第5話 後編

 コヨミとアンサーを天秤にかけなければいけなくなれば、おそらく今の自分はコヨミを優先してしまう。

 そのために、どれだけの犠牲者がでるだろうか。


「まず、コヨミについてだ。

 飲酒運転ではあるが、大学のそばの学生寮に無事送り届けられたようだ」


 それは、とても意外ではあったが、コヨミが無事で何よりだった。


「G ゐの5430、黒のアレクサスはその直後、信号無視による追突事故を起こしている。

 運転手と助手席の男はすでに死亡。

 後部座席のひとりは、かろうじて虫の息だったんだが」


 かろうじて虫の息だった?


「なんで過去形なんだ? もうひとりいたろ? そいつはどうしたんだ?」


「そのもうひとりに、虫の息の男が喰われた。運転席と助手席の死体も」


「喰われた? 大学生の中にアンサーが混じっていたのか?」


「おそらく、合コンメンバーのひとりは、アンサーが最近食った学生に擬態していたんだろう」


「まるで寄生獣だな。そいつを殲滅すれば全部解決ってわけか」


「そこまでが良い知らせになるのかな、一応」


 確かに良い知らせだった。

 コヨミが無事であることさえ確認できた以上、コヨミのためにアンサーを後回しにしなくてもすむ。

 犠牲者をこれ以上出さず、アンサーを殲滅できる。


 しかし、ヨモツは大きくため息をついた。


「車を降りたそのアンサーは、現在まっすぐにコヨミの学生寮に向かっている。

 これが悪い知らせだ」


 悪い知らせどころか、最悪な知らせだった。


「大正ロマン食堂には、客やスタッフを含めて少なくとも2~30人はいたはずだが、そこで人を食らわなかったのは、最初からコヨミの学生寮が目的だったんだろう。

 あの学生寮には200人はいるからな。古来から神の生贄にささげられるのは決まって若い女だ」


「神様も、人間の男と変わらないな。

 若い女が好きとか、四十すぎたセクハラ上司の典型だ。

 上司だから気を遣われているだけなのに、自分に好意を持っていると勘違いする、馬鹿な奴」


「何十年も前の歌だけど、わたしがおばさんになっても、って歌詞の歌があるだろう? あの歌こそ、ぼくはこの国の国歌にすべきだと長年思っている。

 あれは、この国を支える女性すべての気持ちを代弁している。

 義務教育の時代から女性がいかに偉大な存在であるかを、男にはわからせなければいけない」


「それ、学校行事のたびに歌うの? 卒業式で初音ミクの卒業ソングを歌ってた時代以上にカオスなんだけど」


 レンジは、学校行事でその歌が国歌として斉唱される風景を想像して、思わず噴き出してしまった。


「だいぶ話が脱線してしまったが、こうなってくると、他の三人の学生も、何らかの方法でアンサーに操られていた可能性がある。目標の能力が不明すぎる」


 アンサーがわざわざ上位レイヤード世界からレベルゼロにまで来ているのも妙だった。


 以前、市内のメテオスクエアという建物の二階にあるゲームセンターで、故障のため稼働を停止していた大型メダルゲームの中の機械仕掛けの恐竜が巨大化し、人を喰らうアンサーになったことがあったが、あれも結局、真相はわからないままだった。


「さっき、四人のデータを送ってくれたよな?

 そのうちのどいつだ?アンサーはどいつに擬態してる?」


「天津祝人(あまつ のりと)という学生だ。

 だが、アンサーはこれまでに食った人間のすべての遺伝子を記憶し、擬態できる能力を持っている。

 顔などいくらでも変えられる」


「だったら、顔が変わっても目印になるようなものはないのか?衣服に血がついてるとか」


「標識が腹部にささってる」


 それはまた、すごい目印だった。


「ようやく八十三式の使用許可が降りたよ。もっとも、すでに装着済みのようだが。

 最近は君についての始末書もテンプレ化してきたから別に構わないが。

 目標が、学生寮に到着するまでおよそ3分。それまでに殲滅してくれ。

 足止めにしかならないだろうが、こちらも出来る限りのことをする」


「わかった」


 この街は比良坂ヨモツの箱庭だ。


 彼はこの街を構成するヒヒイロカネすべてを自在に操ることができる。

 彼は目標の進行ルートに255個の地雷を、建築物すべての壁や屋根に3000の機関砲を設置した。


 激しい爆音が次々と深夜のミハシラ市内に鳴り響く。


「すげーな。これ、足止めどころか、あんたひとりでやれるんじゃないか?」


「いや、神殺しができるのは、八十三式だけだよ。

 それに、どうやらぼくは余計なことをしてしまったようだ」


「余計なこと?」


「目標を見失った」


「は? なんで!?」


「これはおそらく光学迷彩……

 まさかステルス機能を持ったアンサーがいるとは……

 しかも、妨害電波のようなものでぼくに居場所を探知されないようにしている」


「どうすればいい?」


「君の八十三式は、近接防御機関・鎌鼬(かまいたち)に加え、高エネルギー収束火線砲・業火(ごうか)を備えている。

 目標のレイヤードレベルは不明だが、今の君なら目標の現在位置さえわかれば、簡単に殲滅できるはずだが……

 目標の目的地がわかってる以上、目的地で待機してもらうしか……」


 ヨモツからの通信を聞きながら、レンジは自分の前方に存在する「それ」を見つけ、目を疑った。


「比良坂さん」


「なんだい?」


「標識が刺さってるのが目印だったよな?」


「ああ、そうだが……」


「今、俺の目の前で、標識が宙に浮いてるんだけど、あれかな?」


 なんとも間抜けなアンサーだった。




「目標の殲滅を確認した。

 あとのことはこちらにまかせて、ゆっくりやすんでくれ」


「ああ、そうさせてもらうよ。なあ、比良坂さん」


「なんだい?」


「あんまりコヨミちゃんにさびしい思いをさせるなよ」


「……わかっている。わかっていても、できないことがあるんだよ」


「そうか……」


「だから、コヨミと君の関係を受け入れたくはないが受け入れている……

 君こそ、りさちゃんにさびしい思いをさせるなよ。スマホを見てみるといい」


 レンジが言われた通りにスマホを見ると、りさからの着信が69件あった。


 早く帰って、りさを安心させてやろう。

 いや、まずは謝らなきゃだ。心配かけてごめんって。


 りさはいつだって、レンジが謝ると、いいよ、って言って笑う。笑って許してくれる。


 その笑顔が早くレンジは見たかった。

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