セルフ・サティスファクション
寿 丸
マイノリティレポート・アナザー
ろう学生講義保障向上団を立ち上げてから、二十一回目の会議。
今回も、情報保障のプレゼンに関する話は進まなかった。
ここでろう学生講義保障向上団(以下、ろうホ)について説明すると、情報保障を必要とする聴覚障害を持つ学生に、手話通訳やノートテイクに関する制度を手厚くするという目的を持った団体だ。
この団体は学生が立ち上げたもので、構成員も当然学生で固まっている。
そして俺は書記を担当していた。タイピングと情報処理速度が速いことを先輩たちに買われてのことだ。
最初の会議では、以下のような形でまとめていた。
〈情報保障向上団の在り方について
まず、ろう学生には情報保障が必要である。そのためには大学側に、手話通訳やノートテイク制度の行使回数をもっと増やしてもらうべきである。そしてろう学生側にも、同制度の必要性を理解してもらい、更なる活用を推進することが重要。
そのために大学側とろう学生側両方に、目的を持った啓発を行う。
方法として何が考えられるか。
① 大学向けとろう学生向けのレジュメを用意する。
② 障害を持つ学生と教員との意見交換会で、プレゼンを行う。
③ ろうホ独自でプレゼン発表会を行う。また、その際にはOBOGの力も借りる。
なお、この団体に関する情報の漏洩は固く禁ずるものとする〉
こういった会議は毎日のように開かれていた。
俺が記憶している限り、二日に一度ぐらいは行われていたのではないだろうか。
さて、なぜ俺がここでろうホの情報を公開しているのか。それは俺自身がプレゼンの失敗を機に脱退したこと、そしてろうホが一年と経たずに自然消滅したからである。
ここで、なぜろうホが立ち上がったかについて触れよう。
きっかけはノートテイク制度を悪用する学生がいたこと。
ノートテイク制度とはすなわち、紙とペン、あるいはパソコンを使って聴覚障害を持つ学生に情報を伝える制度のこと。わずかではあるが、謝礼金も出る。この謝礼金目当てにノートテイクを担当しようとする学生も少なからずいた。
そして、その謝礼金をくすね取ろうとする学生も。
発端はこうだ。
ろう学生がノートテイクをしてくれた健常の学生に、ノートテイク制度での謝礼金の一部を求めたのである。そのろう学生曰く、「自分がいるおかげで謝礼金をもらえるんだから、自分にももらう権利がある」ということ。
理解できない理屈だが、その出来事をきっかけに問題が起こった。
まず、ろう学生と健常の学生との分断。特にこの出来事に対する健常の学生からの反発は強かった。「もしかしたら自分たちは利用されているのではないか」という疑念が芽生えてしまったのである。
次にろう学生のモラル低下の露見。ノートテイク制度を悪用し、金銭をくすね取ろうとした事態を、大学側も重く見ていた。このままでは手話通訳者も呼べなくなる、ノートテイク制度も活用できなくなる……先輩たちはその可能性を懸念していた。
だからろうホが立ち上がった。
その時の俺は馬鹿だったから、先輩たちにいいように言いくるめられた。
二十一回目の会議は、以下のようにまとめられていた。
〈ろうホのプレゼンに関して
配布されたレジュメでは感情的な意見が目立つ。第三者から――例えば健常の学生から――の意見も取り入れた方がいいのではないか。
——それでは時間がかかってしまう。プレゼンまで間がない。このレジュメ通りに進めていく方がよいのではないか。
――プレゼンには学生、職員、教員が集まる。彼らが納得するような内容にするためには、時には強い叱咤も必要では。感情的というが、そのぐらいではないと話が通用しない。
——少々、手荒に進めすぎではないか。ろうホの活動にかまけて、本来の学業がおろそかになっている人もいる。先生も懸念しておられる。何よりこの活動は一体誰に向けたものなのか。もう一度、見直した方がいいのではないか。
——目的は前に説明した通り。ろう学生の今とこれからのための活動である。
——やや、自分本位ではないだろうか。
——その根拠を説明してほしい〉
こういう感じで、話はまとまらなかった。
まとまらない状態で、プレゼン本番を迎えた。結果は――失敗。リハーサルの時点でプレゼンを務めることになった俺が、体調を崩してしまったからだ。
本番終了後、俺は責められた。
そして俺は脱退することを決めた。
その時の先輩からの言葉は、以下のようなものだ。
「君にはがっかりしたよ」
先ほども言った通り、ろうホは一年と経たずに自然消滅した。だけど俺にはどうでもいい話だった。ろう学生が情報保障された講義を受ける権利がどうのこうの、啓発する必要があるのどうのこうの、一部の人間が勝手に決めていいものなのだろうか。
あの時、ろうホで活動していた俺は何を考えていただろうか。
きっと、何も考えていなかっただろう。
ろう学生の大半は、きちんと手話通訳者にもノートテイクをしてくれる学生にも感謝している。彼らがいてくれるおかげで自分たちは密度の高い講義を受けることができる。一部にその制度を悪用している馬鹿がいるからって、みなの善意を疑うような真似をしていいわけがない。
もしかしたら俺は――その善意を疑っていたのかもしれない。
だからろうホなんて意味不明な団体に入ってしまったのかもしれない。
だが、一年経ってろうホが解散した今となっては意味のないことだ。
以下、ろうホに入っていた学生との会話。
「ろうホって、あれからどうなったんだ?」
「ああ、あれ? どうなったんだろ。なんか自然消滅したって感じ?」
「自然? どういうこと? もう今は活動してないってこと?」
「そうそう。なんか先輩たちがやる気をなくしちゃってさ。私たちもそこまで身を入れていたわけじゃないし、試験やレポートもあるからそっちにばっかりかまけているわけにもいかないし」
「…………」
「あれって、なんだったんだろうね」
「わからないよ」
「まぁ多分、先輩たちの自己満足でしょ。先輩たち、好きじゃない。自己満足って言葉。いつもいつも人に使っているけど、本当は自分たちに向けて使うべき言葉じゃない?」
「そうかもな」
「本当になんだったんだろう。あれさえなければもっと勉強できていたかもしれないのに」
「……本当にな」
俺は呆れて、ため息をつく外なかった。
セルフ・サティスファクション 寿 丸 @kotobuki222
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