噂話その2 「古神社の人影」
その日は朝からパラパラと雨が降っていた。
日記帳を学校に持ってきた僕はなんとなしにその表紙を撫でながら、憂鬱な気持ちで窓の外を見ていた。
雨は、嫌いだ。
鞄も何もかもがびしゃびしゃになるうえに、濡れた制服を乾かすのが面倒だし、それに濡れた靴下の感触はいつまでも慣れないものだった。
それでも何とか傘をさして学校まで来たが、地理の先生の話によると(この地理の先生は気象学を学んでいたらしい)、午後からは雷も鳴る豪雨になるそうだった。
それが憂鬱でたまらなく、友人との会話も全然身に入らなかった。
が、一番の憂鬱の理由は、膝の上に未だあるこの日記帳だった。
さっき暇な授業中にチラッと覗いて読んでみたが、この日記の持ち主は学校が嫌いなようだった。
どうも髪色と目の色でいじめられているみたいだ。
可哀想だと同情してしまう。
僕は学校は生きていく上で大切なことを学ぶ場所だと個人的に思っているので、手間がかかると思っているだけで対して苦ではなかった。
だが、もしもこの子のようにいじめられているとなると学校が憂鬱に感じるかもしれない。
そんなことを考えながら、ザァーザァーと本格的に降り出した雨を横目に授業を受ける。
早く終わらないだろうかと陰鬱とした気持ちになりながら、チャイムが鳴るのを待つ。
学校が終わってから、僕は真っ直ぐ帰った。
いや、帰ろうとした。
その途中、気になるものが視界に入った。
“神社”だった。
それも、結構な年数の経っている古ぼけたもの。
そういえば日記に書いていた神社はこんな感じだったのだろうか。
帰ろうと思いながらも、なぜか足が勝手に神社の中に入るのを防ぐことは出来なかった。
好奇心は猫をも殺すのだ。
僕は周りに人がいないのを確認してから、その古い神社に足を踏み入れた。
神社の中はシン、としといて誰の気配もなかった。随分ひっそりとした様子の神社で、廃れた気配がまたより一層不気味さを醸し出している。
ちょっと、いや結構ビビりながら神道を進む。
どこかでカァ、とカラスの鳴く声がした。
賽銭箱の前までくる。
今にも切れそうな紐が垂れているその先に、くすんだ輝きの大きな金色の鈴がついている。
なんとなくそれを見つめていると、不意に背筋にひやりと冷たい風が通り抜けた。
はっと気がついて目の前を見つめる。
賽銭箱の向こう側、ところどころ破れた襖。
そこから見える無数の暗闇。
じっと穴が開くほど見つめて、見つめて、気づいた。
破れた襖から見えるのは暗闇なんかじゃない。
目だ。
「ひっ」
慌てて後ろを向いた瞬間。
「っ…!!」
息を呑む。
無数の黒い瞳が僕を見続けていた。
目をつむりながら神社の中を走って走って、走り抜けて、いつもの通学路に戻る。
ぜぇ、はぁ…と肩で息をしながら日記の内容を思い出す。
『がっこうにいくとちゅうで、じんじゃをみつけた』
『とてもおおきくてひろいじんじゃは、だれもいなかった』
『じんじゃのなかにおおぜいのひとがいるのがみえた』
『おおきなこえでよんでみたけど、ひとかげがゆらゆらゆれてるだけだった』
おかしいと思うべきだった。
日記の持ち主はどうして入った当初は誰もいないと書いたのに、その次には人が見えると書いたのか。
その人達はいつの間に神社に入ったのか。
見えない“ヒト”の存在に、じとりと手汗が滲む。
季節外れのお祭りのお囃子、それにどーんという何かがおちた音と焦げた匂い。
歴史の先生が言っていた。
ここら辺は昔、戦争で焼夷弾がたくさん降り注いだんだと。
もしかしたら、その人達はこの世の者ではなくて、焦げた匂いは…。
ため息をつく。
恐る恐る後ろを振り返った。
しかし。
そこにはもう神社の跡形すら残っていなかった。
◆噂話その2「古神社の人影」危険度★★
どこからともなく姿を現し、人を惑わす古ぼけた神社の怪。
昔、その神社がまだ息災だった頃に戦争が起きた。
街の人々は皆、山の中の神社に疎開していたのだが、ある夜の日、戦争が無事に終わるように祈ってささやかな祝祭のお祭りを開催した。
その時に運悪く敵に見つかってしまい、焼夷弾がその神社に降り注いだ。
この神社で願い事をしてしまうと、神社がその人を閉じ込め、二度と抜け出せなくなるらしい。
怪異さがしの日記帳 雪音 愛美 @yukimegu-san
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