30秒間に21回できるまで、付き合ったげる
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
体力測定まで、あと一週間……
三〇秒で、二一回。
これが、中学一年男子の「上体起こし」平均回数だ。
だが、僕は五回もできなかった。
小学校の頃から、僕は体力がない。
家でも近所の国立公園でも練習しているけれど、平均に到達しないでいる。
体力測定まで、あと一週間しかない。
僕は国立公園の草むらで、体操着に着替える。
一人黙々と、腹筋をしていた。
「なにしてるの?」
ギャルの
「もうすぐ体力測定だから、鍛えているんだ」
「ふーん。よいしょ!」
何を考えているのか、常木さんは僕の両足にまたがった。
程よく軽くて柔らかい足の感触が、僕に伝わってくる。
制服のナノミニスカートから、スパッツが覗く。
「うわ、なんだよ?」
振りほどこうにも、ガッチリホールドされて動けない。
「手伝ったげる。上体起こし二一回できるまで、付き合ったげるね」
舌っ足らずな声で、ギャルの多恵さんは下目遣いで僕を見下ろす。
「いいよ。常木さん、体力点トップじゃん」
常木さんの実家は、スポーツ用品店だ。
本人も、ボルダリングなど運動神経は抜群である。「つねにきたえる」という名前の通り、トレーニング目的に公園でのアスレチックや木登りをよくするらしい。そのため、スカートの下は常にスパッツなのだ。
ロリポップも、単なるおやつではない。カロリーを調節するためだとか。一日だいたい七食は摂るという。
「多恵でいいから。それに、弱い子はほっとけないし」
「わかってる。だからこうして鍛えようとしてるんだ。ちょっと、足をどけてよ。こんなところ人に見つかったら……」
「怖い? あたし、別にいいんだけど?」
今日も常木さんの手は、木くずや砂で汚れていた。どこかで訓練したあとなんだろう。
「じゃあ、お願いします」
そんな人の手を、僕は煩わせているんだ。
がんばらないと。さっさと終わらせよう。
「ほらファイト、いーち、にーい」
常木さんの掛け声と一緒に、僕もお腹を曲げていく。
「ほら、アゴを引いて! そうそう!」
体を起こすたび、多恵さんの顔が近い。
「息を止めると腰にダメージが行くから。起き上がるときは息を吐いて、倒れるときは息を吸ってね」
「はい!」
「足にも力を入れてね。腹筋だけで起きようとしない! お腹に負担がかかりすぎるよ」
彼女がアドバイスをくれているおかげか、思いの外うまくいった。
「この調子で行けばさ、当日バッチリだよ」
「ありがとう多恵さん」
イジワルな瞳を、多恵さんは僕に向けてくる。
「でもさ、さっきみたいにずーと『真ん中の足』には力を入れなくていいからね」
「あれは仕方ないよ! 生理現象!」
多恵さんは「エヘヘ」と笑い、「それでさ」と続ける。
「明日の朝開いてる? 学校始まる前にさ、軽く走ろうよ。その次の日も、トレーニングに付き合ってほしいな。朝と夕方、この公園でトレーニングしよっ」
付き合えって、トレーニングのことか。びっくりしたぁ。
「それは、構わないよ」
他ならぬ、多恵さんの頼みだ。断るはずがない。
朝と夕方、僕たちのトレーニングが始まった。
上体起こしの記録は、多恵さんで二八回である。
「すごい。男子よりすごいじゃん」
「アスリートはもっと強いからねー」
多恵さんは、どこへ向かっているのか。
「キミもファイトファイト」
多恵さんのリードで、僕も腹筋を行う。
「知ってた? 男の子って、『月に二一回以上の射精』で、前立腺がんのリスクが二割も減るらしいよ」
「うおう!?」
唐突なシモネタに反応できず、僕と多恵さんのおでこがぶつかった。
「ごめんなさい多恵さん!」
「いったぁ。ちんこしちゃったぁ」
「え?」
「ごっちんこしちゃったなぁって。あたし、変なこと言った?」
盛大に言ったよ……。
体力測定当日、僕はなんと二五回も上体起こしができた。
「やったよ多恵さん! ありがとう!」
「じゃあ、ごほうび。デートしよ」
「えっ」
僕と多恵さんの仲は、これっきりだと思っていたのに。
「やったね。初カレゲットー」
「ちょっとまって。話が見えないんだけど?」
多恵さんが「はあ?」と、八重歯を見せた。
「ナニ言ってるの? あのときの約束忘れた?」
「約束?」
「上体起こし二一回できたら、付き合ったげるって言ったんだけど?」
30秒間に21回できるまで、付き合ったげる 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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