21回目の初恋

くれは

僕は彼女に恋をした

 僕は彼女に恋をした。初恋だった。この歳で初恋なんて、遅いのかもしれない。でも、間違いなくこれが僕の初恋だ。

 その瞬間のことは今でも思い出せる。高校に入学してすぐの頃、階段ですれ違った、それだけ。そんなことでと思うかもしれない。自分でも思う。何があったわけじゃないのだ、ただ踊り場でちょっとぶつかりそうになって、お互いに避けそびれて、それから彼女はちょっと首を傾げてから身を引いた。首を傾げる時に片手で顔にかかる髪を耳にかけた。その時の表情が、頭に残って離れなくなってしまった。

 後になって、それが恋なのだと気付いた。気付いたものの、僕は何もできなかった。隣のクラスの、特に何か接点があるわけでもない彼女。階段ですれ違ったのだって、彼女はきっともう忘れてしまっていることだろう。

 それでももしかしたら、何かしらアプローチすれば僕の思いは通じたのかもしれない。思いが通じないまでも、挨拶する程度の間柄になることだって、できたのかもしれない。

 けれど、僕は何もせず、ただぼんやりと遠くから彼女を眺めて、気付けば卒業だった。その間に、彼女は別のクラスの誰かと付き合って、別れたという話だって聞いていた。僕が何もしないでいる間に。

 二月の終わりに、僕は勇気を出して彼女に声を掛けた。帰り道、なかなか声を掛ける勇気がなくて、やっと声を掛けたのは橋の上だった。彼女はやっぱり、僕の存在を認識していなかった。話があると言っても、聞いてもらえなかった。

 初めての恋の終わり。これは信じてもらえないかもしれないけれど、最初のその一回は、事故だったんだ。本当に、そんなつもりはなかった。ただ、少しでも良いからと腕を掴んだ。彼女は怯えて、腕を振りほどこうとした。僕もムキになってしまったと思う。

 気付いたら、彼女の体は橋の下に落ちて、川に流れていってしまった。


 そして、僕は高校の入学式の一週間前に戻っていた。


 僕はわけもわからず、また繰り返した。また彼女に恋をして、そしてまた何もできずに卒業を迎え、また彼女を橋から突き落とした。それが二回目。

 三回目には、彼女へ告白することは諦めようと思った。だというのに、卒業式の日に彼女と階段ですれ違ってしまった。振り向いて彼女の背中が見えた瞬間、僕は彼女を階段から突き落としていた。

 彼女と出会わないようにしようと思った。それでも、彼女と出会ってしまう。出会ってしまえば、僕は恋に落ちてしまう。恋に落ちてしまえば、僕は彼女を殺してしまう。

 何回目だったか、僕は彼女と出会って恋に落ちたその瞬間、彼女の腕を掴んで「好きだ」と言った。彼女は怯えた目をして「ごめんなさい」と言った。それでも僕の恋は終わらず、僕は一人で彼女への思いを募らせて、その結果、学校帰りの彼女を橋から突き落としてしまった。

 学校を出てすぐのところで話しかけたのは何回目だっただろうか。彼女の拒絶に悲しくなって、咄嗟に彼女の身体を車道に突き飛ばしてしまった。

 学校に行かなければこんなことにならずに済むのだろうかと思って、学校に行くのをやめたこともあった。部屋に閉じこもって、何もせずに過ごした。彼女に会わずに済むなら、彼女に恋せずに済むなら、きっと彼女を殺さずに済むだろうと思った。なのに、夏の夜に換気をしようと窓を開けたら、そこから見える道端を彼女が歩いていた。その姿、横顔を見た瞬間、僕はまた恋に落ちてしまった。彼女はその時、誰か男の人と一緒に歩いていた。きっとあれが、付き合っている彼氏なんだろうと思った。僕はそのまま家を出て、彼女が一人になったところで、家から持ち出してきた金槌で彼女を殴り殺してしまった。

 信じてもらえないかもしれない。けれど、僕は彼女を殺したいなんて思っていないんだ。ただ、気付けば彼女を殺してしまっている。こんなに何度も何度も彼女を殺さないようにしようって試して、それでも気付けば彼女に出会って、彼女に恋して、そして彼女を殺している。

 そして僕はもう二十回も、彼女に恋をしていた。


 入学式の一週間前、僕はすぐに彼女のところに向かった。彼女に出会う前に殺してしまえば、彼女に出会わずに済む。彼女に恋しなくて済む。

 帽子を目深に被って、できるだけ彼女の姿を見ないようにして、ああここは、初めて彼女を殺してしまったあの橋だ。

 僕は彼女に近付いて、彼女を橋から突き落とす。

 これで、彼女に恋せずに済むと、ほっとして──油断していた。落ちてゆく彼女は、目を見開いて僕を見ていた。僕は橋の上から、彼女のその表情を見てしまった。


 ああ、僕はまた、彼女に恋をした。

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