第5話 中編
「他の三人の女の子は?」
「もうとっくに退席している。
男たちがコヨミにしか興味がないのが丸わかりだったからね。
同じ男として情けなくなるよ。
男は女の子を喜ばせるためにその存在があるのに」
「同感だ」
大切な女の子の喜んでいる顔や笑顔のためだったら、男ってやつはたぶんなんだってできてしまう。
9年前、父さんといっしょに金魚を必死ですくったときのように。
逆に、悲しませたり、怒らせたりしてしまったとき、自分がなぜそんなことをしてしまったのか激しく後悔し、自己嫌悪に陥る。
許してもらえるまで、自分が許せなくなる。
「おまけに、三人は割り勘だと言われて金を出させられていた」
「あーらら、コヨミちゃん、それ、相当恨まれてるんじゃないの? 大学の友達でしょ?」
「それほど親しい仲ではなかったようだから、問題はないはずだ。3人とも寮生ではないし、サークルもゼミも異なる。たまたまいくつか同じ講義を受講しているだけのようだからね」
レンジは少しだけ安心した。
これからコヨミを彼氏のふりでもして迎えに行き、たとえ酔っぱらいの大学生四人と口論になり、暴力沙汰に発展したとしても、何ら問題はなかった。
一瞬で四人をねじ伏せられる。
だが、コヨミの大学での交遊関係には、自分は手を出せないからだ。
彼女が悩んでいても、話を聞いてやることはできても、悩みを解決してやることまではできない。
「社会と女性、そして大人(ぼく)を舐めてるやつらには制裁が必要だ」
ヨモツが言い、
「お兄ちゃんを怒らせるとこわいってことを教えてやらなきゃな」
レンジもそれに続く。
「すでに、その男たちと車を合成した画像を一番近いオービスに、一発免停の速度で送った」
「あんたまじでこわいお兄ちゃんだな!」
「警察署に出頭、取り調べ、検事の聴取、簡易裁判、罰金、免停、下手をすれば前科がつく」
「公務員になれなくなるわけか」
「四人とも国家一種試験を受けるようだからね」
「他人の人生って壊すの簡単なんだなあ」
「簡単さ。ぼくのように特別な力を持っていたりすればね。特別な立場でなくとも、いくらでもやりようはある。
しかし残念ながら、八十三式の使用許可を申請したんだが、却下されてしまった。何故だ」
「当たり前だろ」
「君の人並み外れた身体能力だけが頼りだ」
「まかせてくれ。一分もかからずに着けるはずだ」
レンジは、通信を切ると、
「当たり前だとは言ったものの、やっぱり使わせてもらうかな。シノバズ、聞いてたよね?」
シノバズという、本名も顔も知らないハッカーに連絡を取った。
シノバズは一応公務員であるヨモツが上司の命令に逆らえないときなど、使えないときの保険のような存在だった。
「君のことだから、そうするだろうと思って、比良坂ヨモツの上司が使用許可を出したことにすでにしてある」
「ありがと」
レンジはいつものように刀を精製すると、親指の腹に傷をつけた。
血がにじみ、あふれ、指先から手のひらへ、そして腕へ、八十三式・全一へと形状を変えていく。
「だが、君は本当にお人好しだな」
「同じ兄貴として、気持ちが痛いほどわかるからね」
「兄妹か」
「あんたにはいないのか?」
「いたよ」
「過去形か。あまり深くは聞かないほうがよさそうだな」
「いつか君には話すよ。ぼくがなぜ、君の協力者となったのか、くらいなら」
だが、その、いつかは未来永劫訪れることはなかったということだけ、今は記しておこう。
大正ロマン食堂の駐車場についたのは、数十秒後のことだった。
全一を身にまとったまま、レンジは店内に入り、コヨミを探した。
しかし、まもなく閉店時間を迎えようとしている店内は、数人のスタッフが閉店に向けた作業をしているだけで、レンジの姿を見てぎょっとしていたが、コヨミと四人の男どころか、客は誰ひとりいなかった。
比良坂さんとちょっとお兄ちゃんトークで盛り上がりすぎちゃったかな、とレンジは思った。
四人が別々の車で移動してたら厄介だった。
車種とナンバーはわかっても、四台のうちのどの車にコヨミが乗ってるかまではわからないからだ。
ヨモツやシノバズが、四人の現在位置を追跡できても、レンジはひとりしかいない。
ひとりでは、四人を同時には追跡できない。
車には興味がなかったから、車種はまったくわからない。しかし、ナンバーがわかるのは、ありがたかった。
おかげで、四人の車のうち、三台を見つけることができた。
ここにない車に、四人とコヨミが乗っていることは明白だった。
「比良坂さん、G ゐの5430、黒のアレクサスを追跡してくれ」
「了解した。少し待ってくれ」
その、ほんのわずか数十秒が、レンジにはとても長く感じられた。
それは、自分にとって、どれだけコヨミが大切な存在であるかを身に染みてわからせてくれた。
「いい報告と悪い報告がある。どっちから聞きたい?」
「どっちからでもいいよ! どうせ神隠しがどっかで起きたんだろ?」
まさかこのタイミングでアンサーが出現するとは思わなかった。
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