リトルビターレイン

かなた

第1話

「ん、あまぁ」

ふい、と顔を上げるとれんげと目が合う。れんげはピンク色のロリポップキャンディをかさついた唇に乗せて、微妙な表情をしている。私が呼ばれたわけではなかった。

ぱっちりとした目に捕らえられ、言葉を漏らす。

「びっくりした〜。れんげ、遅刻」

「あー、あまちゃ、ごめんぬ」

ちっとも申し訳ないと思っていないような顔でとてとてと、低いヒールのついたパンプスを鳴らし、私に歩み寄る。ぽす、と飴が私の髪につかないように片腕を上げて少し背伸びして抱きつかれる。そっと、髪を撫でてやる。

「はいはい。れんげ、ごめんとか絶対思ってないでしょ」

「ふへ、バレたかー」

楽しそうに微笑む。かわいい。

「ていうか、何。今回の飴、ハズレだったの?」

じぃっ、と飴に視線を落とし、また私の目を見る。

「んーや、そんなことないけど。ただ、すごく甘くてさ」

へぇ、一口欲しいな…なんて、言えるわけない。そんなこと言ったら嫌われるかも知れない。私は少しかぶりをふり、視線を空へと向ける。雲量は8くらいだろうか。泣き出しそうな黒雲が這いつくばっている。

「ふーん、そうなの。れんげも飽きないよね、飴ばっか食べてさ」

私が上を向いたからか、れんげは私から離れ、リュックをごそごそやりながら答えた。れんげのさらさらの髪の感触が手に残る。

「ん〜、飴、ふつーにうまいし。あ、あまちゃん、これこの間言ってたCD」

ほい、と手渡されたそれは、私たちが大好きなアニメのサウンドトラックで、初回限定版DVDにのみ付いているものだ。

「わっ、本当に借りていいの?これ、あんま出回ってなくて、ネットでプレミアついてたよ?」

恐る恐る受け取る。

「いーよいーよ、あまちゃんだし。ぼく、あまちゃんと語りたいから」

にへ、っと満面の笑みを向けられる。私の中で『好き』という気持ちがふわふわと膨らみドギマギしてしまう。少し前から、私は彼女が恋愛的な意味で好きなのだと思う。『思う』というのは本当にそうなのかわからないからだ。もしかしたらライクが強くなっただけかもしれないし、ラブかもしれない。どっちにしろ、彼女が私を慕ってくれており、私も彼女を好き、ということは事実なのだ。

「…っ、ありがと!今度語ろーねっ!」

にっ、と笑ってCDをリュックサックに丁寧に仕舞い、背負い直す。と、れんげは私の手を取り、歩き出す。

「あまちゃぁん、はよいこ〜!」

ぐいぐい引っ張られて足を動かす。

「はいはい。もう、まだ開店してないんだから急いでも仕方ないのに」

くすくすと思わず笑ってしまう。一瞬だけ足を早め、となりに並ぶ。並んで、肩の高さに差が出ると、れんげは少し手を上にし、するりと指を絡ませてくる。私もそれに応えるように腕を少し傾げ、れんげの細い指の隙間に肌を添わせる。身長差が、ちょうど良い位置に組まれた手を引き上げる。

「ぅおぅ、あまちゃ、手ぇ、冷たい」

「そう?じゃあれんげで暖とろっかな〜」

たしかにもう3月下旬だというのに今日に限って風が冷たい。おまけにれんげの遅刻を待っていたのだ。少しくらい甘えてもいいだろう。そう思い、私はれんげと絡ませた手を少し強く握る。顔は照れ臭くて下を向いたままだった。

「よしよし、れんげがあっためてあげる〜」

そう言ったかと思うと、れんげは両の手で私の左手を包んでくれた。

「んぁ〜、温い…」

ついつい顔が綻んでしまう。自然と右手もその手達の上に重ねていた。

「ふへ、お手手の塊〜」

れんげが意味不明の言葉を吐くが、それすらも可愛く見えてしまう。そのまま、他愛のない会話を続けて、私たちは目的地へと歩を進めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リトルビターレイン かなた @osabutokanata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ