KAC2021 #8 尊いお父さんを追放してみた

くまで企画

KAC2021 #8 尊いお父さんを追放してみた

「実は――お父さん、とうといに選ばれたの」


『説明しよう』


『尊いとは、日本国民総尊にほんこくみんそうとうとい制度によって選ばれた人間のことである。


 日本国民総尊い制度とは――

 都市化、高度経済成長の発展とともに核家族化など、人間同士の付き合い方が目まぐるしく変化してきた昨今。心のゆとり不足は、思いやりの欠如など、深刻な社会問題を引き起こしていた。


 国民の尊いを守るために尊い資格者から、くじ引きで厳選された12人の尊いは、国民の尊いを潤すために日々の生活から尊いを供給しなければいけない。

 なお、選出された者の任期は半年。純粋なる尊いの生産、やらせを防止するため、選出されたことは本人に知らされない。周囲の人間は尊いに知られぬように努めなければならない。双方に拒否権はない(ただしストレス軽減措置有り)。


 期間内、尊いは24時間の監視状態にあり、その様子は尊いアプリやwebにて随時公開されている。ユーザーは尊いと思った時に、尊いボタンを押下おうかする。尊いポイントは、尊いに選ばれた人間およびその家族などへの補償ほしょうてられる』


 父が尊いに選出されたと黒服を着た男たちが知らせに来た日、父のいない家族会議が開かれた。


 娘が口を開いた。

「やっぱり一番エモいのは感動の再会とか。犬とか猫とのふれあいとか」


 息子が言った。

「ざまぁだよ、ざまぁ。去年一番ポイントを獲得したのは会社で窓際させられて、辞めた挙句、ベンチャー立ち上げて、元の会社を吸収した人だったろ?」


 母はため息を吐いた。

「お父さんにそんな甲斐性があるなら今頃、豪邸に住んでるわよ」


 娘はうなだれた。

「確かに。万年平社員だもんねぇ。マジ使えん」


 息子は天井を仰いだ。

「でも尊いは、ぶっちゃけチャンスだよな。オレも実況したらフォロワー増えるだろうし」


 母は頷いた。

「今回たくさんポイントを稼げれば、一生遊んで暮らせるっていうじゃない?

 明日委員会の人たちが、お父さんが出勤中に来て、カメラとかセッティングしていくそうよ。それまでにお部屋片づけておきなさい」


 娘はスマホをいじった。

「マジで? 急すぎ。っていうか、美容室行きたいからお金ちょうだい」


 息子は立ち上がった。

「やべぇ本隠してこよ」


 母は笑った。

「本だけ? 自室にはカメラ入れないそうよ。あ、お母さんも美容室行きたいから一緒に行きましょう。せっかくだから服も。尊い補償が出るんだし」


 やったー、なんて朗らかに笑いが起こりながら父不在の家族会議は終わった。

 そして翌日からさっそく、尊い監視が始まったのであった。


 ・・・


「ただいま」


 父は帰宅した時から家の中の違和感に気づいたが、口にすることはなかった。

 だが、明らかに違うのは家族だった。


「お帰り、あなた」

 妻が家の中で化粧をしていた。しかも、髪もゆるく巻かれていて、見たことのないワンピースを着ていた。ピンクのカーディガンも。いつもすっぴんジャージなのに。


「パパ~今日わたし学校で先生に褒められちゃったんだよ」

 娘が話しかけてきた。さらさらの茶髪ロングストレートを振り乱しながら、白いチャウチャウのようなセーターを着て、タイトすぎるジーンズで近づいて来た。いつもゴミムシのような目で見ては、悪臭に耐え切れないという顔で避けられるのに。


「おう、親父。仕事おつかれ」

 息子が労ってきた。大学に入ったはいいが、トップ動画配信者になるんだと言いながら部屋に引きこもっていた息子が、部屋から出てきていた。どくろの入ったTシャツに革ジャンを羽織って。そんな服を持っていたんだな。


「ありがとう」

 なぜかは分からないが、日々仕事を頑張ってきたことが家族に認められたのだろうか。父というものは、つまらないものだと思っていたが、家族が温かいだけでこんなにも幸せなものなんだな……。


 父は思わず涙ぐんでいた。


 その日の食卓はまるで子どもたちが小さいころに戻ったかのような穏やかなものだった。もちろん、食べ散らかさない分、もっと穏やかで、ただただ笑いと話し声に満ちた――家族の時間。


 父は幸せを噛みしめながら、お風呂に入っていた。


 ・・・


 娘は自室でスマホを見た。尊いアプリにはいろんなコメントが寄せられていた。

『家族愛尊い!』

『娘ちゃん可愛くない?』


 娘はニヤニヤしながら、チョロいと思った。あと半年我慢すればいい。

 尊いポイントのためだと思えば、あの父親も愛おしく思えるというものだ。


「尊いポイント♪ ポイント♪」


 それは、兄も妻も同様であった。それぞれカメラが仕掛けられていない自室でパソコンの画面あるいはスマホで現在の状況を確認していた。

 出だしは好調、といったところであった。


 ・・・


 だが、人間慣れないことは続かない。綻びはすぐに出てきた。


「今日は会社も休みだし、みんなでどこかに出かけようか」


(((調子に乗るんじゃねぇ!!!)))


 父は優しく、慈しみ深くなった家族との時間を取ろうと外出を提案した。


 娘は目を逸らした。

「今日は一日おうちで勉強してようと思ってたから」


 息子は乾いた笑い声を出した。

「俺も大学の課題があってさ」


 妻は顔を引きつらせた。

「あらやだわ。今日は……お友達とランチの約束してしまっていたの」


 父は残念そうに飼い猫を撫でた。家の中で唯一父に懐いている生物だ。

「そうか、じゃあ来週かな」


 娘は笑顔を繕った。

「そうだね! ごめんね、パパ。試験が終われば時間もできるから」


 息子は息を吐きだした。

「いやあ、残念だなあ。親父と母さんのためにも単位は落とせないからさ」


 妻はしきりに頷いていた。

「本当ごめんなさい、あなた。お出かけするなら、マスク新しいのを出すわね」


 こうして父は、一人で散歩に出かけた。


 ・・・


 その夜、尊いアプリでは、不穏な書き込みが相次いだ。

『父、邪魔じゃね?』

『父だけ異質だよね』

『追放しちゃえ!』


 追放! 追放!! 追放!!!


 その言葉に父不在の家族会議が再び、娘の部屋で行われた。

 娘はスマホをベッドに置いた。

「ポイント全然稼げてない。あんなおっさんを尊いなんて思うのが無理なのよ」


 息子が声を荒げた。

「俺たちがこんなに努力してんのに、人の気も知らねぇでよ」


 妻は冷たい声を出した。

「ともかく、半年間……これを続けてはいけないわ。尊い補償が出たら即離婚したいくらい。見てちょうだい。お母さん、蕁麻疹じんましん出て来ちゃった」


「「「こうなったら、追放しかない……」」」


 総尊い制度には、『追放』というものが存在する。家族の要請によって、尊いを一人暮らしさせることも可能なのだ。これは監視されていることに苦を感じる家族の精神状態を守るためのものだ。冒頭で説明したストレス軽減措置である。

 妻はさっそく、委員会へ直通の電話を掛けた。黒服に教わった秘密の番号だ。


「ええ、夫を追放して欲しいんです」


 ・・・


 そこからはスムーズであった。会社の支社で人手不足となり、父は急遽転勤を言い渡された。会社で社員寮を用意するという話になり、家族の学業を理由に、父は単身赴任となった。


 こうして尊い父は、追放された。飼い猫とともに。


 妻と息子、娘は週に一度だけテレビ電話で父と会話し、いい家族を演じた。


 ・・・


 そして半年後――黒服が家にやって来た。


「今日で半年となります。ご家族の皆様にはご協力いただきましてありがとうございました」


 娘は言う。

「本当、大変な半年だったよね」


 息子は言う。

「フォロワー増えちまって、大忙しだったぜ」


 母は言う。

「それよりも尊いポイントは――」


「はい、尊いポイントは後日換金され、今後4か月に1度、補償金としてご主人の口座の方へ振り込ませていただきます」

「4か月に1度?」

「一括で振り込みますと、想定外の事態が起きたり、犯罪が誘発される事例がありましたので去年から分割支給となりました」

「あの、それって万が一離婚なんてした場合は、家族への補償は?」

「残念ながら補償を複数口座に振り込むという対応はしておりません。その場合はご主人とお話されてください」

「……」

「実はご主人から、こちらを預かってきております」


 黒服が差し出した手紙を妻は開ける。そこには、離婚届が入っていた。


「ご主人はすでに離婚の意志を固めてらっしゃるようです」

「はあ!?」


 半年間、父に起きたことを黒服は簡潔に説明し始めた。

 家族と離れた辛さ、見知らぬ土地にいる寂しさを飼い猫に癒してもらっていたこと。社員寮の寮母さんがとてもよくしてくれて、心身ともに健康に過ごし、仕事も捗り、今度課長に昇進することが決まったということ。

 そして、今までの家庭生活が幸せでなかったことを認め、離婚を決意したと。


 これを尊い期間満了後に事情説明に訪れた黒服に伝えたということだった。


「なんですって……あんな意気地なしがこんなこと……」

「じゃあ、お金はどうなるのよ!」

 娘が黒服に突っかかる。黒服は胸ぐらを掴んでいる手を静かに下ろさせる。


「ご主人は、養育費また今後の生活費として尊いポイントから換算される補償金をすべてご家族に譲りたいと仰っています。その代わり、離婚を了承し、今後一切の縁を切って欲しいと」


 娘は安堵する。

「なあんだ、何の問題もないじゃん」


 息子は静かに笑う。

「親父も最後は役に立つんだな」


 妻は高らかに笑う。

「そういうことなら、今すぐ離婚届けにサインしますわ」


 こうして離婚が成立し、家族には4か月に1度お金が振り込まれることになった。

 だが、彼らの不幸はここからだった。


 自室での様子や家族会議、最後の黒服とのやり取りの動画が流出したのだ。娘は家出し、息子は炎上し、妻は発狂した。


『日本国民総尊い制度には、裏の制裁システムなるものが存在する』


 ――とまことしやかに囁かれている。心のゆとりのために生まれた尊い制度を悪用し、金目当てで近づく人間が後を絶たないからだ。また、尊いアプリやweb内に出現する『追放屋』も裏システムのひとつ。彼らは尊いを第一に、『追放』を叫ぶ。


 家族の絆を試すことが、尊い制度の真の目的なのである。

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