塵劫の果てに

浦島快晴

第1話 前奏の乱

 マゼラン銀河に帝国の中心機能のほとんどが異封されて長い年月が過ぎ去っていった。 この新しい銀河系から古く大きく猥雑で乱れきった天の川銀河を支配するという一つの方法論はこれまで明らかな成功を見せてきた。 しかし宇宙の時の流れの大きさに比べればマゼラン銀河における成功などは一瞬の閃きに過ぎなかったのかもしれない。 今、潮の流れに押し流されるようにあらゆる思惑が天の川銀河に戻りつつある。

 銀河歴XXX12年、ハッサム4世が銀河皇帝に即位した。この時、天の川銀河の首都である地球は空っぽの状態であった。あらゆる行政機能がマゼラン銀河に奪われており皇帝は広い伽藍堂の中心にポツンと置かれた簡素な椅子に座っているだけの木偶人形であった。

 しかしこれまでの皇帝と違いハッサム4世はじっとしていることができない性格に生まれついていた。即位してすぐにマゼラン銀河の支配に対する不満を隠さず自分はいつか旗揚げすると周りに吹聴して回った。そしてとうとう 天の川銀河に散らばっていた戦力を根こそぎかき集めマゼラン銀河の管掌政府を打倒すべく決起したのである。

 この戦いに先立ってハッサム4世はマゼラン銀河管掌政府の許可を得ずに勝手にエイジネームを「前奏」と改めた。よってこの戦いを「前奏の乱」という。


 「前奏の乱」がいつから始まったのかという考察は諸説あるが、最も初期の火種とされるのが銀河歴XXX17年である。 マゼラン管掌政権は治安諮問委員会において地球の宮中で銀河皇帝に即位したハッサム4世がはばかることなく現政権を批判し、その批判が民衆の関心を大きく集めていることが初めて議題として審議された。そして諮問委員会はこれを看過できない危険な問題として勧告し政権は対処すべしと行政議決したのである。その結果ハッサム4世の小さい頃からの世話係であり側近中の側近であるケラー侍従長が反乱計画を主導した犯人として逮捕拘束されることになった。

  1年後、ケラー侍従長は嫌疑不十分として釈放される。マゼラン管掌政権としては必要十分な「縛」の効果があったと判断したのだが、地球民衆は逆の反応を見せた。随従どころかマゼラン政権をさらに強く批判する大きなうねりが起こったのである。 この流れに乗ってやがてハッサム4世は反乱計画を具体的なものとして動き始めることになる。

 銀河歴XXX21年、ナルパリ宮殿においてハッサム4世の演説が行われた。演説は仮想超巨人ガイアに語りかける形で行われる古い様式であった。

「巨人ガイアにかしこみ奉る。

巨人の内なる声、人類の長としてわれ今ここに立志の誓いを報ぜん。

世は乱れ、ガイアの朱遇を忘れたマゼラン銀河の蛮賤が忠志の心を棄て賊と成り果てたること恩徳に叶わず。

遺血を分けたる令弟なれど、

ねがわくば臣にマゼラン倒賊復古を託し、

納績をもって孝悌を奉る裁可を与え給え。」

 という一文から始まる30分に及ぶ演説は地球民衆だけにとどまらず天の川銀河各地の人々の心を捉えた。

 マゼラン管掌政権はこの演説に敏感に反応した。とうとう銀河皇帝に対し直接、地球の駐在組織である総地球統治オフィス通称GEHO《ゼホー》を動かしたのである。すべての手続を飛び越えて有無を言わさずハッサム4世の身柄を拘束するという前代未聞の行動である。これはマゼラン管掌政権の領威を示し、天の川銀河に対する強い警告が必要と判断されたため大義礼典の要素のある行動であった。

 ナルパリ宮殿はすぐさまプラナリア新虫も這い出る隙もないほどに包囲され、一糸乱れぬ突入部隊が宮殿の正面大手門より堂々と徒歩で縦列を作ってハッサム4世の伏し拠まで侵入、寝間着に反動拳銃を持っただけのハッサム4世をいともたやすく確保した。

 倒錯の暴君が捕らえられたというソースは、銀河帝国全体にすぐに掲布された。これによって天の川銀河にふつふつと湧き上がっていたマゼラン政権に対する反逆ムードは水をかけられたように消えてしまったのである。

 一方的な沙汰が言い渡され、ハッサム4世はナルパリ宮殿からほど近いジャムナ川のナングリチャー中洲島に幽閉された。

 マゼラン政権の首脳陣はほっと胸をなでおろし、これにて一軒落着のように思われたが、やがて事態が急変することになる。

「鳩信でござる。ゴパルカンジで反乱軍が挙兵。」

銀河歴XXX22年、この一報でマゼラン政権はすべて消えてしまっていたと思われていた反乱のマグマがあらゆるところに熾火となってくすぶり 黒煙を上げていることを知るのである。

 ゴパルカンジは地球に所属する月周回軌道上の警備砦コロニーである。このときの警備隊長はコールマンという男であった。ゴパルカンジは周囲の生活コロニーの警備を担当する常駐警備砦であり武装されている。しかしその主要戦力はわずかに旧式宇宙戦艦2隻。もちろんバラワンエンジンを搭載した亜光速戦艦ではない。のこりはタブボートに遁避重力砲を無理やりつけたハシケのような船ばかりである。

 なぜこのようなすぐにでも握りつぶされそうな武力で巨大なマゼラン管掌政権に反旗を翻したのか、それはコールマンが天の川銀河に向けて発信した鳩信で銀河臣民は知ることになるのであった。

 ソースとして通底されたのは幽閉されているはずのハッサム4世の演説の姿であった。このときの演説をゴパルカンジの表と呼ぶ。ハッサム4世は涙ながらにこの演説を行ったとされている。

「巨人ガイアに畏み奉る。

われ、命受ける日よりガイアの天恩にて直宮を安んじ

生き血で乾きを癒すを甘して敗残を永らえる。

ただただ星雲のめぐりを安逸せる行住坐臥なり。

しかして今われに憫する臣あり。

業苦の痛切に耐得せざるをなお知る。

忠臣の名をモンティという。

願わくば彼死したるをもって後、忠霊を梵天彼岸にわたらせ給え。

われ謹んで今生の果てるまで朝に西を拝し、昼に東を拝し、

夜にまた天を拝すを誓い奉る。」

 マゼラン政権ではこのソースが時間往還体系の計算によって相対同時時間幅(オニールタイム)の中で所産されたものであることを知った。

「ナルパリ宮殿で捕らえたのは替え玉であったか。」

銀河皇帝に形式的な影武者が複数いることは周知の事実であった。マゼラン政権ではすべての替え玉を把握していると思っていたが、モンティという影武者をサバァン領域で知っている人間は全くいなかった。

 このゴパルカンジの表によってマゼラン管掌政権は難しい判断を迫られることになった。影武者であるモンティという男を非可接触棄民として極刑に処すれば彼は英傑と評され、生かしておけばマゼラン政権の小心が疑われる。

 結局、マゼラン政権は遙か太古より人類がひたすら繰り返してきた強硬路線を選択することになる。政権は銀河帝国に統帥の何たるかを知らしめるために、モンティという替え玉を非可接触棄民として地球の処理ジャングルに棄て、同時にゴパルカンジ攻撃を決定した。

 ここに「前奏の乱」が始まったのであった。


 なお、モンティという影武者とともに自ら地球に残ったケラー侍従長もマゼラン政権によって非可接触棄民と沙汰をされて、ジャングルに棄てられたことを記しておく。一説にはゴパルカンジの表においてハッサム4世が流した涙は侍従長への思いもあってのことだとされている。


巨人ガイアの返信とされる一節

「わが内なる命共よ、穏やかであれ。あなた方が苦しむとき、私も苦しむ。あなた方が争うとき私は患う。私の尋ね人を知る者はいないが、あなた方の求める兄弟も私は知らない。互いに探すものは違うのに私達はこうして運命をともにしている。もし誰か死んだのならば名も知らぬ去りゆく友に私は花を手向けようではないか。」

・・・・ムヌチのウシマドによる、巨人ガイア降霊の言葉より


【用語】

エージネーム・・・時代につけられた名前、元号

マゼラン管掌政権・・・マゼラン銀河を中心とする政権、天の川銀河を支配する

「縛」・・・対象に呪縛をかける精神的攻撃の総称

仮想超巨人ガイア・・・組織としての地球の意識体を人類から見た虚像

警備砦・・・各地に配置された武装基地、周囲の住民の生活と安全を守る

バラワンエンジン・・・亜光速で移動することを可能にした、粒子反応型エンジン

相対同時時間幅・・・同時という概念を司る抽象概念、オニールタイムとも呼ぶ

鳩信・・・自立型の物理パッケージが宇宙を行き来することから名付けられた通信手段

サバァン領域・・・通常アクセスできない個人の記憶領域のうち生きている間のもの

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