第6話(最終話)

――富嶽サトシという者の報告はそれくらいでいいだろう。戦闘経験は多いが、純度が低い。これ以上の伸び代は期待できない。それがその男のすべてだろう。


――しかし、歩も敵陣に攻めいれば金となります。


――敵陣にならすでに何度も攻めいっている。上位レイヤード世界にね。

  しかし、この男は金になれず歩のままだ。

  近々他の被験者のための贄(にえ)となってもらおう。


――ですが、


――これは評議会の総意だ。覆ることはない。

  大和くん、君は優秀な医者だが、あまり被験体に感情移入しないことをおすすめするよ。


――次の試験体の報告は、比良坂君からだな。


――八十三式強化外骨格・全一(ぜんいつ)

  装着者は秋月レンジ。

  九年前、ミハシラ市一家殺害事件として処理された神隠しの被害者のひとりです。

  アンサーは、戯使遣いの一族の次期当主、棗弘幸(なつめ ひろゆき)によって殲滅され、秋月レンジとその妹のみが神人として再生されました。


――全一は、八十三式の中で最も優れた強化外骨格だろう? 君が与えたのかね? その被験者はそれにふさわしい能力を持っているのか?


――全一が彼を選びました


――棗の次期当主が関わっているとなれば、殲滅されたアンサーはかなり高い神格の持ち主だったと容易に想像がつく。

  その被験体は、神格の高い神の肉体を構成する物質によって再構築されたわけか。


――おそらくその通りかと。

  秋月レンジの体内に流れる、液体金属でもある血液、ヒヒイロカネ、その純度は98.89パーセントです。全試験者の中でも群を抜いています。

  戦闘経験は浅いですが、アンサーとの戦闘中に私がその能力を解析し、殲滅後全一による能力発動が可能なように常にバージョンアップを行っています。


――なるほど。飛車や角とまではいかなくとも素人ながらすでに桂馬くらいの力はあると。


――いつまで将棋の話をするつもりだね。

  我々は、あのような狭い盤面で戦っているわけではあるまい。


――狭い盤面が幾重にも重なりあい存在するのが、このヤシマだろう?

  傲慢で劣悪な神による世界の創造の外、イザナギとイザナミの国産みによって生まれたこの国だけが、レイヤードという特殊な構造にある。


――だからといって被験者を駒のように扱うのは……彼らは人間です。


――すでに人ではない

  一度死に、神の体の一部から再生された神殺しのための道具だよ。

  比良坂くん、報告を続けたまえ。


――これまでの戦闘で、全一は自動防御システムであり攻撃にも転用できる鎌鼬を常時発動し、手のひらから高エネルギーを収束し発射する業火、それを両手で行う業火二連、さらに光学迷彩機能を搭載しています。


――素晴らしい。まさに全一。

  アンサーの持つ力をすべて取り込んでいるわけか。


――現在は被験体の要望により、光学迷彩を利用した刀身の見えない刀を作成中です。


――了解した。今後の戦果に期待させてもらおう。


――全一の装着者は何という名前だったかな


――秋月レンジです


――秋月……ふむ、秋月か、覚えておこう。




 定期報告を終えた比良坂ヨモツは、ふぅ、と息をつき、


「ぼくは、元・神であるアンサーの力をレンジに与え、新たな神をこの手で作り出してみたいだけさ。

 神が人を作るのではなく、人が神を作る。

 レンジ、ぼくたちは、ふたりで物語を紡いでいるんだよ」


 ヨモツの言葉は、当然レンジには届いてはいなかった。

 だからこそ、彼は告げる。


「さて、はじめようか。

 新約古事記とでもいうべき物語をね」


 そう言ってニヤリと笑った。




                了

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神殺しのヴァイオリンソナタ 雨野 美哉(あめの みかな) @amenomikana

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