KAC2021 #7 21回目のやさしい嘘

くまで企画

KAC2021 #7 21回目のやさしい嘘

「お誕生日おめでとう」


 21歳のジョアンナの誕生日パーティー。

 庭で肉を焼いていた恋人の隣に立つ今日の主役に声を掛けてきたのは、見知らぬ女性だった。誰かは知らないが、かなりの人数が来ているパーティーだ。友人が友人を呼ぶこともあるだろう。彼女は何者だろうか。


「ありがとう」


 ジョアンナは社交的な笑顔でお礼を言った。サングラス越しに女性を観察する。

 少し痛んだ金髪のボリュームは豊かなロングヘア。紫のドレスに締めた金色のバックルのついた黒いベルトが品よく定まっている。白いジャケットを肩に羽織っている腕は長く、手首につけた時計は高価なもののようにジョアンナには見えた。


「ごめんなさい、お名前は?」

「……エミリーよ」


 エミリー……とジョアンナが小さく繰り返した。覚えようとしているのか、記憶を掘り起こそうとしているのか。母親くらいの年齢だろうか、エミリーと名乗った女性が差し出した手は、それよりも年齢を感じさせるものだった。握手をする。


「ジョアンナです」

「知ってるわ」

「会ったことが?」

「あなたが覚えてないのも、しかたないわ」


 エミリーがそう言ってほほ笑む。


「それにしても、本当に美しいお嬢さんになったわね」

「ふふ、もう21よ。お嬢さん、だなんて」

「あら。私から見たら立派なお嬢さんよ。ご両親も誇らしいでしょうね」

「どうかしら、パパもママも、私の好き勝手にさせてくれるから」

「ところで――」


 エミリーは突然声を落とした。

 ジョアンナは聞こえるように、恋人から離れて、エミリーに近づく。


「今日は、本当にあなたのお誕生日なの?」


 ジョアンナはサングラス越しに瞬きをして、エミリーを見つめる。


「そのはずだけど」


 じゃないと、ここにこんなに集まってくれたのが夢になっちゃう。ジョアンナは冗談交じりに庭を見回した。肉を焼き続ける恋人も、庭や家の中にいるゲストも、キッチンと庭を行き来する両親も。


「本当に?」

「ええ。面白いことを言うのね」

「3月だけど日にちが違うとか……」


 食い下がるエミリーに、ジョアンナは苛立ちを覚えた。少し語気が強くなる。

「間違いなくこの日よ。21年間ずっとこの日に祝ってきたの。エミリー、今日は来てくれてうれしいわ。ゆっくりしていってね」


 そう言って、ジョアンナはゲストに笑顔を見せて、グリルのそばの恋人のもとへ戻る。エミリーは何か言っていたが、ジョアンナには届かなかった。


「ただいま。焼き加減どう?」

 戻ってきたジョアンナに恋人のマイクがキスをする。

「おかえり。もういいのかい?」

「ええ、思っていたのとは違ったけれど。これでいいの」

「21年間探してたんだろう? 本当の母親」

「養子だって知ったのは5年前だけどね」


 5年前――ジョアンナは16歳の誕生日の時に、リビングで両親が話していたのを聞いてしまった。ジョアンナがすっかり眠っていると思っていたのだろう。お酒の進んだ両親はいつもより饒舌だった。


 その事実を知ったジョアンナは、高校からの恋人であるマイクに相談し、SNSなどでそれらしい人物を探した。会ってどうしたいというわけではなかった。だが、何かあるたびに探し続けていた。

 両親が言っていたのは、金髪であること、エミリーという名前であること。そして――アルコール依存症で娘を手放したということ。


 たまたま、先日それに似た人物を見つけて、誕生日会の招待状を送ったのだ。


「彼女だったのかもしれない。でも、もうどうでもいい」


 ジョアンナは、そそくさと庭を出ていくエミリーを見る。お酒は怖いものだ。40そこらであるはずなのに、彼女は思った以上に老けている。依存した人間があそこまで復活するのは本当に大変だったろう。ジョアンナの目にはよく分からない光が宿ったが、それは夜の海のように暗く穏やかなものだった。


「ジョアンナ、誕生日おめでとう」


 両親がジョアンナのもとへやって来た。ゲストへの挨拶が一通り済んだようだ。


「ありがとう、パパ、ママ」


 が、ジョアンナの誕生日――それは21回目のやさしい嘘。

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