実は作者は一浪している。

不屈の匙

ふりかえる。


 二十一回目の誕生日はなんとも宙ぶらりんだった。


 振り返るは大学三年生。

 成人式を終えたから暦の上では大人で、親に養われているという点では子供で。

 自分で金を稼いで親のクチバシから離れたい気持ちはあったけれど、幼いころの「大きくなったらなんかすっごくでかいことをして大金持ちになるんだ」という無条件な希望はしぼみ、「親の脛をかじって一生推しに貢いで暮らしたいなあ」というやや現実的な現実逃避が活発になり始めたころあい。


 そんな私の目の前に、空欄の目立つ紙があった。


 エントリーシートだ。


 世にいう、履歴書である。

 早生まれ、東京近辺在住の二十一歳児は、早くも就活のスタートダッシュを切らされていた。

 履歴書の半分、自分の学歴はすぐ埋まる。学校名を書けばいいだけだもの。

 趣味の欄、小説を書くことと入れておく。


 問題は燦然と輝く空白、「あなたの長所はなんですか?」


「人間なんて息吸って吐いてるだけで二酸化炭素増やしてるんだぞ。ゴミじゃん。いいところなんてありませ〜ん!」


 そう書けたらなんて楽だろう。書いたら「じゃあ死んでくださいね」って言われる未来しか見えないけども。死んだら死んだで腐敗してガスが出るけどな。

 自分ってなんなんだろう。考えれば考えるほど、わからなくなる。

 別に何かをしたくて大学に入ったわけじゃなくて、親に言われてみんなが入るから入ったのだ。平均的なステータスが欲しかったんだと思う。

 そして今、周りの流れに合わせて働きたくもないのに就活をしている。


「は〜〜〜〜、これが現代の木材流通における国産材の利用振興のための政策立案とか異世界転移したら飯がクソマズで料理無双したファンタジーとかだったら書けるのにな〜〜〜。なにが楽しくて自分の長所なんぞ書かなきゃいけないのだ、私ほど欠点だらけの人間そうはいないぞ」


 二百文字くらいの自己PRよりも、4000字のレポート、10000字の短編の方がマシだ。

 だが、残念ながら目の前にあるのは林野庁のエントリーシートではない。

 ぶっちゃけ公務員試験でも受かった後に「自分の長所を書きなさい」というクソ項目があるのを都庁の試験で知った。

 滅びろよマジで。なんなんこれ。いらないだろ。心理テストで代用しろよ。最近なんかすごいのあるじゃん。16タイプ診断などは回答に時間がかかるけど、そのぶんかなり当たってたしそれでいいと思う。

 呪っても代替案を出してもエントリーシートからこの枠が消えないので世界はクソである。


 「短所を書きなさい」という欄には無限に書くことがあるのだが、「長所を裏返した短所を書きましょうね」という副音声がついている。

 要するに、小説のキャラクターみたいに自分を演出しろということなのだ。

 熱血なので周囲を置いてけぼりにしがちですとか、クソ真面目なので融通が効きませんとか、そういう。長所が映えるエピソードに短所でサブエピソードを添えるのだ。教科書にそう書いてあった。


 自分を商品にしようとしているのは、わかる。

 でも隠すことになる私を雇うデメリットが多すぎて、自信満々に「この商品はとってもお買い得です! お安いですよ! 絶対に将来大化けするから、騙されたと思って買ってみてください!」なんて言えないのだ。

 私はプライドが高いので、自分で「私はお安いですよ!」、なんて口が裂けても言いたくはない。けれど一方で、冷静に自分の価値を数えて、悲しくなってしまうのも事実。

 企業から提示されている給料分の価値が果たして自分にあるのか? そう成長できる潜在的な価値があるのか?


 いっそのこと友人に私の長所を書いてもらえばいいのだが、往々にして友人の言う自分の良さと言うのは「え? そこ?」という無自覚なところで、確信をもって他人にプレゼンできないのだ。

 もちろん周りにはそうできる人もいるし、企業の面接官がそういうのを求めているのはわかるけど、私は「自分が正しい」と言う確信がないと強気に出られないタイプ。よってうまく話せなかった。


 そもそも、私はそこまで頼める親しい友人がいない。

 ここで誰かに頼れているなら、私はなんの躊躇いもなく長所の欄にデカデカとコミュ力と書くことができただろう。

 現在の友人の顔を思い浮かべても、友達になったきっかけは全て「クラスで席が近くて話しかけられた」である。察してほしい。


 それでもなんとかしてこのESの長所欄を埋めなければならない。


「頑固、飽き性、競争嫌い、偏屈、臆病……」


 短所をあげつらい、どうにか長所に変えられないか頭を捻る。

 頑固なら一度決めたら曲げない強い意志がある。飽き性なら、新しいもの好き。競争嫌いなら協調性があり穏やか。偏屈なのはこだわりが強いから。臆病なので慎重に物事を運ぶ……。


 いちおう思いつきはするけれど、私は時と場合によってそうでもない。キャラクターレベルまで性格のルールに縛られて存在していない。

 それに、どれも上には上がいる。それはSNS在住のTLのオタクを見ていて、自分の推しへの愛に対する疑念が湧くような気持ちに似ている。ナチュラルに自分より努力家の秀才どもが身近にいる。

 

「うーん。まあ、このESは正直なので損をしがち、で攻めるかあ……」


 まあぶっちゃけると、私は親の希望したレールに乗っかって名門の大学に入学したので、一次選考で落とされることはほぼない。

 何書いてもとりあえず面接試験に進める、それくらい世間的に良い大学だ。

 しかし、面接で馬鹿正直に答えているから落とされている。なんで私は小説でしか嘘をつけないのか。


 二十二回目の誕生日には、就職先も卒業も決まっているといいなあ。そう思って、私は適当にエントリーシートを書いて提出した。

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