命ある限り僕は告白を諦めない

新巻へもん

お願いしますっ!

 大久保直之は塀の陰からそっと様子を伺った。10メートルほど先を一ノ瀬直子が友達と談笑しながら歩いてくる。今年、高校に入学した直之が入学式の会場に向かう途中ですれ違い一目ぼれした相手だ。たった1年しか違わないはずなのに直之の目には直子は随分と大人びて見える。


 後ろに無造作に束ねている細く繊細な髪の毛、透き通るように白い肌、ぱっちりとした瞳を彩る長い睫毛、赤く可愛らしい唇、すらりと伸びた手足。そこには直之の理想像があった。美のイデアといっても過言ではない。その姿を見ると直之の体の中で心臓が跳ねまわる。


 静まれ。静まれ。俺の鼓動! 直之は一心に念じる。そして、タイミングを見て交差点から飛び出した。腰を90度目に曲げて直之は何度も練習したセリフを口にする。

「僕と付き合ってくらしゃい」


 噛んだ。思いっきり噛んだ。顔に血が上るが元々真っ赤だ。伏せているので顔は見えないが、耳の先まで朱色になっている。直子と連れは一瞬だけあっけにとられたが、すぐに立ち直った。直子にしてみれば、こういう不躾な真似をしてくる相手には事欠かない。ああ、春だなと思っただけだった。


 こうして、直之の1回目の告白は相手にスルーされるという形で終わる。


 しかし、直之は無駄にポジティブだった。スポーツもイマイチ、顔もフツー・オブ・フツー、勉強もオール5という直之。しかし、心臓に剛毛が生えているのか、羞恥心を生まれてきたときに胎内に忘れてきたのか、1回の不成功ぐらいは痛くもかゆくもない。


 やっぱ噛んだのがまずかったのか。そう反省した直之は猛特訓をして滑らかな活舌での発声に自信をつけて再度挑む。

「僕と付き合ってくださいっ!」

 結果は同じ。


 幹線道路沿いで車の音がうるさかったのかと思って、馬鹿でかい声で挑んだ3回目。直子は反応を示さなかったが横の連れに怒鳴られた。

「うるさいわよ」


 声を出したのが良くなかったかと下駄箱に手紙を入れてみたが返事は無し。もう1度切手を貼った返信用封筒を同封してみたが、待てど暮らせど郵便ポストに投函されることはなかった。


 元の路線に戻って待ち伏せ作戦を展開するも、連れの女性に一言。

「うざい」

「キモイ」

「死ねば」


 直之は連れの女性など歯牙にもかけていなかった。直子以外の女性になんと言われようと蚊が飛ぶ音ほどにも気にならない。ただ、ちょっとだけ学習した。連れがいる限り本人は反応しない。そこで、一人になる地点に場所を変更した。傍目には完全にストーカーである。


 しかし、結果ははかばかしくなかった。通算10回目となる記念すべき告白に対して直子はため息をつく。

「まだ分からないの?」

 もちろん、直之は分からない。


 一生懸命考えて結論が出た。これは言い方が悪かったのだ。いくら丁寧な言い方でもこれだけではだめ。帰国子女の一ノ瀬先輩なのだから、あの言葉を添えなければ通じない。

「僕と付き合ってください。お願いします」


 英語圏では、人に頼みごとをするときは必ずプリーズというようにしつけられると聞く。これならきっと僕の想いが届くだろうという見込みは外れる。直子は冷たい笑みを浮かべて通り過ぎた。しかし、冷たくても笑みは笑みである。直之は見込みがあると信じた。


 今までの行動を振り返る。そして、自分の情熱がきちんと伝わっていないのだと反省した。土下座をしてみた。ジャンピング土下座もきめる。ちょっと膝が痛かったが些細なことだ。ひたすら無反応を決め込む直子もさすがにこのときは表情を変える。しかし、OKの返事はもらえない。


 やはり気持ちだけでは足りないと反省する。バラの花束を買って捧げてみることもする。むせるようなバラの香気に包まれながらお願いする。

「僕と付き合ってください!」

「迷惑よ」


 花束は受け取って貰えなかった。物で釣ろうというのが迷惑なのだと悟る。やはり気持ちが大切なのだ。直之はアタックを繰り返す。19回目もいい返事は貰えなかった。なあに、明日があるさ。あくまでポジティブ。99連敗しても最後の1回で、うんと言って貰えればいい。


 20回目。今日は10メートルほど進んでから直子が振り返ってくれた。その姿を見た瞬間に、直之の体に物凄い衝撃が走る。


 そして、21回目のチャレンジの日。どういうわけか、直子は一人ではなかった。連れの女性が心配そうについてきている。直子は複雑な表情をしていた。元気よく飛び出した直之はいつものように頭を下げる。しかし、2人とも全く反応しない。


 連れの女性が直子の顔を覗き込む。

「ねえ。直子。元気を出しなよ。これでもうあの勘違いくんに悩まされることはないんだからさ」

「なんかさ。車にはねられて宙を舞って地面にたたきつけられてもずっと、付き合ってくださいって言ってたらしいんだよね。なんか哀れでさ」

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