魔剣の世界に禁忌の聖剣は必要ですか?

水理さん

プロローグ ~魔剣が支配する世界~


「——そろそろ、終わりにしてもいいのだぞ聖神」


 血のように赤く染まった――いや、ワインレッドと言った方がしっくりくるだろうか。そんな数千年に一度のブラッディムーンはこの天高くそびえる城を暗く、そして、禍々しい色に染める。

 赤黒い月の如し十本の剣を操る金色の髪の女はその藍色の瞳を光り輝く一対の刃を携えし黒髪の男へと向ける。


「——ふん、終わるのはお前の方だ。魔神」

「是非味わってみたいものだわ。敗北の味とやらをね」

「そんな戯言を言ってられるのも今だけだ」

「あら、つまらない男ね。いい男なら冗談の一つは言えないと」

「生憎、そんな教育は受けてないもんでな」


 魔神の煽りは意に介さずといった様子で聖神は切り捨てる。

 視線と視線が火花を散らさんとぶつかり合うが双方まったく動じない。

 これが幾千もの修羅場を乗り越えた者たちの異常なまでの精神力である。

 普通の人間がこれを見れば、尿を漏らし、腰が抜け失神してしまうだろう。

 それほどまでに、目に見えない強い殺気が込められている。

 

「埒が明かないわね。それじゃ、私の方から行かせてもらうけどいい?」


 そう言い、十本の神器のうち、もっとも使い慣れた一本を選び右手に持つ。

 魔神が手にした途端、これまで光の一つも放たなかった漆黒の剣に赤黒い光が灯る。


「丁度いい。俺もお前を早く殺したくてうずうずしてたんだよ」

 

 男の方も手にした二振りの刃に魔力を込める。

 元々目が眩むほどの光はその輝きを増し、青白いものに変わる。

 片方は十字を模した飾りつけのあるのちに西洋式と呼ばれる『剣』

 もう片方は刀身に反りのあるのちに東洋式と呼ばれる『刀』

 一見いびつに見えるがこの世に存在するどの剣よりも人を『殺す』ことにおいては一級品のものである。


「つくづく気が合うわね。住む世界が違えば私たち恋人にでもなっていたと思わない?」

「ああそうかもな。でも今は違う。お前は俺を殺したいし、俺はお前を殺したい。そうだろ?」

「残念ながらね」

「何が残念なのやら」


 二人の間に沈黙が生まれる。

 それは互いにこの時間を名残惜しいと感じているわけではなく、相手の動きを観察しているからだ。

 しかし、は突然訪れる。

 言葉の上だけで牽制し合っていたのが男の方——聖神が覚悟を決めるように深呼吸をし、一歩踏み出したことで、女の方——魔神も一歩踏み出す。

 ここに世界を懸けた魔聖戦争が始まった。


「これでお終いだぁぁ!———

「それはあなたの方よ!———






――お前の主人なんて――

――あんたのメイドだなんて――



——ごめんだ!」」



世界を懸けた戦いをした最高神二人は1500年後には人間として―――

――現代の御曹司とそのメイドとして共に生まれ変わるのであった。


 

御曹司の名はアーサー・オルフォード

メイドの名はマーリン・ホワイト





        

       ——————————————————


 この世界には古来、5体の最高神が存在していたとされる。

 彼らは神であるがゆえ、それぞれが何かしらに特化した力を持っていた。

 そして、その力が大きすぎるが故の欠点もまた。


 炎神・スルトはこの世のありとあらゆるものを焼き尽くすほどの業火を常に身に纏っていたが故その炎に飲み込まれてしまった。


 水神・ポセイドンは決して疑うことが無い海のような広く、清い心を持っていたが故に仲間に裏切られ、殺された。


 地神・イシュタルは大地を揺るがし、世界のどこにでも、そしていつでも地震を起こすことができたが故に、自身が作った地割れに落ちていった。


 聖神・アーサーと魔神・マーリンはこれといって目立った欠点はないものの、互いに互いを敵対視し、常に争ってきた。

 その争いに熱中し過ぎたせいで辺り一帯を破壊しつくしていたことも知らずに。

 目立った欠点は無いと言ったが、どちらも、どうしようもない戦闘狂ばかなことが欠点なのかもしれない。



 そんな世界を荒野に変えた魔神と聖神の戦争。

 結果から言うと、勝利したのは魔神の方だった――



――といっても、魔神の完勝というわけではなく、コンマ一秒の差で聖神が倒れるのが早かっただけなのだ。

 つまり、引き分けといっても何一つ問題のない結果だった。

 

 魔神と聖神の仲間が駆け付けたときに十字の『剣』は無残にも折れており、『刀』は折れてはいないものの、かなり損傷した状態で地面に横たわっていた。

 魔神の使った剣は偶然にも地面に突き刺さっていたため、これを見て魔神の仲間は勝利を確信。

 敗北を悟った聖神の仲間は敗走せざるを得なくなってしまい、世界は間接的に魔神のものとなった。



 

 時は遡り、聖神の死の直前、聖神は共に倒れた魔神に囁く。


「——っ、俺はこ、んな結果に満足し・・ない」

「——そう、ね。ま、た来世があるな・・らそこで・・決着を・・つけましょう」

 

 今、大地を赤黒く染めるのはあの月明かりではなくなっていた。

 もう何千年と出したことのない二人の血だった。

 体温が着々と下がっていくのを感じながらも死を恐れることは無い。

 自分たちの戦いが決して望まれた結果ではなかったことだけが脳内を埋め尽くす。

 それほどまでにこの戦いは二人にとって大切で、『生きる理由』とでも言えるものだった。


「来世でこそ――—」

「必ず――—」


「「———決着をつける!」」


 まるで示し合わせたかのような阿吽の呼吸で神として最後の言葉を口にする。

 その直後、二人の体は眩い光に包まれたかと思うと跡形もなく消え去った。




        

       


 

       ——————————————————


 時は進んで1500年後の世界———つまり、現代にあたる世界。


「こちらが、本日よりアーサー様の下に仕えることになった専属メイドのマーリン・ホワイトでございます」

「・・・・・」

 

 アーサーは言葉が出なかった。

 前世で、再び殺し合おうと誓った相手が果てしなく長い悠久の時を超えて偶然にも同じ年齢で生まれ変わり、さらに自分の専属メイドになろうとは。


「・・・・・」


 そして、それは彼女もまた同じだった。

 互いの間に沈黙が生まれる。

 しかし、そこには相手を牽制しようとか、ましてや、殺してやろうなんて感情は一切なく、ただただ驚きで開いた口がふさがらないだけだった。


「そんなに驚くなアーサー。お前も今日で15歳、立派な成人だ。専属メイドくらいつけてやる」


 こちらの事情はいざ知らずといった様子のアーサーの父、コナン・オルフォードの言葉は彼の耳には届かない。


「仲良くしてやって―――」


 ようやく意識を自分に戻した二人はコナンの言葉を遮るように館中に響くほどの絶叫にも似た声を発する。


「お前の主人なんて―――

「あんたのメイドだなんて―――




―――ごめんだ!」」


 神が存在しない、あるのはその偶像だけの世界で二人の最高神の戦いは彼ら以外の預かり知らぬところで再び火蓋が落とされた。

  


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