第27話



 家へと帰ると、カレーくらいなら俺でも手伝えるので、キッチンで一緒に作業をした。

 材料の下ごしらえの合間に、ぽつりと思い出したように雛形が言う。


「本間さんとは、何話してたの?」


 土曜日のことだろう。


「何って……別に大したことは」

「ふうん、そう。……でも、楽しそうだったから」


 拗ねたような顔をしている。自分からこの話を振っておいて。

 グイグイこられるのは悪い気はしないので、楽しくなかったわけじゃないのは確かだ。


「試合に集中しろ」

「だって……見に来てくれると思わなかったから、嬉しくて。まだいるかなって、上、何度も確認して……」


 ささやくような小声で言うと、雛形は頬を染めた。

 体育館でやっているのを覗いたことは何度かあったけど、誘われて見に行ったのは、たぶんはじめてかもしれない。

 雛形の好きな男子は、見たことはあるんだろうか。

 訊こうと思ったけど、確認してからどうだというものでもないので、やめておいた。


「春のリーグ戦……市立体育館であるの。また、見に来てほしい」

「アイツじゃなくてもいいのか、誘うの」


 どいつのことを言っているのかわかったらしく、雛形はうなずいた。


「隆之介がいい」


 真っ直ぐ目を見て言われ、どきんとしてしまう。


「……じゃあ……うん。行く」

「うん。頑張る」


 雛形は唇をゆるく噛みしめて、それでもほつれそうな口元をきゅっと結んだ。

 そのアイツって俺……?


 何度目かわからない疑問が浮かんできた。

 冗談めかして訊ける自信がない。口にすればシリアス一〇〇%になるだろう。

 それくらい真剣に確認してしまうだろうから。

 手を止める俺を、雛形が覗き込んでくるので、何でもないと慌てて首を振った。


「隆之介、たまねぎ切って」

「おまえな……涙出るからって俺に押しつけるなよ」


 図星だったらしく、誤魔化すように雛形は笑った。

 尋ねて、もし「違う」とはっきり言われたら――。


「……」


 想像するとなぜか胸がチクりと痛んだ。




 カレー作りは難なく成功し、俺たちは一緒にいただきます、と手を合わせた。

 テレビのバラエティ番組をBGMに、スプーンを口に運ぶ。


「どう?」


 心配そうに雛形が訊いてくるので、率直な感想を口にした。


「特別なものは何も入れてないはずなのに、美味しい」

「特別なもの……入ってる」

「え? 隠し味的な?」


 雛形は照れるようにうつむいて、小さくうなずいた。

 そんなもの、入れてたっけ? インスタントコーヒーとかチョコレートとか、隠し味で入れるっていうのは聞いたことがある。殿村家は市販のカレーにはウスターソースを入れたりする。各家庭で隠し味ってのは色々あるんだろう。


 何を入れたのか全然言わないので、俺は「へえ。いつの間に」と言ってカレーをまたひと口食べる。

 空腹とかそういう系か?

 空腹は最高の調味料って言うもんな。じゃなけりゃ――。


「愛情とか」


 言ってすぐに、なわけないよなーと笑いながら残り少なくなったカレーを食べる。

 ちら、と雛形の手元を見ると、完全に止まっていた。


「……っ」

「雛形?」

「ううん、何でもない……」


 ぎこちなく笑いながら、カレーをすくえてないスプーンを口に入れる。

 雛形が冗談を言うのは珍しい。

 そんなにテンパるくらい恥ずかしいなら言うなよ、とつい思ってしまう。

 おかわりをして、二杯目を食べ進めていると。


「サラダも、作ればよかった」

「それもそうだな。ま、今度でいいよ」

「今度?」

「あ……いや、機会があれば、って意味で」


 無理強いをしたいわけじゃないし、夕飯を作ってくれる雛形に甘えるつもりもない。

 それを言おうとしたら、雛形は首を振った。


「作る。今度も。隆之介が、いいなら」

「部活で忙しいのに、無理しなくても」

「してない」


 頑とした口調だった。


「なら、いいけど」

「うん」


 一緒に夕飯を食べる――この空気感がくすぐったくて、どこか満たされた気分になる。

 美味しいっていうのは、料理の評価だけじゃなくて、空気感込みの評価だったのだなと思う。


「隆之介、いっぱい食べるね」


 いつの間にか空になったカレーの鍋を見て、雛形が驚くように言う。


「……まだ食えるぞ」

「え」

「足りないってわけじゃないけどな。女子基準で考えたら、びっくりするかも」


 作ってくれる弁当も、女子基準でいう大盛なので、高二男子を満腹にする量ではないのだ。


「そっか。隆之介、いっぱい食べてくれるね」


 雛形が嬉しそうに口にすると、洗い物をはじめた。手伝おうにも二人でするには少々流しが狭いので、俺の申し出はあっさり断られた。

 洗い物が終わるのを待っている間、テーブルの席でテレビを眺める。

 またくすぐったくなって、俺は少し笑ってしまう。


「今、笑った?」

「いや、おままごとのリアル版みたいだなって思って」


 ふふふ、と雛形も控えめに笑った。

 水音が止まり、洗い物が終わったのかとキッチンのほうへ目をやると、意を決したように雛形は言った。


「今度の試合、二〇点以上取ったら……また、お出かけ、したい」

「え?」


 聞こえなかったんじゃなく、確かめようとして訊き返すと、すっとしゃがんで雛形は姿を隠した。


「二〇点……」


 小声が聞こえる。

 普通のシュートなら一〇本。前の練習試合の合計得点が八〇点ちょいだったので、二〇点っていうのはその四分の一程度。

 それがどれくらいのハードルなのか、いまいちよくわからないでいた。

 けど、そんなハードルがなくても、出かけるくらいお安い御用だ。


「二〇点でいいの?」

「やっぱり、一五点……」

「二〇な」

「意地悪……」


 その条件を最初に言い出したのそっちだろう。


「いいよ。何点でも」

「ううん。そういう、目の前のニンジンがほしい」


 頑張ったご褒美って意味か?


「……なあ。相手って――」


 俺でいいのか?

 俺相手で、ご褒美になるのか?

 それとも、ただの気晴らしってことか?


 幼馴染だから、気安く誘いやすいってこと?

 たくさんの疑問が喉の奥に引っかかって、結局何も言えなかった。


「俺誘っても、仕方ない気がするけど」

「じゃあ、杉内くんとくらちゃんも、誘う」

「それなら、まあ……」

「決まり」


 仲良しグループで遊びたかったってことか。変なこと訊かないでよかった。

 何かしらの頑張る理由がほしかっただけなのかもしれない。

 長居をするつもりはないようで、洗い物を済ませた雛形は帰り支度をはじめた。

 この前のことがあったせいで、八時半という時間が、まだ早い時間に感じてしまう。





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幼なじみからの恋愛相談。相手は俺っぽいけど違うらしい ケンノジ @kennoji2302

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