠であった。

 砦には普段の雑兵と入れ替えて、バルトロの片腕であり一騎当千の武将であるオレアリー将軍率いる精鋭部隊を伏してある。敵の布陣が鉢山陣形か、酒船石陣形であった場合、砦を出てこの精鋭部隊が敵中央に攻撃を仕掛ける手はずになっていた。

 こちらの陣形は半紡錘陣という円錐形の陣で、中央一点突破に強い。これによってまず敵陣を分断する。仮に分断できなくても敵方の再集結までの時間を稼ぐ。その間にこちらは陣を解くのである。

 陣を解くとはつまり、雲散霧消のごとく敵の目の前から姿を消すことである。しかしただ消えるわけではない。小さな単位で集散を繰り返しまるで脈動のように敵を消耗させる。これは精鋭部隊でなければ出来ない難しい作戦行動であり、敵は引くこともできず、その場に足止めとなる。いわゆる拍動耗悴の計である。

 そこへバラワンエンジンを最高出力で飛ばして来たセーハ第一艦隊が同じ半紡錘陣で敵前に現れる。敵が怯む間に先発攻撃部隊は敵後方より脱出、第一艦隊は二の矢を放つ。という手順である。

「かかれー。」

オレアリー将軍の合図で突撃工船を先頭に中規模艦群を構成する艦船と腕に覚えのある格外の雄偉で構成された航宙白兵隊が半紡錘陣で敵中央に撃ってかかった。

 作戦は読みどおりに進んで、敵タベラ軍はその日のうちに明らかに体勢を崩した。オレアリー将軍がまるで露払いのように敵を翻弄し、いよいよ混乱したところへセーハ第一艦隊がバラワン航法の勢いそのままに蒸気を上げて敵正面に卒然と姿を表したのである。もちろん第一艦隊をひきいるのはバルトロ王本人である。

「さあ、諸君、暴れるだけ暴れたまえ。」

バルトロはそう言って、自らも

「われこそは軍茶利明王の大権現、セーハのバルトロなり、我と思わん者は尋常に勝負しろ。」

と、辺り構わず旗艦を上下左右へと巡らせて喜び勇んで戦場を駆け回った。

 こうしてサカウダイ砦にうっかり手を出したタベラ軍は手痛いしっぺ返しを食ってほうほうの体で逃げ帰ったのである。

「ああ、愉快痛快。今度はこちらから攻めてやるからな、覚えていろボンクラどもよ。」

バルトロは上機嫌である。

「さあ、酒盛りだ。オレアリーを呼び寄せよ。」


 戦のあとの楽しい酒盛りは三日三晩続いた。まるで亀を助けた漁師が招かれたお礼の宴があまりに楽しく、あっという間に時が経ち、哀れ老人となった寓話のように、誰もが戦勝の一時の喜びに酔いしれたのであった。しかし楽しいときのあとには寓話の如き現実が待っている。

 酒宴の終わった翌日から、いつものように重苦しい日々が三日も続いていた。随臣たちは控えの間で自分たちに必ず降り掛かってくるこの難しい状況に頭を悩ませていた。

「陛下は、また落ち込んでおられるか。」

「だいぶ落ち込んでいるな。」

「誰が声をかける。そろそろ誰か声をかけたほうが良いだろう。」

「俺はこの前いったぞ、今度はお前が声をかけろ。」

随臣たちが互いにバルトロに声をかける役回りを譲り合っていると、ふと後ろに人の気配がした。随臣たちが一斉に振り返ると、いつの間に入ってきたものか、魂のぬけたようなバルトロ王がそこに立っているのである。

「うへぇ、へ、陛下、いつからそこにおいでで。」

「ずっといたよ。」

「ううぇ、、ご無礼仕りましたっ。」

 随臣たちはあわてて席を払って直立敬礼の姿勢を取った。バルトロは伏し目がちに空いた席に座ると机に突っ伏して泣き始めた。随臣たちは目で会話した。"お前が慰めろ"、"無理無理、絶対無理"などと譲り合っているうちにもバルトロはますます落ち込んでいる様子である。とうとう見かねて人の良い随臣Aが声をかけた。

「陛下、なぜそう泣かれるのです。陛下はよくやっておられます。セーハの国民も感謝しておりますでしょう。」

「どうしても、わからないのだ。」

「何がわからないのです。陛下がセーハ王でなければ今頃タベラに外縁部を奪われていたことは間違いありません。誰にもできることではないのです。先日の戦も見事なものでした。」

「見事?」

「そうです。軍茶利明王が現世に生まれ変わった大権現でなければあのような卓抜の戦はできぬものです。」

「見事なものか、あんな戦は大したことがない。それを俺はバカみたいに大はしゃぎして、仇に鳩信まで送って恥をかいたのだ。」

 今回も見事なまでの落ち込みようですな、と随臣Aは喉まで出かかってこらえていた。三日も酒を飲み騒ぎすぎた反動ですと正直に言いたかったが返ってへそを曲げられても困る。

「よいですか、外縁部の戦は重要なものです。ラクダにテントを取られるという話を知っておいででしょう。」

「ラクダがどうした?」

「ラクダが寒そうにしているから、鼻の先だけテントに入ってきたのを許しているとやがて体全部をテントに入れてきて、しまいにテントを取られてしまう。ということですよ。小さな砦でも放っていてはいけません。」

「そうではない。そうではないのだ。予がわからないといっておるのは、人が老いるということだ。」

「?」

「今はこうして元気に戦場を駆け回っているが人はやがて、歩くのが辛くなり、食べるのも細り、髪は抜け落ちて、顔に染みができる。若い頃の元気がなくなりしょんぼりと余生を過ごすのに違いない。」

"てっきり、戦の出来や世間の評判を気にしているのかと思えば、人が老いるのを嘆いていたのか・・・"

「どうせ、年を取ってヨボヨボになるのだ。そうだろう。いろいろ頑張っても意味はない。戦で勝ったからと言って年を取らないようにできるわけではないだろう。」

随臣Aはすっかり気が抜けて素直に言った。

「それはそうでございます、人間は誰でも老います。」

「予も老いるであろうな。」

「無論老いまする。」

「老いればやがて死ぬのであろう。」

「死にまする。」

「あああ、何でお前は、そうはっきりと言うのだ。」

バルトロは再びおいおいと泣き始めた。他の随臣は"あーあー泣かせちゃった、こりゃしばらく立ち直れないぞ"と肩を落とした。

もはや随臣Aは引っ込みがつかなくなっていた。

「それでよいのです陛下、人はだれでも老いて死にますが、死ぬまでに何をなしたかによって人の価値というのは違ってくるのです。陛下はよくやっておられます。きっと梵天如来も見ておいでです。」

泣くだけ泣いて疲れたのかバルトロは寝所に帰っていった。

「まあ、よくやった。」

他の随臣たちは随臣Aをねぎらった。

「陛下もこれだけ泣かれたのだから明日には元気に起きてくるだろう。」

「良かったぞ。」

仲間にそうねぎらわれてどっと疲れが出たのか随臣Aも自分のベットに潜り込んだ。

 

 その頃セーハ国の星系にバラワン航法を終えた小さなシャトルが姿を現した。セーハの管制官が識別を問うた。

「こちらはセーハ星系、中央管制オフィス、あなたのコードを送ってください。」

 シャトルから送られてきたコードに管制オフィスの職員たちは慌てふためいた。なんとそのコードは地球の仮想超巨人ガイアの《Ga》から始まるコードだったのである。

「おい誰か、この話を聞いているか。」

「本当に間違いないのか。」

「銀河皇帝からの勅使が、知らせもなしにいきなり現れるとはどういうことだ。」

この勅使は、銀河皇帝ハッサム4世が天の川銀河各地に密かに送った反乱決起に呼応を求めるための使者の一人であった。やがてセーハ国も「前奏の乱」に巻き込まれてゆくことになる。


般若学者の語る死にまつわる三つの視座に関する一節

「梵天には水面に返照する陽光が天井に映るごとき紋様がある。この紋様の中に人の生もあり、また死もある。我は説く、死に三つの視座あり。人をその用材の集まりと見れば、用材はただ集まり離散したにすぎず、これすなわち人は生まれもしなければ死にもしないとの理を表す。あるいはまた、人を即今縁の結びたるをもって実存となせば、縁潰えて人はやがて息絶えこの世より消えてなくなる。まさしく往生なり。また、人を梵天の紋様をなす一つの磁極とみれば紋様は塵劫の時を経てなお変わらず、人の生きた累は千古を貫く。すなわち人は死なず永遠に生きる理を説くものなり。人にとどまらずすべからく死とはいずれか一つの立場から見ていたのではその片舷を覗き見たに過ぎない。死とは三つの視座より同時に把捉し、複層なるものとして知ることによってのみ炯眼せるものなり。」

・・・「憂節抄」より、本邦における般若学の中興の祖たるケイレンの言葉


【用語】

銀河三名山・・・地球の毘嘸阿頼耶(ヒマラヤ)、セーハのジャイカン山脈群、キアニヤ星系のマロンバ山脈を言う、大気のない惑星を含む銀河古代三名山も別にある。

仮想超巨人アキシュビア・・・セーハ星系の集団としての意識体

鹿追・・・鹿追物ともいう。武家や政治家や豪商などの争い人たちの間で趣味として行われる

軍茶利明王・・・戦いの神の一人、持っている武器は無爪鉈長刀

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