プチ幸せ

沼田くん

第1話

 真悠子は、匠馬の手にしている麻縄を、緊張の面持ちで見つめた。

「本気なんだ、縛るって」

 頷く匠馬。

「手を背中に回して」

 言うのだった。真悠子の耳に鳴った言葉。に、彼女はたじろいだ。後ずさるように縄から体が逃げた。

「冗談だと思ったよ。本気で言うなんて思わなかった。匠馬の恋人だよね、私」

 真悠子は、不安一杯な目をして匠馬を見つめた。

「匠馬に変態な趣味があったなんて、私…知らなかった!」ド

 真悠子が悲しそうな顔をした。

「どうしても、私を縛りたいの?」

「縛った真悠子を見てみたいんだ」

 二人はホテルに居た。二人が入った部屋は、怪しい雰囲気がする部屋だった。下でパネルを見たときから思っていた。それが現実になって怖いと思った。

 どんよりと薄暗い部屋。真悠子が知らない責め道具を目にした。縄もあった。その一本を匠馬は手にしていた。すがるような目をして彼を見つめた。

「それ、使うの?」

「そんな不安な目をしなくても大丈夫だよ、信用して」

「信用してって…縛られた私に何をする気なの」

「縛るだけだよ。縛った綺麗な真悠子を見てみたいんだ」

 綺麗な真悠子って…

「訳がわからないわ。縛られていない今はどうなの?綺麗じゃないの?」

「綺麗さ。もっと綺麗になる。縛られたら縄の良さがわかるかも知れないじゃないか」

 (変な理屈)

 不安でならない。なかなか決心がつかない。

 そんな真悠子に匠馬が苛立ってる、怒ってる。彼を見ていて、それがわかった。真悠子は、彼に嫌われたくなかった。彼が好きなのだ。大好きなのだ。告白は、真悠子からだった。だから、今のショックは大きい。ダ

「…どうしても、縛らないとだめ?」

「だめ」

「痛くしない?」

「しない」

「ほどいて、言ったらすぐに解く?」

「解くよ」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃない」

「それなら…縛られてもいいよ」

「ほんと!」

 うん。

 本当は、嫌だった。嫌で嫌でたまらなかった。

「あれを使ったりしないと約束して」

 壁にかかった責め具の類を指差した。

 そうして、縄で後ろ手に重ねた手首を縛られた。胸に縄が回り這う。縛られながら、心なしか、縄がきついように真悠子は感じた。でも、痛みはなかった。

 着ている水玉のワンピースの上から乳房に手が触れた。咄嗟に体が逃げた。でも、逃げ場がなかった。よろけて転びそうになるところを匠馬の腕に支えられた。

「大丈夫?」

 首筋に息がかかった。

「うん」

 このまま甘えたかった。抱かれたかった。不安だったから。抱きつこうとして、できなかった。腕が動かないことに気づいて落胆した。

 

「嬉しいの?縛られた私を見て」

 胸を挟むように縄が這い、縛られた真悠子を見て、匠馬が微笑んでいる。

「ああ、綺麗だって思ってさ」

 うそ!

 奇異な状況にしか思えなかった。困惑する真悠子に、匠馬の提案が耳をとらえた。

「せっかくだから、しばらくの間、このままで居てもらおうかな。牢屋に入ろう」

 真悠子はどきりとした。すぐに解いてくれるんじゃないのか。

「私を閉じ込めるの?」

「縄を感じるには、しばらくそのままでいるのがいいんだ。それでもし、痛みがあるようなら解いてあげるよ」

 感じるって?

 そんな必要があるの?

 よく分からなかった。恥ずかしいし、惨めなだけだった。

 感じるって何?

 セックスするみたいな感じ?

 匠馬との交わりは気持ちよく、幸せを感じた。

 そんな幸せを縄に感じられるのかしら。

 匠馬の手が触れた、握られていた縄で縛られた体。縄は、匠馬そのもの。幸せを感じられるのだろうか。気持ちよくなれるのだろうか…。





 

 


  






  

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