オクトパス・ガンナー~21回目の祝砲~
さかたいった
黄昏の決闘
黄昏の荒野。
沈みゆく日が、大地を朱く染めている。
炎のように。湧き踊る熱情のように。
一陣の風が吹き抜けた。
風は向かい合って立つ二人が被るカウボーイハットを微かに揺らす。
一人。その名はモシ・ヤ・タコ。球体の顔に、八本の細長い足。
一人。その名はイカ・カモ・ヨ。尖がった三角の頭に、十本の細長い足。
風が止んだ。時が止まったかのような静寂。
モシ・ヤ・タコが、金色のコインを宙に放った。
回転を繰り返すコインが上昇し、やがて星に引き寄せられ落ちてくる。
コインが地面についた。
それと同時に二人がホルスターからピストルを引き抜いた。
バキューン!
「くっ」
イカ・カモ・ヨが、がっくりと膝をついた。前のほうの四本ぐらいの足の膝を。体にタコ墨弾を受け、墨汁にダイブしたかのように真っ黒だ。
「俺の勝ち。これで十勝十敗のイーブンだ」
モシ・ヤ・タコは、ピストルを器用にクルクルと回しながらホルスターに収めた。一本の腕でカウボーイハットの鍔を僅かに上げ、夕日を背に去っていく。
その惑星、軟体フニャリン星では、タコ星人とイカ星人のお互いのコロニーによる勢力争いが続けられていた。
両者の戦いは長く続き、これ以上の戦士たちの消耗を危惧した軟体星人たちは、コロニーから代表を選抜し、ある競技を行わせて決着をつけることにした。
それが早撃ちの決闘だ。
先に十一勝した側が勝者となり、この星を統べることになる。
両者はこれまで二十回対戦し、対戦成績は十勝十敗。
次の一戦が、全ての命運を決めることになる。
タコ星人の中での絶対的エース、タコの速さと称される早撃ちのモシ・ヤ・タコは、タコ壺を横にしたような形の自宅にいた。
「父ちゃん。次の決闘、絶対に勝ってよね」
息子のタコ・デ・ショウが、期待を込めた顔で言ってくる。
「ああもちろんだ。我々の威信のためにも、絶対に」
モシ・ヤ・タコは、傍らにいる妻、タコ・ナノ・デスを見た。
今、妻の体には、もう一つの命が宿っている。二人の愛の結晶が。
モシ・ヤ・タコは、妻の肩、というより腕の生え際の辺りに優しく手を添えた。妻は穏やかな微笑みを返してきた。
イカ星人の代表、イカ・カモ・ヨは、一人射撃訓練を行っていた。
ダッ! ダッ! ダッ!
荒野の反り立った崖の下、岩石に設置した的を正確に射貫いていく。
次の決闘は、絶対に負けられない。ライバルであるモシ・ヤ・タコを絶対に打ち負かせてみせる。
イカ・カモ・ヨが決意を固め訓練を続けていると、どこかから悲鳴が聴こえた。わりと近い。
イカ・カモ・ヨは訓練を中断し、声のしたほうへ移動した。
物音がしたので、イカ・カモ・ヨが岩場の端から覗き見ると、タコ星人の子供が大きなヒトデ星人に襲われていた。
イカ・カモ・ヨはすぐさま飛び出し、尖がった三角の頭でヒトデ星人に頭突きを喰らわした。
「逃げるんだ!」
イカ・カモ・ヨはタコ星人の子供に向かって言った。タコ星人の子供は戸惑いながらもその場をあとにしようとする。
イカ・カモ・ヨがタコ星人の子供に気を取られている隙をついて、ヒトデ星人が右ストレートをかましてきた。パンチはイカ・カモ・ヨの右腕に直撃し、ダメージを受ける。しかしイカ・カモ・ヨは怯まず、口からイカ墨を出して吹きかけた。ヒトデ星人はたたらを踏み、方向感覚を失った。
イカ・カモ・ヨが周りを確認すると、タコ星人の子供は無事逃げおおせたようだ。ヒトデ星人は危険な相手。イカ・カモ・ヨは応援を呼びに行くため、その場をあとにした。
腕に受けたダメージが深刻だった。
運命の決闘当日。
モシ・ヤ・タコは、決闘場所に向かう途中、あるタコ星人の子供に会った。子供から、ヒトデ星人に襲われそしてイカ・カモ・ヨに助けられた話を聞いた。
決闘場所の荒野では、大勢のタコ星人とイカ星人が集まっていた。自分たちの命運のかかった闘いを見守るため。
モシ・ヤ・タコの家族も応援に駆けつけている。自分たちの間に宿った新しい命のためにも負けられない。
お互いのコロニーの代表であるモシ・ヤ・タコとイカ・カモ・ヨが集団の中央に進み出た。
この決闘で、全てが決まる。
二人の戦士が、じっと見つめ合う。
その時、モシ・ヤ・タコは、イカ・カモ・ヨの違和感に気づいた。いつも体の右側についているホルスターが、左についている。
モシ・ヤ・タコがそのことを問い詰めたが、イカ・カモ・ヨは「お前を倒すのは左手で充分だ」と言っただけだった。
茜色の夕日が大地を染める。
カウボーイハットを被った二人。
皆が固唾を吞んで見守っている。
今、モシ・ヤ・タコはタコ星人たちの想いを一身に背負っている。この瞬間に、全てがかかっている。負けられない。
負けるわけにはいかない。
風が止んだ。
イカ・カモ・ヨがコインを放った。
皆の視線がそこに集中する。
夕日を反射するコインが落下していき、地面についた。
瞬時にピストルを引き抜く。
遅い。周りからは目にも留まらぬ速さに見えるかもしれないが、モシ・ヤ・タコの目にはイカ・カモ・ヨの動きが遅く見えた。いつもの奴の動きではない。
一瞬の差、けれど二人にとっては雲泥の差で、モシ・ヤ・タコの構えが速い。
そして、
モシ・ヤ・タコは撃たなかった。
バキューン!
ピストルを撃ったイカ・カモ・ヨが驚きの表情を浮かべている。
この闘いに、全てがかかっていた。それでも、モシ・ヤ・タコはイカ・カモ・ヨを撃てなかった。彼の中の何かが、そうさせたのだ。皆に失望されても、批難されたとしても。
観衆がどよめいている。
モシ・ヤ・タコはイカ墨弾を浴び、真っ黒になった。そうなっているはずだった。
しかし。
イカ・カモ・ヨが左手で持っているピストルの銃口から飛び出たのは、紙吹雪、そして『二人目おめでとう』と書かれた垂れ幕だった。
こうして軟体フニャリン星におけるタコ星人とイカ星人の勢力争いは終わった。
十勝十敗、一ノーコンテスト。
「二十一回目の祝砲」
そう呼ばれるようになったあの決闘を境に、両者は和解していった。
我々のいる地球からは遠い遠い星で起きた、出来事である。
オクトパス・ガンナー~21回目の祝砲~ さかたいった @chocoblack
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