短編54話  数ある次のページの記念写真

帝王Tsuyamasama

短編54話  数ある次のページの記念写真

「ゆーきーくーん、入っていいー?」

「……んぁあ? ねぇ、ちゃん? どぞー……」

 眠い。眠すぎる。今何時だよ……眠すぎる稲居いない 雪篤ゆきあつはベッドで寝ていたが、部屋のドアをノックしてくる音とともに起き……いやまだ九割寝てる。

 姉ちゃんが部屋に入ってきた。とりあえず時間を見るべくリンリン鳴るタイプである水色の目覚まし時計を手に取ると、

(……五時五十分……)

 いや、まぁその、いつでも来ていいとは言ったけどさぁ。うんまぁその、姉ちゃん年に二回くらいしか帰ってこないから五時五十分でも全然いいんだけど。


「手を合わせましょう! ぺったん。いただきます!」

「いただきまーす!」

 俺と姉ちゃんは横に並んでラーメンを食べ始めた。

 ダイニングテーブルにはしょうゆラーメンと飲みやすさ重視の野菜ジュース1000mlパックとガラスのコップが鎮座している。ラーメンには具としてほうれん草が入ってる。姉ちゃんが冷蔵庫開けて勝手に使った。まぁ双方の家のやつ勝手に使っていいよ協定も結ばれてはいる。

 俺が姉ちゃん姉ちゃん言っているこの人は、別にほんとのきょうだいっていうわけじゃなく、隣に住んでいる同級生宇嘉見うかみ 智乃ちののお姉ちゃん、宇嘉見うかみ 真帆まほお姉ちゃんだ。俺は今中学三年生で、姉ちゃんは大学二年。いつつ年上だ。

 物心ついたときから智乃や姉ちゃんと遊びながら中学三年まで育った俺。姉ちゃんは大学進学してからは一人暮らしをしていて、年末年始と夏のお盆前後の時期にこっちへ帰ってくる。

 朝とはいえこのあっついお盆の時期にあっついラーメンを食べるってことで、朝っぱらからエアエアーコンコンディショナーで冷房をON。快適にラーメンを食べることができるっ。

 姉ちゃんはラーメン食べたら即出かけるつもりなのか、よそ行きの格好をしているようだった。が、白いタンクトップにひざより上の短さなジーパン装備だった。髪も女子の中では短め。

 こっちの地元の友達と朝から遊ぶらしい。俺は起きたばっかだからただの水色パジャマ。

「昨日久しぶりに帰ってきたけど、智乃の表情見たら、雪くんが智乃に優しくしてくれてるのがよぉ~~~…………っくわかったわぁ~。お姉ちゃん一安心!」

「はぁ」

 智乃はほんとにおとなしい。ほとんどしゃべらない。あぁでもしゃべるときはちゃんとしゃべるんだけど。例えば授業中に当てられたときとか。おはようとか。いっせーのーでー3! とか。

 それにおとなしいとはいっても表情自体は明るいから、しゃべんなくても楽しんでくれている様子がわかるというか。友達も別に少なくなさそうだし。

(に対してのこの姉ちゃんのテンションよ)

 これで姉妹らしい。ほんまかいな。

「たぶん智乃もいちばん信頼してるのは雪くんだと思うよー?」

「俺ぇー? 女子の友達じゃねぇの? 幼稚園のときから仲のよさそうな女子もいると思うけど」

「いーえっ、雪くんだと思うわぁ! 昨日の智乃見てたら間違いない!」

 はし折らないでくれよ?

「ふーん」

 ラーメンうま。

「もしかしたら智乃、雪くんのこと好きなんじゃないかしら」

「んぐっ! ぶふっ! ぐはっ!」

 ラーメン中になんて不意打ちしてくんだそこの大学生! ティッシュティッシュ……。

「もし智乃から告白してきたら、付き合う? 付き合っちゃう!?」

 ……正直、智乃は、わ、悪くはないとは思うさ? でもそんな、そういうの、よくわかんねーし。一緒にいて楽しいのはそうだけどさ。超おとなしい智乃が俺のことを信頼してくれてるのもうれしいけど、さ。

「こっ、そ、ん、んなことあるかよっ! 智乃がおとなしいのは姉ちゃんよく知ってんだろっ?!」

 ……言っておくが、毎年こんな話を姉ちゃんとしているわけではない。今日いきなりこんな話をされた。

(まさか智乃がなんか変なこと姉ちゃんに言ったとか、そんなんじゃねぇだろうな……?)


 ラーメンを食べ終わるくらいのタイミングで母さんが起きてきた。早いわねぇ~くらいでさも当たり前の光景のように処理された。隣の人はうちの子じゃないはずなんだが。

 ごちそうさまでしたをしてお片づけしたら、姉ちゃんは元気に稲居家を飛び出していった。うーんすっかり朝だ。


 俺は自分の部屋に戻ってパジャマ装備から紺色Tシャツと黒の綿パンに換装。そして夏休みの数学の宿題をし始めた……が、やっぱ眠かったので再びベッドへ。

(智乃がなぁ……ま~っさかなぁ……)

 そういや明日は昼に記念写真を撮ることになってたっけ。

 この記念写真ってのは、俺の家の前で稲居家・宇嘉見家両方が集って写真を撮る行事だ。毎年新年迎えたときとお盆のときに欠かさず撮っている。俺と智乃が幼稚園に入った年から始まった。

 たしか智乃が俺の家族とも一緒に~とか言い出したような、そんな流れだったと思う。立ち位置とポーズも毎回一緒だ。

(あー眠)

 やっぱ寝よ。



「……ん~むぅ、よく寝た……ん、なんだこれ」

 起きようとしたら、なんか手に当たった。

(ん~……)

 敷布団の感触とは違うこれはー

「いでっ」

 ぽこっていう気の抜けた効果音とともに頭への物理ダメージ。見上げると……智乃? がちっちゃいアルバム持って俺を見下ろしている。

 あれ、てことは智乃は俺のベッドへ侵入し座っているという状態で、脚は布団の中に入れているらしく~……?

(げ!)

「あ、すまん智乃! てか智乃なんで隣座ってんだよ!」

 なんと俺は寝ぼけていたとはいえ智乃のひざに触れてしまっていたらしい!

(てか智乃の物理攻撃とか超レア智乃じゃね!?)

 なんか一気に目が覚めて、俺も智乃と同じく座る体勢になった。

「おはよう」

「おはー……あのー、智乃様。怒ってません?」

 うん、首を横に振っている。にこっとしながら。

(今回ばかりはセリフがない智乃がちょっと怖いかも)

 今日の智乃は薄い水色の長そでシャツに薄いピンクのスカートだ(と思う。脚はほとんど布団の中)。智乃は夏でも長そででいることがそこそこある。半そで姿はレア智乃である。

 髪も肩をちょっと越す長さ。これももしくくっていたらそれもレア智乃だった。

「そのアルバム見てたのか。明日撮るもんな」

 花柄のちっちゃめなアルバム。写真を入れるところが全部で40ポケットあるタイプ。

「って智乃ぉ?!」

 どの写真を見ても仲良く写ってる。ポーズも毎回一緒。そのポーズってのが、なんと俺の左腕に智乃が右腕を回してるというもの。なんで幼稚園児智乃がそれやったからって小学校も中学校も毎回そのポーズで撮ってんだ……。

(つーか今! 今別にアルバム見てるだけっつーのになんで今そのポーズをここで実行?!)

 立ち位置が反対なだけでガッチリ俺の右腕が智乃にお持帰りされそうになっている!

 そんな智乃の顔見たらアルバム見てるだけだし

(てか近いし)

 元気そうなのはなによりではあるが。しかし腕ぇ……。

(うーん……まさか本当に姉ちゃんの言ってるとおりなんだろうか……)

 俺そういうのよくわかんないけどさ……でも嫌いな相手にこんなにくっつくってのはないだろうし……いや嫌いじゃなくても普通くらいのレベルでもないよなぁ。

「え、えーっとぉ……智乃?」

 智乃こっち向いた。近ぇ。

「ね、姉ちゃんが朝さ。智乃が最も信頼してる相手は俺なんじゃねって話してたが……どうよ?」

 智乃はちょっとおめめをぱちぱちしてから、ゆっくりうなずいた。

「女子の友達よりも?」

 またうなずいた。

「ふーん……」

 またおめめぱちぱちしてる。

「ん~まぁ俺もー……そうなんのかなぁ。なんていうか、こんなに一緒にいて楽しいのは智乃がトップだと思うし。男子とはっちゃけてる楽しさとはまた別の感じっていうか。智乃が寄ってきてくれるのもうれしいっつーかー……」

 俺なに言ってんだろ。なんかよくわかんなくなってきた。

 智乃はおめめゆっくりぱちぱちしながら、視線がちょこっと下。これはちょっとよくわからない。

「……雪篤くん」

「んぉぅ?」

 お、名前呼んできたぞっ。

「目、閉じて」

「はぁ? さっき寝たぞ?」

 なんか変な命令されたぞ!?

「いでっ!」

 まさかの智乃頭突きぃ~!? これはさすがに初だろ! なんかくすって笑っちゃってるしぃ?!

(はよ目閉じんかいワレって意味なんだろうか)

 しょうがないので智乃様の命令を実行し、目をつぶった。

「なんか魔方陣書いて召喚の儀しぅ」

 俺の右腕が一瞬智乃側に引っ張られたと思ったら、く、くちに…………

(えっ…………?)

 その柔らかい感触がようやく読み取れたときには、もう智乃は俺から顔を離していた。自然と俺も目を開けてしまった。

 さっきと同じくちょっと視線下気味。

「……ち、智乃……?」

 そのまま今度はおでこが俺の肩へやってきた。なんだこれはっ。

 よく……わかんないけど、どきどきがすごいことになっている。それがわかると腕や肩から伝わる智乃の感触がもっとどきどきにつながって。

(うぇ~っとぉー………………)

「……ち、智乃さ。あの。もし、もぉーし違ったら、いや違ってもできればまた一緒に遊んでほしいんだけどさー」

 特に智乃からの反応はない。

「……お、俺と、その……お付き合いってのしたら…………智乃は、うれしいの……か?」

 言った。ちょっと反応待つ。俺言った。俺なに言ってんだろう。

(お)

 肩へのおでこ攻撃が一発。

「……えと、じゃあ…………ずっと一緒にいよう、な」

「……うんっ」

 今日も美声です智乃様。

「……突然、ごめんなさい……本当にいいの……?」

 めっちゃしゃべってくれた。

「いいよ。これまでいっちゃん長く一緒にいたのが智乃だったんだから、それがそのまま記録更新続けるだけだろ?」

 ここでようやく顔を上げた智乃。俺の顔を見ると、とっても笑顔になった。

「幼稚園の年中から毎年夏冬二回。明日で二十一回目か。このアルバムもようやく半分を越えたな」

 幼稚園四枚、小学校十二枚、中学校二年間四枚。40ポケットのちょうど半分である二十枚が埋まっている。明日から新しいページにもまた俺たちの笑顔が挟まれていくんだろうな。

 智乃は頭を優しく俺の肩にかたむけてきた。

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