諦めの悪い僕

幕画ふぃん

二十一回目の正直

 僕には好きな人がいる。


 同じクラスの立花さんだ。

 偶然にも中学三年間ずっと同じクラスで、住んでいる所も近かった。

 そんな彼女は僕と違って容姿端麗、成績優秀、あげく友達も多い。それに加えて陸上部では短距離のエース。まさに才色兼備の彼女は、部活引退の時に部員や顧問の先生から凄く惜しまれていたそうだ。


 そんな何から何まで僕とは違う彼女に、いつしか自然と恋心を抱いた。


 そして――――気が付けば告白していた。


 最初の告白は中学一年。夏休みが明けてすぐだった。

 中学生の僕が言うのはおかしいかもしれないけど、若気の至り、だったんだろうか。それとも、ただの怖いもの知らずだったんだろうか。

 その時から今日まで、何回したかもわからないほど、僕は彼女に想いを告げた。



 ――――山本君、ごめんなさい。今はそういうの、誰からも断ってるの。



 と、その度に彼女は屈託のない笑顔と僅かばかりの恥じらいを混ぜた仕草で僕を振る。

 どうせ振るなら、きっぱりと好意がない事を告げて欲しかった……なんて思うのは僕のワガママだろうか。


 でも、だからこそ、僕は諦める事が出来なかった。

 何度振られても、僕は想いを告げ続けた。

 周りから笑われようが、どう思われようが、彼女への気持ちを諦めるものにはならない。 



 ――と、思っていた。



 を聞いたのは二ヶ月ぐらい前の事だった。


 人づてに聞いた立花さんの進路。僕なんかでは到底選ぶ事のできない偏差値の高い進学校だった。というより、女子校だったから選べるわけがなかった。


 そこで僕は悟った。

 これ以上、彼女につきまとうのはやめよう……と。






 ――そうして迎えた卒業の日。


 式を終え、まだ少し肌寒い校庭でクラスの皆は笑い声を弾ませながら、時に涙を流したりもしつつ思い思いの時間を過ごしている。

 かくいう僕も、少ない友達と一緒に校庭の端で中学生最後の時間を噛みしめていた。


 でも不思議なことに、卒業するという実感はあまり湧かなかった。


 というのも、立花さん――彼女への気持ちを諦めた時には、もう僕の中で中学生生活は終わっていたんだろう。

 これからは高校という新しい場所で、それぞれの道を進んでいく。そう考えると、卒業式はいい節目になったかもしれない。


 なんて事を考えていると、人気者であるはずの彼女が一人寂しげな表情で帰ろうとしていたのが目に入った。


 その姿を見て、僕は心の底で塞いでいた気持ちのフタが開いていくのを感じた。

 もう彼女に会えないかもしれない、話せないかもしれない――――そんな予感が、僕を歩かせた。


 慌てながら言葉少なげに友達に別れを告げ、一人歩いている彼女の元へと向かう。

 今更何て声をかけよう……そう思うよりも早く、僕の口から彼女の名前を呼ぶ声が出た。


「たっ、立花さん……!」


 急に声をかけられた事にびっくりしたのか、彼女は目をぱちくりさせながら振り向いた。


「や、山本くん…………どうか、した?」

「いや、あの…………なんていうか……………」


 いつもなら二言目には「僕と付き合って下さい!」とすんなり言えていたのに、今日に限って上手く言葉が出ない。

 気まずい沈黙の中、いつしか緊張と不安で僕は地面を見る事しかできなくなっていた。


 そんな僕に向かって、まるで独り言のように彼女は呟いた。


「今日で卒業だね……三年間、楽しかったなぁ」


 その言葉に、僕はゆっくりと顔を上げた。

 目の前にいる彼女の目元は少し紅かった。


「あの――」

「山本君、三年間ありがとう」


 眩しくて目を背けたくなるほどの満面の笑みが、僕に向けられた。

 あぁ……この顔も、こんなやり取りも、これから出来なくなるのか――と思うと、僕は余計言葉が出なかった。


 そうしてただ黙っていた僕に、彼女はゆっくりと話しかけた。


「でね……わたし、実は待ってたの」

「…………え?」

「次で二十一回目だなぁ、って……知ってた?」


 そう言った彼女はさっきまでの満面の笑みから、はにかむような笑顔に変わっていた。

 でも、彼女の言ってる意味が僕にはわからない。

 そして口をポカンと開けたままの僕に、彼女はその意味を教えてくれた。


「……山本君が、わたしに告白してくれた数だよ」


 僕は心臓が跳ね上がった。

 自分でも覚えていない想いを告げた数を、彼女は覚えていた。そして、彼女は待っていたんだ。


「えっ……それって、どういう――」

「ふふっ。で、どうする?」


 はにかんだ笑顔から無邪気な笑顔になった彼女は、僕にそう告げた。

 ここまでお膳立てされてみっともないけど、言うべき事はひとつしかない。


 そして僕の口から出たのは、二十回言い続けたあの言葉。



「僕と――――」




 それを言い終えた時、彼女は頬を少し赤くして微笑んだ。

 そして、二十二回目の告白はもう無いんだ、と思いながら僕も笑った。



 * * *




「――――って短編なんだけど……ど、どうかな? 立花さん」

「どうもこうも……あんたなんで毎回毎回、わたしと同じ名字のヒロインにするのよ……ったく気持ち悪い」


 そう言って、僕が書いた短編小説に出てくる立花さん――のモデルとなった立花さんは、ムッとした表情で僕を睨みつけた。


 モデルと言っても、現実とは異なる点が大いにある。

 まず僕と立花さんは三年間同じクラスでもないし、住んでいる所も近くない。


 そして何より、僕たちは中学生ですらない。

 僕たちは高校二年生。二人だけいる文芸部の部長と部員だ。どちらが部長かは言うまでもないだろう。


 そんな短編小説とは異なる現実でも同じ箇所がある。

 それは、僕に好きな人がいるという事だ。

 そして、その相手というのも立花さんだ。


 でも僕はこの短編小説に出てくる僕とは違って、面と向かって何回も告白する度胸なんてない。

 だから僕はこうして文字に書く事で、回りくどく、遠回しに、想いを伝えている。


 言葉じゃないと伝わらない事もあるかもしれない。いや、言葉にした方が伝わるだろう。

 でも僕は文字で伝えたい。その為に文芸部に入ったんだ。

 伝わるまで、何回、何十回、何百回だっていい。


 短編小説の中の僕はたった二十回で諦めた。でも現実ほんとうの僕はそれだけじゃ諦めない。

 彼女に想いが伝わるその日まで、僕は文字を綴り続ける。

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諦めの悪い僕 幕画ふぃん @makuga-fin

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