二十一回目の春に、友に語りかける

仁志隆生

二十一回目の春に、友に語りかける

 それは、桜の花びらが舞う頃。


「おい、来てやったぞ」

 儂は奴に向かって言った。


 だが返事がない。

 それはそうだろう。

 奴はもう死んでいるのだから。


 そこにあるのは、奴の小さな墓。

 

 お前はもっとでかい墓に入るべきだろうが。

 何が「質素にしてくれ」だ、遠慮も大概にせい。

 


 早いものだな、お前が逝ってからもう二十一回目の春か。

 儂も歳を取ったよ。もうすっかり爺だ。


 何、あんたは昔から爺だっただろがだと?

 阿呆、あの時は単に老け顔だっただけで、そこそこ若かったわ。

 

 ……そう言い合いたかったぞ。


 本来なら去年、お前の没後二十年の追悼式典をする筈だった。

 だが世界中に疫病が流行ったせいで一年伸びてしまったよ。


 儂の力が及ばず、多くの者を死なせてしまった。

 お前が守ろうとした者達を救えなかった、すまなかった。

 


 儂はそう言った後、持ってきた酒瓶を墓に供えた。

 これは儂のとっておきでもあるからなあ。

 あまり飲まぬお前がこれを飲み、笑顔で美味いと言った時は妙に嬉しく思った。



 思えばお前はど阿呆だったな。

 

 昔のあの激闘の末、お前は儂を倒した。

 

 そして、そのまま儂の首を刎ねれば良いものを……

 お前はあろう事か、儂に手を差し伸べ

「共に世界を平和にしよう」

 などと必死になって話したな。


 儂が悪ではなく、自分が正義ではない。

 どちらにも戦う理由があった、どちらも悪くないとか。

 心ならずも戦ってしまったが、それで分かりあえたのではないかとか。


 最初は呆れながら聞いていたが、いつしか……

 それに気づいた時、心の底から負けたと思ったぞ。


 

 その後は儂とお前で荒れ果てた世界を立て直そうとした。

 だが人々は儂を恨んでいたから、当然風当たりは強かった。


 それをお前が何度も庇ってくれ、人々に話してくれた。

 

 儂もお前の志を裏切らぬよう、精一杯の事をした。

 やがて皆が儂を認めてくれた。

 よし、これからだと思った時に


 お前は病で倒れ、そのまま逝ってしまった。


 何故だ!?

 お前ではなく、儂が死ぬべきだったのに!

 何故お前が死ななければならんのだあ!?


 儂はあの時、人目も憚らず大声で泣いた。



 その後儂はお前の分までと思い、がむしゃらに働いた。

 その甲斐あってか、世界は平和になりつつあるぞ。

 

 そうだ、お前の倅も大きくなったぞ。

 あやつはお前にそっくりになり過ぎだ。

 顔だけでなく性格もな。

 見ていてヒヤヒヤするわ。

 お前と共に儂と戦った、お前の妻も同じようにヒヤヒヤしとるわ。


 それとな、お前の倅は儂を「じいじ」と呼んでくれるわ。

 ふふ、妻も子もおらん儂だったが、良い孫ができた。

 ありがとう。


 

 その時、辺り一面に桜の花びらが舞った。




 なあ、我が友よ。

 誰よりも強く、心優しき「勇者」よ。


 お前は「魔王」である儂をも幸せにしてくれたな。


 儂もそろそろ逝く時が近づいている。 

 

 もし叶うならば、お前と桜の花を見ながら、共に酒を酌み交わしたいものだ。




 その数日後、彼は静かにこの世を去った。

 彼の願いは、叶ったのであろうか。

 それは誰にも分からない。


 

 終

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二十一回目の春に、友に語りかける 仁志隆生 @ryuseienbu

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