愛には愛でお返しを…

伊崎夢玖

第1話

「お誕生日おめでとう」

今日は俺の21回目の誕生日。

成人した男が友達に誕生日を祝ってもらうなんて、少々恥ずかしい。

でも、誰かに祝ってもらえるのは素直に嬉しい。

「ありがとう」

それだけ伝えて、俺は家に向かう。

愛するひとの元へ。


「ただいまっ!」

いつもは騒がしいくらいの家の中がシンと静まり返っている。

「サチ…?」

俺は愛する人の名を呼ぶ。

”サチ”

俺がつけた名だ。

いろいろ候補を挙げたが、ことごとく拒否され、最後の1つがサチ。

幸せになってほしいという意味を込めて、サチと名付けた。

「サチちゃん?出ておいで」

大好きなおやつを片手に部屋中をくまなく探すが、どこにもいない。

おかしい…。

いつもならおやつの匂いを嗅ぎつけてやって来るのに…。

出ていくはずはない。

出かける時は全ての部屋の鍵―彼女の手の届かないところに設置している―をかけているから。

(どこに行った…?)

ふと気付くと、トイレの小窓が開いていた。

どうやらそこから外へ逃げ出したらしい。

(まったく…)

逃げたところで、遠くまでは逃げられない。

だって、彼女は人見知りが激しい。

誰かが俺の家に来ただけで、自分のベッドで布団に潜って丸まっている。

それくらい人が苦手だ。

そんな彼女が心を開いてくれているのは僕だけだった。

(逃げ出したって、寂しくって戻ってくるはず)

どこか確信めいたものが心にあった。

絶対俺から離れることなんてできないんだ。

俺がどれだけ彼女に愛情を注いでいたか。

彼女の好きなおやつを与え、好きなご飯を与え、好きな家具を与える。

俺から離れたら、それらが全部失われる。

それを彼女は理解していない。

とんだ困ったちゃんだ。

そんなところもかわいくて大好きなんだけど…。


家から出て、逃げそうな場所を探してみるが、どこにもいない。

あたりが暗くなってきた。

暗さに比例して、もうサチに会えない絶望感がひしひしと迫ってきた。

また会いたい。

また抱きしめたい。

また俺の名を呼んでほしい。

しかし、俺の願いは叶わず、とっぷりと日が暮れてしまった。

今日の捜索は一旦終了し、明日出直すことにした。

サチのいない夜。

こんなに心細いなんて思わなかった。

いつもは『うるさいっ!』だの『邪魔するなっ!』だの、文句ばかり言っていたが、いざいなくなるとこうも寂しいものだったなんて…。

重い足取りで家に着くと、どこからか聞き覚えのある鈴の音がした。

「…サチ?」

「ニャーン」

胸の鈴をチリンと鳴らしながら現れたのは、愛しのサチ。

実家から連れてきた、俺の愛するひと

捨て猫だったのを、小学生だった俺が拾って今までずっと世話をしている。

正確な歳は分からないけど、もうおばあちゃんのはず。

だけど、まだまだ現役。

気付くと今日みたいに脱走する。

その度に探すこっちの身にもなってほしい。

「探したんだぞ?」

「ニャーン」

「勝手にいなくなるなよな?」

「ニャーン」

「ほんとに分かってるのか?」

「ニャーン」

撫でていた俺の手をすり抜け、サチが一瞬消え、口に何かを銜えて戻ってきた。

俺の足元に近づくと、銜えていた物をパッと離す。

シロツメクサだった。

「これ…探してきてくれたのか…?」

「ニャーン」

「俺が好きだって、知ってて…」

「ニャーン」

ヒシッとサチを抱きしめた。

俺ばかりが愛を注いでいたと思っていたから、予想外のサチからの愛のお返しに感極まってしまった。

「最高の誕生日だ。サチ…」

「ニャーン」

まるで、サチから『21回目の誕生日おめでとう』と言われているようだった。


その夜、俺はショートケーキを、サチにはちょっといいおやつを用意して1人と1匹の小さな誕生日会は静かに幕を閉じた。

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愛には愛でお返しを… 伊崎夢玖 @mkmk_69

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