サミュエル 21回目の誕生日を祝う

中村 天人

11月に吹く春の風

 木枯らしが吹く11月の早朝。

 長い黒髪を冷たい風に揺らすサミュエルが、外套がいとうの身ごろをきつく握りしめて山を下りていた。


 向かった場所は、彼がかつて生活していた孤児院。

 この時間は、たいてい孤児院長が一人で朝食の支度をしている。それを知っているサミュエルが、キッチンの窓を叩いた。


 いつもの来客に気が付いた孤児院長が、エプロンで手を拭きながら外へ出てきて、見慣れた顔に笑顔をこぼす。


「あら、サミュエル」

「孤児院長。ジャウロンが獲れたから分けに来た」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うサミュエルが、ジャウロンと呼ばれる恐竜の肉を差し出した。

 普通なら嫌煙されても仕方がない態度だが、これが彼の照れ隠しであることを知っている孤児院長は、クスクス笑いながら大きな包みを受け取る。


「いつもありがとう。外は寒かったでしょうから、少し休んでいかない?」

「いや……人に会いたくないのは知ってるだろ。すぐ帰る」

「そう? 遠慮しないでいつでも来てね。ここはあなたの家でもあるんだから」


 断られることは分かっているのだが、彼の心が開く時が来ることを願い、根気よく同じことを聞き続けていている。

 孤児院長は「今回もだめか」と思って寂しそうに笑うと、ジャウロンの肉を受け取る代わりに、1週間分の焼きたてパンが入った包みを持ってきてサミュエルに渡した。


「毎回同じもので悪いんだけど、今焼きあがったばかりだから持って行って」


 甘くて香ばしい匂いの包みを受け取ったサミュエルは、いつもここで背中を向けて帰るのだが、今日は孤児院長に腕をつかまれて引き留められた。


「ちょっと待って、もう一つ」


 不思議そうに首をかしげるサミュエルに、にっこり笑った孤児院長が持っていた箱を渡した。


「ん? なんだこれは」

「ふふふっ! 家に帰って開けてみて」


 言われるがまま箱を受け取ったサミュエルは、手を振って見送る孤児院長を後にし、来た道を一人、誰もいない山小屋へと帰って行った。

 小屋にたどり着き、扉を開けたその時。


 パンパンパンッと破裂音が鳴り響く。


 盗賊か⁉


 身の危険を感じたサミュエルが、警戒するように身構える。すると、頭上にピンク色の紙吹雪がハラハラと舞い落ちてきた。

 上を見上げて呆気にとられたサミュエルが、悪党の襲撃ではないことを察して肩の力を抜く。


「……トワ」


 階段の影からひょっこり顔を出したのは、全身ピタッとした黒い服に身を包んだ女性。高い位置で縛った柔らかい栗色の髪を弾ませながら、楽しそうにサミュエルの前へ出てくる。


「ジャーン! お誕生日おめでとう、サミュエル! 驚いた?」

「また勝手に人の家に上がり込んだのか。まったく。来るなと何回言ったら分かるんだ」


 煙たそうに顔をしかめるサミュエルに、頬を膨らませたトワが体をくねらせておどける。


「やっだぁ、サミュエルったら嬉しいくせに。素直じゃないんだからっ。はい、これ」

「なんだこれは」

「世界のスパイスセット! 龍人様と芽衣紗様がサミュエルにって。ダイバーシティにいた時、サミュエル料理上手だったじゃない? ここでも料理したらいいのよ」

「余計なことを。料理なんてそんなめんどくさいことするか」


 心底嫌そうに答えるサミュエルの腕に、トワが無理やりプレゼントをねじ込む。


「いっつもパンばかりじゃ栄養偏っちゃうわよ。一人が嫌なら、私が料理を食べに来てあげるけど」

「アンドロイドのお前は、食べなくても良いだろうが」


 仕方なくサミュエルがプレゼントを受け取ると、トワがあることに気が付いた。


「あら、なあに? その箱」

「孤児院長がくれたんだ。中身は分からないんだが……」

「開けてみましょう!」


 ボソボソとつぶやくサミュエルに、トワが太陽のような明るい笑顔で答える。

 そして、いつまでも恥ずかしがって包みを開けないサミュエルの代わりに、トワが箱を開けて中身を取り出した。

 出て来たのは、サミュエルの黒髪に良く似合う深緑色のマフラー。一緒に入っていたカードには、「21歳おめでとう」と書かれている。


「素敵なマフラー! 孤児院長が編んでくれたのかしら」


 トワがサミュエルの首にマフラーを巻きつけた時、何かがポトッと床に落ちた。

 それを拾ったトワが、悶絶しながら叫び声を上げる。


「キャッ! すっごぉぉぉい! これはサミュエル喜ぶわね!」

「返せ」


 興奮するトワの様子に「一体何が入っていたのか」と興味を示したサミュエルが、奪い取ろうと手を出した。しかし、トワがサミュエルの手を逃れ、狭い小屋の中で追いかけっこが始まる。


「こら、待て!」

「キャッ! やーん、取られちゃった」


 部屋の隅にトワを追い詰めたサミュエルが、やっとのことで奪い取った。


 確認すると、どうやらそれは手紙だったらしい。

 サミュエルは、書かれている形の整わない文字を読み上げる。


「いつも、ジャウロンをくれる……ひとへ……」


 それだけ言うと、ポッと頬を赤らめたサミュエルが、トワを置き去りにして2階の寝室へと駆け込んだ。

 ベッドの上に座り、子どもが一生懸命書いたであろう文字を黙読する。



 いつも、ジャウロンをくれるひとへ


  わたしたちに ジャウロンをとどけてくれて ありがとうございます。

  ジャウロンをたおせるヒーローは わたしのあこがれです。


  わたしは たべもののなかで いちばんジャウロンがすきです。

  ジャウロンのひは ぜったいにおかわりをします。

  もうすこしおおくても だいじょうぶなので、

  これからもよろしくおねがいします。


  またきてくださいね。

  21かいめの おたんじょうび おめでとうございます。


  シエラより



 手紙を3回黙読したサミュエルが、パタンとベッドの上に倒れ込んだ。

 その様子を、トワがニマニマ笑いながらこっそり覗く。


 この後、孤児院へジャウロンの差し入れが増えたことは言うまでもない。

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