5話:いらっしゃいませ、晴々青風古物雑貨店!

 1月の初旬。12月の忙しさからもようやく解放され、それでも残る課題や仕事始めに辟易としながらも、正月を終え、あなたは日々を過ごしていたことだろう。

 そうして迎えた休日。空気はすっかり冷え込んでしまっているが、天気は雲一つない快晴。じんわりと届く熱に目を細めていれば、あなたの脳裏に一人の少女の姿が浮かび上がる。

 その通り、晴々青風古物雑貨店の店主だ。

 初めて会った時からどんどん時間が経ってしまい、正直今更行くのは気が引けるという思いがあるが、雨草悠々亭の店主から伝言もあった以上、素知らぬふりをして雨草悠々亭に通い続けるというのも罪悪感が酷い。

 そんな訳もあり、あなたはゆっくりと身支度を始めたのだった。


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 晴れに店舗へと出向くのはこれが初めてである。いつも見慣れた道も今日に限っては少しだけ違うように見えるのはどうしてだろうか。

 そうしてやがて、あなたはいつも通りの時間をかけて店の前に着いた。

 入口付近には「いらっしゃいませ! 晴々青風古物雑貨店」と黒板の看板が建てられている。元気な文字だ。それをみるだけで中にいる店主がどのような人物なのか分かるというものだった。

 息をひとつ。

 ゆっくりと扉を開けると、カランカラン、と乾いたベルの音が店内に鳴り響く。

 次の瞬間、雨を吹き飛ばすような「いらっしゃいませ!」という声が飛んできた。


「ようこそ晴々青風古物雑貨店へ! 懐古と歴史、はたまた永き物語の世界へようこそ、って、あー! やーーーっときてくれたんだ!」


 カウンターの奥、雨草悠々亭であればキッチンであり、店主がいつもいる立ち位置から晴々青風古物雑貨店の店主が飛び出し、ぴょんぴょんと跳ねながらあなたの手を握った。


「よかったー! てっきりもう来てくれないかと思ったよー! でも来てくれたからヨシ!」


「やっと古物のスバラシサを教えてあげられる!」とそれはもう犬もかくやという喜びように流石のあなたもたじろいだかもしれない。そして、もしかしたら聞いたかもしれない。長く来なくて怒ってないのか、といった旨を。


「んー? 別に怒るなんてそんなそんな。だってあなたはお客様だもの。来る来ないを決めるのはあなただし、それで来ないなら私の営業スキルがないってだけだし。ユウ君だったら、来ないことをネチネチ詰るけどねー! だから全然怒ってない! 寧ろ喜びでいっぱいってものだよ!」


「さ、じゃあ早速見ていってよ! 時間はあるようですぐなくなっちゃうからさ!」と、あなたの手を引っ張って店内へと大きく招き入れた。

 そうして初めてあなたは店内の内装に目がいき――そして、その明るさに驚いたことだろう。

 店内は明るかった。そうとしか言えないほどに明るかったのだ。言わば夏の昼間、さんさんと降り注ぐ陽の光のように、店の窓から冬の陽の光が差し込んでいる。そして、その光は辺りに満遍なく放射しているというのに決して眩しいということは無い。寧ろ陽の光に当てられた古物がまるでの輝いて見えるのだ。

 商品はひとつひとつが丁寧に展示されるように並べられていた。中には古物を組み合わせて芸術作品でも作り出したのかとでもいうような展示の仕方もされており、それがまた店主の感性の良さを表しているのかのようだった。

 並べられた商品はあなたが以前見たものとはまったく様変わりしていた。恐らく、新しく入荷したのだろう。より一層、用途の不明な道具やセンスが問われ過ぎるインテリアなど、いっそどうして仕入れたのかと問い詰めたくなるようなものもたんまりと並んでいた。

 そもそも、部屋の端っこにそびえ立つ謎の錆び付いた機械はもはや意味不明であると言いたいほどに。

 そんなあなたの顔を見て店主はますます笑顔を深める。


「驚いた? 驚いたでしょ? すごいでしょー、この子達! すべての商品が別々の年代からやって来たまさに歴史の博物館なのですよ!」


「例えばね……」と店主は近くにあった小さな車輪を手に取った。


「これはね、大正の職人さんが車輪だけでひとつの機械を作ろうとした時のパーツなんだ! 結局のところ、生活も困窮していた職人さんは車輪を少しずつ売っていって、とうとう機械の形さえなくなってしまったんだけど、今はこうしてここにあるって訳! 面白い歴史でしょ?」


 さらにまた、隣にあったぼさぼさの日本人形を抱えて言う。


「この子はお芳さん! 明治、とある少女のために作られた日本人形なんだ。仕事の忙しいお父さんやまったくお世話をしてくれないお母さんの代わりに何時もいてくれた存在! でも、大人になって好きな人が出来た頃からお芳さんは物置に仕舞われるようになっちゃったんだって。その寂しさにお芳さんが呪いをかけて、少女の好きな人は死んじゃった。すぐにお芳さんの仕業だと思った少女はお芳さんを燃やそうとしたんだけどそれに悲しんだお芳さんは少女も殺しちゃった。そうして今まで家を転々として今も持ち主を探してるんだ〜」


「どう、いる?」と無邪気に聞いてくる店主にあなたは引きつった顔で首を横に振ったことだろう。

 その話が本当であれ嘘であれ、その外見は正直家にいては欲しくないと言えてしまうほどのものだったから。


「ま、今はお芳さんも反省してるみたいだから、そうそう呪いなんてかけることはないと思うよ」


 そんな風に言う店主は、まるで日本人形の言ってることがわかるとでも言いたげな態度だった。

 あなたの心に好奇心のようなものが湧いてくるのが分かる。


「ま、欲しくなったらいってね。お芳さんもゆっくりと待ってるって!」


 しかし、あなたはその好奇心をゆっくりと心の奥底にしまった。

 店主の言葉が本当であると思いたくなかったのだ。

 そっとあなたは店主から視線を外すとその先に並べられていた古物を手に取ってみた。


「それはね、中世の貴族が客のもてなしのために特別に意匠を凝らした銀製のナイフなんだ。生憎、その貴族さんは人付き合いが良くなくて結局そのナイフはまだ一度も使われてないんだよねー」


「お値段はこんな感じ!」と指を立てる店主に、あなたはまた視線を外した。値段に関してはとやかく言うつもりは無いが、流石は銀製だ。

 あなたは傷物を扱うかのようにそっとナイフを置いた。


「あれ、もしかして疲れちゃった?」


 疲れている訳では無い、とあなたは答えるかもしれない。

 ただ、情報が多くひと息つきたくなったのだ。

 すると、店主は「それじゃ、どぞどぞ!」とこれまた年季を感じさせる西洋の安楽椅子をずるずると引っ張ってきた。


「生憎これは非売品なんだ。私のお気に入り!」


「座って座って」と促してくる店主にあなたは断る暇もなく、その座面に尻を乗せた。途端、尋常でない柔らかさがあなたを襲う。堪らず驚きの声を上げるあなたに店主は嬉しそうに笑うことだろう。


「驚くよね? 私も最初驚いたんだ! こんなふかふかの椅子があるんだって!」


 店主はそう言って、背後から顔だけを出す。


「古物ってみんな歴史があるし、意外性もあるし、ひとつひとつに新鮮な驚きを覚えるでしょ? 人間と一緒! 物にだってそれぞれの歴史があるの。だから、私は長く生きた古物にこそ日の目を浴びて欲しいんだ。だって、熟成された歴史は熟成されるほどに輝きを増すから!」


 まったくもって、その言葉は裏表のないものだった。もしかしたら、とあなたは思うかもしれない。この景色は店主の理想が描かれたものなのではないかと。


「……ね、あなたはさ、古物をみて、ここにいる子達をみてどう思ったかな?」


 その言葉にあなたはなんと答えただろうか。まるで興味はないと否定するだろうか。その通りだと笑顔で肯定するだろうか。どうなのだろうかと苦笑を提供するだろうか。

 しかし、何れの回答をしたとしても店主は笑顔を曇らせることは無かったことだろう。


「うん、それもまた大事な気持ちだよね! 私も時々自分に問いかけるんだ。私は本当に古物を愛せているのかって」


 店主は商品のひとつを手に取るとその表面をゆっくりとなぞった。それから細かなヒビ、変色した箇所、おおよそ歴史を感じさせる部分に愛おしそうに手を当てた。


「それでね、私はいつも答えるんだ。私は愛してる、この子達を。色の変わった匙も、ヒビの入ったお皿も、誰かがつけた傷跡も、何度も修繕された接続部も、役目を終えて泥だらけになった姿も、全部愛せるって」


 やがて、店主はあなたの前に立つ。


「もうひとつ、聞いていい? あなたはさ、本当に夢中になれるものってある?」


 その声音はどこか、いつもとは違うように感じた。

 あなたはそれでも答えようとするだろう、もしかしたら言うのが恥ずかしくて吃ってしまうということもあるかもしれない。

 ただ、あなたが何かを言う前に店主の「あー、やめやめ!」という言葉に遮られる。


「ちょっと真剣に聞こうと思ったけどやっぱり私らしくないね! というか、そういうのってわざわざ聞くんじゃなくて聞かせてもらうものだし! いやー、うん、ごめんね? いきなりこういうの聞いちゃってさ」


 そして、すぐに店主はからからと笑い始めた。

 雰囲気が戻ってくる。


「なんか嬉しくなっちゃって近づきすぎちゃった!」


「少し気持ち落ち着けてくるねー」とそそくさと店主は店の奥に消えていく。

 とたん、店内は嵐が過ぎ去ったように静かになる。

 あなたはなんともなしに息をつき、店内をもう一度見渡してみる。

 陽の光を受け、きらきらと輝く古物たちは、まるで太陽に照らされた水面のごとき様相であった。

 改めてあなたは思うかもしれない。これほどの古物を店主はどのようにして手に入れたのかと。まだ年若いはずの店主をみていると、自分もしっかりしなければという気持ちになる。

 ふと、あなたがそのようなことを考えていると、あなたの目にひとつの古物が目に留まる。あなたは椅子から立ち上がり、それに近づく。その古物は年季の入った懐中時計だった。展示台に飾られた懐中時計は銀メッキもそれなりにはがれ、細かな傷もところどころについている。しかし、表面に彫り込まれた芸術はたまらず息をのむような美しさがあり、いつまでも見ていたくなるような魅力があった。きづけば手に取って中を見ていた。手の中でカチリ、カチリと音を立てていることから壊れていないことがわかる。あなたはその懐中時計の重さを感じながら、じっと動く針を見つめていた。不思議と落ち着く感じがしたのだ。

 そうしてしばらく陽の暖かさとカチリと鳴る懐中時計の音を感じながら時間を過ごしていると、不意に「それ、気に入った?」と声がかかり、あなたは驚いて肩を揺らす。


「あはは、ごめんごめん。さっきから声はかけてたんだけど、聞こえてなかったみたいだね。途中でいなくなっちゃってごめんね? それで、それさ、気に入った感じかな?」


 あなたは両の掌に収まる懐中時計に目を落としこくりとうなずいた。なんとなくだ。なんとなく、この懐中時計は他の古物とは違う魅力というか、離れがたい不思議な感覚がしたのだ。もしかしたら、あなたはそういった気持ちも店主に伝えたかもしれない。

 だとしたら、それらは、もしかしたら店主に何らかの影響を与えたのかもしれない。少しの間、あなたを見つめていた店主は、顔をやわらかく微笑に変えると、「そしたら、それ、あげるよ」と言い出した。

 当然あなたは慌てたことだろう。こんな高そうなもの、しかもただでなんて、と。


「別に私だってなんでもあげてるわけじゃないよ? あなたなら、その懐中時計を大切に扱ってくれそうだなって思って。私だって古物は大事にしてるけど、やっぱりひとつひとつにかけられる愛情は限られちゃうでしょ? でも、あなたならその懐中時計を私以上に愛してくれると思ったんだ!」


「あ、勿論ただで、の代わりに条件はあるよ?」と店主は嬉しそうに言う。


「また、ここにきてよ! あなたとはもっとお話ししたいから!」


 それは、条件というよりも、あなたが納得するために無理につけたしたもののように感じた。恐らく、店主は損得の話抜きに古物を大切にしてくれそうだから、そう言ったのだろう。

 だとするならば、ここで断るということは、店主の心情を慮らない無情な対応となってしまうだろう。もとより、あなたにこの懐中時計を雑に扱うという考えはなかった。

 それ故に、あなたはその笑顔に向かって頷いた。


「そっかそっか、良かった! これからも、晴々青草古物雑貨店を御贔屓に! あなたとはきっと、長い付き合いになるだろうから!」


 店主は明るい笑顔で、そう言った。

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雨草悠々亭話譚 雨草悠々亭 @saayu

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