てぇてぇ
澤田慎梧
てぇてぇ
「ねぇねぇ、タッキー。この『てぇてぇ』ってどういうイミ?」
昼休み。僕がアイドルとシャンシャンするゲームのイベント周回に勤しんでいると、後ろの席の河原塚さんがそんなことを尋ねてきた。
河原塚さんは、どこに出しても恥ずかしくないギャルファッションで身を固めた女の子だ。髪の色こそ軽くブリーチしただけの控えめな感じだけど、少し前に流行ったギャルメイクが好きらしく、「デコったスマホかよ!」というくらいに色々盛ってある。ほっぺたなんかいつもキラキラしている。
「学年で一番かわいい」とまではいかないが、まあクラスでも美人の部類に入る方だろう。
――等と、偉そうに解説してる僕はタッキーこと滝川です。あ、ただのオタクなんで、特に容姿とか顔とか見た目とか外見とかの話題は勘弁してください。
人間大事なのは中身です! まあ、僕の場合中身もすっからかんなんだけど。
それはさておき。
「突然なにさ? 『てぇてぇ』って、あの『てぇてぇ』?」
「どの『てぇてぇ』かは知らないけどさ。ほら、これ」
そう言って、自分のスマホの画面を見せてくる河原塚さん。
ちなみに彼女のスマホは殆どデコっていなくて、「名前を口にしてはいけない夢の国のネズミ」のシリコンケースがつけられているだけだ。
河原塚さんが見せてきたのは、SNSに上げられているマンガだった。
マンガの中では、見眼麗しい美少女二人がイチャイチャしていて、それを傍で見ていた第三者が「てぇてぇ……」と呟いている。
「ああ、この『てぇてぇ』は『尊い』が訛ったやつだね」
「とうとい? とうといって……ああ、『尊い』か! ……んん? でもなんでこの人、『尊い』なんて言ってんの? 女の子がキャイキャイしてるだけなんだから、『カワイイ』なら分かるけど」
「あ~、そっか。元々ネットのスラングだもんね。僕も普通に使ってるけど、う~ん、どう説明したら分かりやすいかな」
「尊い」という言葉は、元々は「神聖なもの」や「高貴なもの」に対して使う言葉だ。
そこから転じて「尊い生命」とか「尊い犠牲」なんて言って、そのものにとても価値があることを表す場合にも使われる。
ネットなどでよく使われる「尊い」もその類型だ。「推しキャラ」がひと際輝いている時や、「キャラ同士が仲良くしている」時などに、最上級の賛美として使われている――はずだ。
僕も何となく使っているので、ニュアンスは人によっても変わるかもしれない。
「ふ~ん? よく分かったよーな、分かんないよーな」
僕の一通りの説明を聞いても、河原塚さんはピンと来ていないようだった。
まあ、こればっかりはしょうがない。「尊い」という言葉が差す意味は人によって変わるし、そもそも「尊い」は語彙力を失う程の感情や感動を表すことが多い。実感を伴わなければ、意味を理解することは難しいだろう。
……そうだな、例えば。
「河原塚さんさ、最近チョー推してるアイドルとか芸能人とか、いる? 歌手とかモデルさんでもいいけど」
「ん? そーだねー。う~ん、アタシあんまりそういうの興味ないんだよねー。ああ、でも激推しの男の子ならいるよ!」
――ほう? 「男の子」とな?
それはどこのどいつだい? やっぱりイケメンなのかい? イケメンなんだろ! ……等と言う内心の動揺を隠しつつ、僕は無邪気を装って「へぇ、誰だれ?」と尋ねてみた。
「えっとね……これ! この子! チョー可愛いっしょ!」
河原塚さんが見せてきたのは、三輪車に乗った幼稚園児くらいの男の子の画像だった。
なるほど、確かにクリクリなお目目をした中々の美幼児だ。きっと将来はさぞや美少年になることだろう。
しかし……まさか河原塚さんはショタへの造詣が深い方でいらっしゃいましたか。このタッキーの目をもってしても読めなかった!
「た、確かに可愛いね、この子」
「でしょー! アタシの弟なんだ! 年が離れてっから、もう可愛いのなんの!」
あ、弟なのね。安心した。
ここは、河原塚さんがポリスメンのお世話になる世界線ではなかったらしい。
「アタシのことをね、『ねーね」って呼ぶんだけど、これがもう可愛くてさ! 『ねーね、だっこ』なんて言われた日には、もう! チョー! チョー! チョー! 可愛いわけよ! ……あ、もしかしてこれが『尊い』ってやつ?」
「……うん。めちゃくちゃ『てぇてぇ』」
「でしょー?」
気分を良くした河原塚さんは、その後も昼休みが終わるまで、いかに弟がラブであるかを力説し続けた。
僕がその姿に「おねぇちゃん河原塚さん、てぇてぇ……」等と見とれていたのは、言うまでもないことかもしれない。
(おわり)
てぇてぇ 澤田慎梧 @sumigoro
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