何度目の正直

かなぶん

何度目の正直

 他に人影のない校舎の陰で長い黒髪がさやさや風に揺れる。

 強い光を持つ黒い瞳に映るのは、自分一人だけ。

 高橋たかはしすすむは浮つく心を鎮めるようにゴクリと喉を鳴らし、言った。

「ずっと前から好きでした!」

 ついでに頭まで下げたなら、目の前の少女は、ふっと息をついた。

「うん、知ってる。何度も聞いてきたから」

 つまらなそうな声に短い髪を甘く揺らされ、進は(まあ、そうだよな)とどこか他人事のように思った。



 進と彼の幼馴染みである相坂あいさか詩織しおりのこのやり取りは、今回で21回目だった。

 始まりは小学生になる前。

 意を決した5才児の人生初めての告白は、「やだ」で終わってしまった。

 そこで悔しさと共に思い出になったなら、二人の関係も終結していただろうが、続け様、彼と同じく5才だった彼女は言ったのだ。

 高校生の今ならませていると言えるような、いたずらっぽい笑みを浮かべて、

「でも、また好きって言ってくれたら……次はうんっていうかも」

 ――――と。

 以来、飽きもせず、詩織を好きだと思い、伝えたいと考えた時に、進は告白を決行してきた。

 まるでそうするのが決まりかのように、彼女の靴箱に手紙を忍ばせ、人目がつきにくそうな場所へ呼び、一対一で面と向かって告白――そしてフラれる。

 フラれて、また、言われるのだ。

 5才の時と同じように、その時々によって違う言い方で、

「今は好きになってくれてありがとう、としか言えないけど……次は、成功するかもね」

 期待を持たせるように、甘い毒を含ませて。

 時には、そんな二人のやり取りを知った友人に呆れられたこともあったが、進は構いやしない。


 ただし、さすがに前回は完全に失敗だった。


 彼氏ができた彼女に告白してしまったのは、いくら何でも見境いがなさ過ぎた。

 ――他の誰でもない彼女に、自分だけは決してしてはいけなかったのに。

 しかもほぼ衝動的なソレは、彼氏に関連した話で怒る詩織が可愛かったから、というなかなかのもの。

 詩織もあの時ばかりは、いつもの締めの台詞を残すことなく、憤慨に憤慨を重ね、感情のままに進をしこたま叩いて去っていったものだが……。

 20回目にして、全てが終わった。

 そう思っていた進だが、こうしてまた手紙の呼び出しで来てくれる通り、詩織はあれからすぐ、変わらぬ接し方をしてくるようになった。

 彼氏と別れた、という爆弾発言と共に。

 一瞬、自分のせいかと衝撃を受けた進だが、進とも友人関係であったその彼氏は、後に詩織と付き合っていたのは魔除けのためだったと教えてくれた。

 常々好意を抱いている贔屓目抜きにしても、美少女と言って良い詩織。

 対する偽彼氏の友人も、顔は元より頭も身体も性格も、全てにおいて優れており、確かにこの二人が並べば、他は声をかけにくいこと請け合いだろう。

 進とてきっと、友人関係でなければたぶん、そんな彼氏のいる詩織に告白したりはしなかった……はずだ。

 しかし、虫除け、女除けなら分かるが、魔除けとは?

 友人はこの疑問に、具体的なことは何も教えてくれなかったが、すでに解決済みであることと、偽の恋人関係には詩織にも思惑があったらしいことを、どこか含みがある物言いで教えてくれた。

 ちなみに、詩織の思惑の方は失敗した、ということも。

 これを聞いた時、進は素直に残念だと思った。

 進の詩織への想いは、間違いなく性愛がガッツリ含まれているのだが、反面、詩織が幸せであるなら、別に相手は自分でなくても良いという気持ちもあるのだ。

 ……まあ、自分でなくても良いはずなのに、偽だろうと彼氏がいる時に告白したのだから、説得力はないかもしれないが。



 そんなわけで、何度目の告白だろうがあまり関係なく、今回もフラれる前提で頭を下げていた進は、

「だから……はい。よろしくお願いします」

「……………………………………………………え?」

 思いも寄らなかった答えを頭に受けて、そのままの格好で目を見開いた。

 先ほどまで、彼女から受けていた吐息は、自分の告白へのため息だったはず。

 それが全く別の意味になっている理由が分からず、恐る恐る頭を上げたなら、ほんのり頬を染めた詩織が視線を彷徨わせた。

 何か言いたげなそれをしばらく眺めていれば、

「あ、あのね……ご、ごめんなさい!」

 いきなり下げられる頭。

 これにより更なる混乱へ叩き込まれる進――かといえばそうでもなかった。

(あ、ああ。なるほど? 今回はそういう感じってわけか。告白受けると見せかけて、実は嘘でした、と)

 不思議と傷つかないのは、前回の告白タイミングの大失敗があったからだろう。アレの意趣返しと思えば、進にとっては逆に気が楽になるというもの。

「ま、まあ、いいよ。俺もこの前はマジでゴメンな? お前の気持ちも考えないで、たとえ嘘だろうと彼氏持ちだってのに」

 丁度良い、この際だからと、なあなあになっていた謝罪をする進。

 けれど詩織が「え?」と顔を上げたなら、同じく「え?」と声に出す。

(間違えた?……いや、もしかして、アイツと付き合っていたってのが嘘ってのが嘘だった? 実はアイツが教えてくれたことも、俺が告白していたことへの意趣返し……? いやいや、けどそれなら、アイツがんな面倒なやり方するわけ……)

 しばし、詩織の揺れる瞳と見つめ合う。

 ――と、何かに気づいた詩織、ほんのりだった赤で顔全体を染め上げると、大声を出して進を指差した。

「あああああああああっっ!! あんた! ひ、人がせっかく、ようやくちゃんと返事したのに、変な取り方しないでよっ!!」

「え、あ、わ、悪い……?」

 いまいち要領は得ないが、何かやらかしたらしい。

 それだけは分かった進はとりあえず謝るのだが、それすら気に入らないと詩織が地団駄を踏み始めた。

「ゴメンって、確かに私が悪いけどっ! そういう意味じゃないから! 好きは好きで変わらないから! 私もずっと、あんたのことが好きで――――っ、だあ、もうっ!」

 もしも美少女に分類なんぞがあるとするなら、詩織は清楚な、あるいはクールタイプの美少女だろう。普段の振る舞いも、そう周囲から強要されたわけでもないのに、それらしいものであった。

 それをガタガタに崩してまで、顔を真っ赤に身悶える詩織は、これまでの鬱憤を晴らすかのように喋りだした。


 曰く――

 どうやら詩織は、進が好意を抱くずっと前から、進のことが好きだったらしい。


 だから進の告白は最初から今日に至るまで、嬉しかったのだという。

 それがどうして毎回断っていたのかと言えば、全ての始まりは両親の離婚。

 父親の浮気が原因で分かれることになった母は、詩織に言ったそうだ。

「いい? 詩織。一度や二度……ううん。十回程度の告白で頷くような安い女になっちゃダメよ? あのやろ……いいえ、お父さんは、十回近く告白して、ようやく頷いた私がいるってのに、他の女にコロッと行ったんだから。だから、そうね。二十回ぐらい告白してくるような、それくらいあなたにぞっこんな子じゃないと、お母さん、認めないから」

 なかなかの迷言であるが、幼馴染みである進はもちろんこの詩織母を知っており、詩織の母というだけあって、かなり美人でスタイルが良いことも知っていた。

 だからこそ出た母親の言葉を、当時5才であった詩織は深く心に刻んでしまったらしい。

 で、泣く泣く進の告白を断った彼女は、苦肉の策であの「次」を匂わせる言葉を思いついたそうな。

「きっと、ドラマの台詞か何かの真似をしたんだと思う」

 当時をそう振り返った詩織は、あの後しばらく、進が再び告白してくるまで、不安と期待でいっぱいだったと述懐する。

 言われてみれば、最初の告白からしばらくの間、5才の進は今とは比べものにならないくらい落ち込んでいたように思う。

 それでも、彼女の「次」の言葉につられて告白しようと思ったのは――

(ああ。そういやあの時、詩織の家の事情を知ったんだっけ)

 フラれていじけていたある日、親と近所のおばさんが話していた、詩織の様子。

 りこん、の意味は当時よく分からなかったが、詩織の父がいなくなって、詩織が落ち込んでいるというのは汲み取れた。

 最初は自分をフッたヤツのことなんか知るかと意地になっていた進だが、ふと思い出したのは、告白する前から急に暗くなった彼女の顔と、フッたくせに久々に見た笑顔、「次」といたずらっぽく笑うくせに縋るような目。

(で、改めて好きになって、告白して、フラれて……)

 これまでの自分の歩みを振り返り、その間ずっと彼女が自分を好きでいたこと、告白を待ち望んでいたことを思えば、なんともなしに湧き起る笑い。

「な、何よ!」

 口を尖らせて怒るくせに、母親の言葉を律儀に守っていた詩織を見ては、更に笑えてきて困る。

「と、とにかく! 今回で二十回目なんだから、これで付き合えるでしょ!?……まさか告白しといて、やっぱりなしってことはないよね?」

 進が笑いすぎたせいで、急に不安になった様子の詩織がそんなことを言う。

(告白したのは俺の方なのに)

 不思議な光景に再び込み上げてくる笑いだが、さすがに続けてはいられない。

 ただ、これだけは言いたかった。

「悪いけど、二十回目じゃなくて、二十一回目だから、これ」

「え……?」

「俺がした告白回数。だから――」

 オーバーしているから、大丈夫。

 そう続けようとした進だが、一瞬固まった詩織は、何故か愕然として言った。

「……分かった。じゃあ、今回は止める」

「は? 何言って――」

「三十回! 三十回目でオーケーしてあげる!!」

 何かのスイッチが入ってしまったらしい。

 真っ赤に顔を染め上げ、涙目までつけた彼女は、進を睨みつけると唸った。

「に、二十一回だなんて、そんな中途半端な数で頷けるわけないじゃないっ。わ、私がどれだけ…………とにかく! 三十回目だからね!」

 それだけ言い捨て、去っていく詩織。

 残された進はしばし茫然としたものの、

「まあ……いいか。詩織のヤツ、嬉しそうだったし」

 いつもと変わらぬ調子で詩織を見つめていた。

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何度目の正直 かなぶん @kana_bunbun

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