殺しの依頼

木林 森

第1話 21回目

 表向きの仕事は、マッチングアプリのプログラム更新や管理。月収は10億。個人事業としては文句のない稼ぎだ。


 「誰かを殺したいと願う者」に「その対象を殺してくれる相手」をマッチングさせるという「裏の仕事」もしている。この4年間、私に仕事を依頼してきたのは211人。およそ1週間に1人のペースだ。


 このマッチングにより、232人がこの世から消えた。1件で2人を消す場合もあるのでこの人数だ。


 212人目の依頼主は、とある私立学校の校長先生。自身の学校に勤める英語教師を消し去って欲しいという依頼だった。AIがマッチングさせた相手は、同じ学校の警備員。この警備員が英語教師を殺した後に自殺するというシナリオを私は作った。


 人には誰しも弱みがあるし、行動を起こさせるスイッチもある。警備員が教師を殺すためのきっかけを与え、実際に彼は実行しようとした。だが、土壇場で息の根を止めるには到らなかった。


 どんな事においてもそうだが、こちらが想定した通りの結果が100%実現されるわけではない。あくまでも確率の高低で物事は進む。例えば95%の確率で成功するはずの事も、20回に1回は成功に到らないという事だ。


 残り5%の事態が起きた時のため、別の協力者は常に用意してある。今回は現役の警察官。私が裏の仕事を始めて2ヶ月で見つけた逸材で、この4年間、裏の仕事をよく手伝ってくれている。


 警察に協力者がいると何かと好都合だ。手がけた案件の捜査状況を知る事も出来れば、証拠隠滅をはかる事も出来る。警察という特権を活かし、一般人が立ち入れない場所に侵入できたりもする。


 これまで仕事の依頼を100%遂行できたのは、そういう人間を数名確保出来ているからだ。


 彼の名は山崎。英語教師を殺し、その罪を警備員になすりつけただけでなく、自殺に見せかけて殺害した。彼の手口は私から見ても実に鮮やかであり、過去19回の殺しの依頼を全て完全犯罪へと昇華させてくれた。


 私の用意したシナリオと彼の完璧な仕事により、「英語教師を殺した警備員が自殺」……これで、20回目の依頼は完全に幕を閉じるはずだった。


 ところがだ。先ほど、その山崎から「捜査が始まった」と連絡が入った。彼の仕事、いや、私がこの仕事を始めて初のほころびだ。


 私は今、「何故、捜査が始まったのか?」を調べている。スマホ1つあれば、どんな事も調べられる世の中。調べて1分もしないうちに、1つのブログに辿り着いた。


 『令嬢Rのセキララブログ』


 最初は何故これがヒットしたのか理解できなかったが、その最新記事を見て驚愕せざるを得なかった。今回の件の真相をほぼピタリと言い当てているではないか。


 警備員は教師を殺していない。

 2人を殺した第3の人物である殺し屋がいる。

 その殺し屋に仕事を依頼した人物は学校関係者。


 ブログにはそう書かれている。何故、それだけ真実を言い当てられるのか? その根拠はどこにも書かれていない。


 ならばまず、このブログを書いている個人を特定しよう。文体、語り口、改行のタイミング等など、人には文章を書くクセがある。それらは項目ごとに全て数値化する事ができ、2つの文章の数値を比較する事で、それらが同じ書き手かどうかも判断出来る。昔からある統計数学理論の1つだ。


 私の探査プログラムが、ブログの発信者を特定するのにかかった時間はわずか12秒。『令嬢Rのセキララブログ』を書いた人物が那由多凛である確率は99.99996%と出た。


 どうやらこのお嬢さんは、ネット上にたくさんの書き込みをしているようだ。すなわちたくさんの有効な数値をネットに落としてくれているという事。おかげで、簡単に特定出来た。


 那由多凛。殺害された2人と同じ学校に通う17歳の高校生。TwitterやFacebookなど複数のSNSアカウントを所有しており、書き込む頻度も同年代の平均値よりかなり上。おしゃべりな性格と断定していいだろう。


 だが、彼女がネット上に記した全てにおいて「殺し屋の存在」に到る根拠や経緯は一切見つけられない。


 謎は深まるばかり。ならばと、私は彼女の周辺を調べてみた。彼女の母親は科学捜査研究所のチームリーダー・那由多美蘭。驚いた事に、警備員の自殺、および教師殺害の件を現在進行で担当している人物だ。部署は違えど山崎と同じ職場でもある。


 彼女の事は山崎から何度か聞かされている。かなり仕事熱心・真面目で、気になる事があれば徹底的に調べ尽くす根っからの研究者タイプ。今回の件で現場に残された遺留品などの鑑定に当たっているという情報は、山崎からの得たものだ。


 母親が娘に情報を流したと考えるのが妥当な気もするが、事件に関する情報は例え家族であっても守秘義務がある。何よりも科捜研が、この事件で殺された2人以外の存在を特定したという情報は一切ない。


「……」


 実に不思議だ。何故、那由多凛はこの世でただ一人、事件の真相に迫る人物になりえたのか? 科捜研ですら辿り着けない結論に到ったのか? これまでに経験した事のない状況に、次の行動をどうすべきか頭を悩ませた。


 10分後、ようやく結論を出した。彼女の存在は、これから先の仕事に悪影響を与える可能性が高い。


「那由多凛をこの世から消す」


 その選択肢が正解だろう。殺し屋の存在を導いた過程を探りたい欲もあるが、警察が事件の真相に近づくマイナスの方が大きい。


 私は山崎に依頼することを決意する。これまで1つの仕事を終えたら、次の仕事まで最低1ヶ月は間を空けるようにしてきた。だが、今回は初めての緊急事態。


 依頼主:私

 対象:那由多凛

 期間:48時間以内

 内容:事故に見せかけ消す

 報酬:前金で1000万


 彼女の住所やSNS等の情報と共に、山崎へ送信した。まぁ、彼ならうまくやってくれるだろう。いつも私以外の依頼を受けている彼にとって、私から直接仕事を依頼されるのは初めて。成功後のさらなる高額報酬も約束しよう。


 那由多凛の母親は科捜研のリーダー。しかし、山崎はこれまで科捜研に何かを感づかれるような仕事は一度もしていない。21回目の依頼も完璧に遂行し、那由多凛のもたらすわずかな不安も払拭してくれると確信している。


 早ければ明日にでも、女子高生が事故死したニュースが流れる。私はこの部屋から出る事無く、そのニュースを見て安堵するだろう。

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殺しの依頼 木林 森 @eveQ

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