逃走マッチングアプリ:ブラックジャック版

渡貫とゐち

7の男の悪足搔き

 人間としての俺の評価は、数値にした場合、『7』らしい。

 果たしてこれが高いの低いのか。

 上限値が『15』なのだから、ギリギリ半分に届かないのだろう。


 知識、知恵、運動神経、ルックス、気配り……その他諸々の評価項目を、モニターと呼ばれる人たちが俺を評価し、その平均値が『7』というわけだ。


 致命的な欠点があるわけではないが、特別秀でた部分もない、との評価なのかもしれない。

 確かに無趣味で、これと言った特技もない俺は面白味のない人間かもしれない。

 だが、実際に女の子と喋れば、俺だって相手を楽しませるくらいの話術はある――。


「嘘は言ってませんからね!」

「はいはい、分かりましたから座ってください。他のお客様に迷惑ですから」


 喫茶店で待ち合わせをしたのはリクルートスーツ姿の女性だ。

 大学生らしいが、その若さで自作したマッチングアプリの管理人をしている。

 そう、企業からの正式なものではなく、彼女が趣味で作ったものだ。


 大学の研究用に試作したもの、と言っていたが……、


「大学での評判は上々ですよ? ただ、これが大学生くらいの年代にしか当てはまらないやり方なのかどうかを確かめたくて、あなたにも協力をお願いしたのです」


 三十代目前になる俺も俺で、彼女の要請にはわらにもすがる思いだった。

 恋人が作りたくて、必死に結婚相談所や企業のマッチングアプリを利用したが、どれもこれも上手くいかず、告白してはフラれての繰り返し。

 手が届きそうな女の子は、やはりどこか難がある人ばかりで……。


「それをあなたが言いますか、『7』の人」

「俺を数字で呼ぶな!」


 他者評価による数字。これが彼女のアプリの特徴だった。


 評価上限数が15に設定されており、当然、評判が良い女の子の数値は高くなる。

 反対に難がありと評価されれば、数値は低くなる。

(とは言え、モニターをしてくれる評価者レビュワーは、喫茶店内で撮影した面接風景を見て評価している。カメラを意識したことで自然体ではないところを見ると、その数値も全て信じられるわけではない)


 数値が高いからと言って、顔も性格も良い女の子ではないのだ。

 

 そこは実体験済みである。


「だから、男性と女性の合計数値が『21』以上は、上手くいくのが難しいって言ってるじゃないですか」


「そんなの分からないだろっ! だったら『1』と『15』がマッチングしたら上手くいくとでも言うのかよ!」


 あくまでも上手くいき『やすい』、『にくい』と言っているだけだ。

 可能性の全てを潰しているわけではない。


「もちろん絶対ではないですけど……、でも実際にあなたは上限に近い女性を選んでいますよね? これまでで、『15』『15』『15』『14』……、最後に一つ下げたところが、あなたの『7』らしいところですね」


「『7』らしいやり方ってなんだよ……っ」


「『13』じゃダメなのですか? 合計値が『20』ですので、理論上は上手くいきやすいと思いますが……?」


「ダメだ、一度『15』を見たら、できれば下げたくない」

「わがままな人ですね……、『15』の女の子を見て目が肥えましたか」


 芸能人とは言わずとも、同レベルの女の子でないと満足できなくなっている。

『13』の女の子もそこそこ可愛いとは思うがな。しかし『15』、『14』と比べたら、なにかしらの欠陥があるのだろう。

 不良品を掴まされたくはない。


「別に『15』の女の子が完成品でもないですけどね」


 彼女の目が冷たくなるのを感じた。


「まあ、『7』のクズ野郎がなに言ってんだって話ですが」


「俺の下に『1』から『6』までいるんだけど!? 俺でクズ野郎だったら、そいつらのことはなんて言うつもりなんだよ……」


「『7』が一番、純粋なクズっぽいですよね。『6』より下は一芸が飛び抜けている傾向が強いですから。ルックスが低くても知識がある、知識がなくとも腕っぷしが強い、腕っぷしが弱くても知恵が回る、知恵がなくてもルックスが飛び抜けている――など。

『7』というのは普通のようでいて、だからこそ他でリカバリーができない薄さなんですよ」


 普通過ぎて影が薄い。

 もしくは、どこにでもいるような、単純に性格が悪い人。


 う……、言い当てられている。

 さすが、人を見て評価する側の人間だ。


「あなたは『7』でなく、『1』だろうが『15』だろうが、モテないのでは?」


「も、モテることはモテるからな!? お見合いの写真で、相手が会いたいと言ってくれるくらいのルックスはあるんだぞ!」


「それはあなたの親の権威で断れないだけでは?」


 うぐぐ、それは、ないこともない……、そもそも俺がマッチングアプリで早急に結婚相手を見つけたいのは、このままだと親が決めた許嫁と結婚させられてしまうからだ。


 それだけは避けたい。なんとしてでも。あの暴力ブス女め……。


 だから正直な話、選り好みをしている場合ではないのだが、ここでテキトーに選んだ女性と結婚をしたら、親が決めた許嫁と結婚することとなにが違うのだろうか。

 いや、あいつよりはマシだとは思うが……。


 それでもだ。

 親が決めたか自分で選んだかの違いで、結局、相手のことが好きではないのだ。


 好きな子と結婚できれば最高だ。だが、好きな子を見つける時間はない。でも可愛くて性格の良い子がいい――出会ってしまえば、自然と好きになるはず……!


 問題は、相手の子が俺を好きではないということだけ。


「『15』が『7』を相手にしないよなあ……っ」

「……はぁ。分かりましたよ、ちょっと探してみます」


 彼女がキーボードをカタカタと叩き、


「数字で判断しないでくださいね? 『13』の子です。

 これならあなたの『7』と合計で『20』……上手くいく可能性は、あります」


「……可愛い、けどさ……『15』の子と比べると……」

「数字で判断しないでください」

 

 うーん、『13』の子かあ……。顔は良いけど、どこか欠陥があって『13』になったんじゃないのか? その欠陥がなんなのか、知りたいよなあ……。


 事故物件だって、聞いたら教えてくれるけど?


「平均値ですから。最高評価をした人がいれば、最低評価をした人もいます。見る人によって変動する好みの話ですから。これが欠点、とは決めつけられません」

「じゃあどうしろと……」


「あとは実際に話してみれば? フラれてもいいじゃないですか。

 どうせこれまで20回もフラれているのでしょう?」


「……なぜ知っている」

「協力者のことは調べ尽くしていますから」


 ふふっ、と微笑を作る彼女に、個人情報を渡して良かったのか、今更ながら怖くなってきたのだが……。

 これと言った弱みを握られたわけではないのに、彼女には逆らえない気がする。


「では、マッチング成立ということで。先方には私から連絡しておきます。

 あなたは指定された時間に指定された場所に向かえば、あとは上手くいくと思いますよ」


「俺をはめようとしてるんじゃないだろうな……?」


「どうでしょうか。素人が作ったアプリに頼っている時点で、そういうリスクは覚悟の上だと思っていましたが。まあ、騙されたと思って、一度会ってみたらどうでしょう? 

 あ、コーヒーの代金は私がまとめて払っておきますので」


「……あんたの奢りならパスタでも頼めば良かったな」

「『7』の発想は健在ですね」


 

 ―――

 ――

 ―



 後日、上手くいった、という報告が届いた。

『7』の男性は、『13』と私が評価した女性と結婚が決まったらしい。


「なんだ、やっぱり会ってみたら上手くいくじゃない」


『15』の子じゃないと嫌だ、とか言っておきながら、『13』の子に決めるなんて。


 まあその『13』も、私が勝手に言ったことだけど。

 実際は『15』の評価をされた女性だ。


 それを一切の証拠もなく『13』と伝えただけで、彼は相手を『13』の女性と判断した。

 で、実際に会ってみれば、『15』の子なのだから、もちろん『13』と思い込んでいた彼からすれば、「……あれ、意外といいかも?」と思うこと間違いない。


 さらに言えば、


「彼女、あなたが毛嫌いしていた許嫁の子なんだけど――」


 プロのメイクで見た目を整えてしまえば、誰でも美人でしょ?

 それに、すぐに手が出る彼女の特徴も、独占欲や嫉妬心、愛情表現としてしまえば、可愛く見えてくるんじゃないかな?

 

 その全部を含めて。


 こっちが『15』と評価をしてしまえば。

 言われた方は『これこそが15の女性』と思い込む。

 

 最高数値こそが『自分には理解できなくてもこれが良い女』――なのだろう、と思わせてくれる、印象操作がしやすい目安。


 私のルールであり、独壇場だ。



 人は高ければ高いほど、それを良いものだと思い込むのだから。


 やっぱり、数字って強い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逃走マッチングアプリ:ブラックジャック版 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ