第3話 フラットに星は流れる1

「なにこれ!?なんで俺浮いてんの?」

よく分からないけど、俺は宙を浮いていた。そして目の前には凄惨な光景が広がっていた。


黒い旗を掲げた船団の残骸と海面を覆いつくす無数の屍が当たり一面に広がっていた。


「フラット河口海戦だよ、ケンジ」


「死神さんも一緒に来たんだね。しかしこれは…」


「これが、ピアノの……帝国の最後の戦いだよ」

死神は、悲しそうに呟いた。


「……」


「反乱軍に各地で敗北した帝国軍は、皇帝自ら出撃し決死の覚悟で海上決戦をしたんだ!これが、ピアノの未來だよ」


周囲を見渡すと、無数の船団が包囲しているのが分かった。


「ピアノは?」

俺が尋ねると、死神はボロボロに傷ついた大型の戦艦を指差した。


「……ピアノの最後だよ。覚悟がいるよ!大丈夫?」


「もう覚悟は出来ているよ。目を覆いたくなるような最後だとしても見届ける」


「……分かった。じゃあいくよ」




――――――


戦艦に着くと、精も根も尽き果てた様子のピアノが甲板にいた。


「陛下、申し上げます。ホルン海賊団が敵方に寝返りました。また、人魚族を中心に敵の総攻撃が始まりました。現在ドラム殿の率いる魚人族が敵を食い止めていますが……」

苦しそうに若い女性軍人がピアノに報告をした。


「ここまでなのですね」


「……無念です」


「そうですか、魚人族には感謝しかありませんね。皆が私を見捨てる中、最後まで共に戦ってくれた、本当に嬉しいです」


ピアノは寂しそうに甲板から包囲する敵艦を見渡した。


「タンバリン、いままでありがとう」


「……陛下」

ピアノがタンバリンと呼ぶ女性は、スラッとした長身に燃えるような赤髪が特徴の美しい女性だった。


「タンバリン、ギター、ドラム……私には過ぎたものでした」

そう言うと、ピアノは泣き崩れた。


「僕の無能のせいで帝国を滅ぼしてしまった……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

するとタンバリンがピアノを優しく抱きしめた。


「陛下は無能ではありません。私は知っています。あなたが、心優しい名君であることを!!最後までお仕えできたことを光栄に思います。私は幸せです」


「タンバリン……」

ピアノは涙を拭うとよろよろと立ち上がると天を仰いだ。


「生きる事はこんなにも悲しいものなのか……」

そう呟くと、震える手を押さえながらゆっくりと歩き出した。


「陛下、タンバリンも一緒です」


タンバリンはピアノを抱き抱えた。


「お許しをッ」


そう言うと海に身を投げた。


「……」


「……」


「いやキツイよ!死神っち!!」


「そう……よね……うっ……ぐすっ」


「ハッ!!話しに出ていたギターと魚人族達はどうなるの?」


「うん、じゃあまず、滅びゆく帝国の最後の光!ギターの話からするね」


「滅びゆく帝国の最後の光?す、すごい人っぽい!」


「ふふーん、すごい人だよ」


「なんでどや顔!?」


「だって私の推しの一人だもん!!」


「推し!?」


「彼を一言で表すと義士!正義感が強く、不正を許さない剛直な性格。そのせいで先帝の時代に左遷されてしまった優秀な文官。左遷されても帝国への忠義を貫いた正義の人。帝国末期には文官から軍人に転身して活躍し、最後までピアノを支えた軍人だよ」


「なんか悲しい予感が……」


「彼は悲しい義士だよ」


「ギターは、フラットの決戦に参加せず、帝国の勝利を信じ、狂乱状態の帝都で奮戦。僅かな部隊で防衛に成功するわ。けれど、フラットでの敗北と皇帝ピアノの入水の一報、そして敵からの降伏勧告を受けこれまでと悟り、部下達と自殺を図るんだけど、失敗、捕まるの。捕まった後は、何度もサイザー達が、彼に仕えるように説得したわ。だって彼は優秀だから。欲しがるのも無理はないわ。でも無理な話。そもそも、ギターが応じる訳がない。だって彼は、ピアノ以外に仕える気なんてなかったから……」


死神は大きくため息をついた。


「この戦いの一年後に、ギターは処刑されるの。処刑場で、ピアノ達の眠るフラットの方角に深く拝礼した後、悔し涙を流しながら、吠えたわ!陛下は残虐皇帝にあらず!!心優しき名君は、ピアノ陛下以外にあらず!忠臣二君に仕えず!まして、血に染まった無慈悲な賊に従う道理無し!正義無し!!そう叫ぶと処刑されたわ」


「……悲しいね」


「そうね……ギターの最後は見ていられなかったわ。末期の帝国の財政を改善させた文官としての一面、各地で英雄的な防衛線を行い反乱軍を苦しめた軍人としての一面。彼はピアノから、慕われ尊敬された。そして彼もピアノに敬意を示し最後まで支えた。まさに滅びゆく帝国の最後の光だったわ」


「そして、魔物であるドラム達魚人族は……彼らが来たみたいね」


死神は指をさす方向を見ると、人ほどの大きさの魚に手と足の生えた何かが居た。


「いやーごめん、正直言って不気味だわ」

いやキモいって!見た目がダメ。


「そうよね彼らは見た目が不気味な魔物、人は魔物と戦ってきた歴史がある。だから当然敵だった。でもピアノは違った。ピアノは周囲の反対を押し切り、彼らを友人として迎えたわ。その判断は正しかった!末期の帝国は、すでにベテランの兵士、指揮官の多くを失っていた。本来、フラットで決戦を行う力は残っていなかった。しかし、フラット決戦を行い序盤にはサイザーを追い詰めるまで肉薄した。その功績は彼ら魚人族の力によるもの、そして彼らを指揮し、その才能を発揮した者こそドラム!後に、ブラック帝国再興を掲げ、復讐の鬼と化してしまった哀れな魔王」


「ま、魔王!?」


「うん、ピアノの最後に深く悲しみ、そしてギターの無念の最後に涙を流し激しく憤り悲しんだ。そして帝国の再建とピアノの無念を晴らす為、仇敵サイザー達の王国を徹底的に破壊する事を目標に魔王となるの」


「人類に敵対したんだね」


「そうなの。復讐に取り憑かれてしまったドラムは帝国の再興とピアノの無念を晴らす目的を見失い各地で殺戮を行い、恐怖の魔王と恐れられたわ。そして数百年後に異世界から召還された勇者とその一行に討たれるわ。でもケンジ!知って欲しいの!!この後の魚人族の想いを、ドラムの悲しみを……見届けて欲しいの」


「分かった。見届けるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼き皇帝は異世界を駆ける!例えどんなに困難だとしても、帝国は滅ぼさせはしない! 黒トンボ @niziirotonbo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ