女神様から不死を授かりまして

いすみ 静江

初めてパーティーにゃん

『……ママ! ママ! しっかりしてよ。あたしを置いて逝かないでね』


 私は、意識の深い奥底で、何者かに話し掛けられていた。

 泣き声も聞こえる。

 ママ?

 それでは私の子どもなのか。

 何が起きて、このような薄暗がりにいるのだろう。

 ポンと後方で響くと、暗がりにブルーライトが差し込んだ。


「私は、女神メビウス。そろそろ目覚めたら如何なものか」


「は、はい!」


 近くに気配を感じて飛び起きる。

 何だろう。

 この時計が飛び交っている亜空間は。


「あの、私はどうしてここに居るのでしょうか」


 相手は玉座だが、私のは貧相なスツールに腰掛けて、下の闇に落ちないようにしている。


「やはり記憶を失くしているな。これを授ける」


 女神メビウスと名乗る目元を仮面で隠したモノが、手を叩く。

 亜空間にキラリと光る物を浮遊させて、私へ送った。


「女神様。これは、綺麗な指輪ですね」


 見たこともない色合いだ。

 ゴールドとプラチナを混ぜたような。

 少しひねった細工がしてある。


「メビウスリングと言うアイテムだ。中指に通すがいい」


 すると、ぴったりとはまった。


「これは、不老不死を約束するものだ。決して外してはならない」


「えええ? 女神様、ここは既に死後の世界ではないのですか?」


 先ほど、私はママと泣かれていたから。

 もしも元に戻れるのなら、あの女の子のママになりたいけれども、叶わない願いだろう。

 ここは天国らしいし。


「下層レベルF級異世界へ行く前に、あなたは……」


 ふと、女神様が仮面を直した。


「ああ、あなたに名前があった方がいいだろう」


「名前? ぐ……。私そのものを思い出すのが苦しいです」


 喉までも出掛からない、自分の名。


「では、ユッキー・マッシーと名乗るがいい」


「分かりました。そんな可愛いお名前で嬉しいです」


 女神様は、パンと手を叩いた。

 瞬間、私は異国の姫君みたいな衣装を着ていた。

 年の頃も二十代前半位だろう。

 亜空間にある時計に身を映して知る。


「行って参れ」


「ああ!」


 ブルーライトを浴びながら、スツール毎降りて行った。

 そして、欧風の貴族が集まる中にとけ込んだ。


「まあ、マッシー子爵令嬢。今日は美味しいお菓子が多くてよ。貴女にお似合いのオレンジのドレスが合わなくならないようにしなければね」


 貴婦人の体格はいい。

 それは、気を付けなければならないだろう。


「ええっと、どちら様でしたか」


「ミリアムよ。ショウ、マッシー子爵令嬢にもお菓子と飲み物を用意して」


 ガーデンパーティーの中、男性に扇で合図をしていた。


「はい、こちらは如何でしょうか。ユッキー・マッシー」


 ショウ、てっきり執事かと思っていた。

 身なりもよく、気品があり、カッコいい。


「ショウ・グレイは、辺境伯なのよ。正妻をお探しだそうよ」


「ミリアム、口が過ぎるぞ」


 ショウは、丁寧にお辞儀をした。


「私の妹でして。申し訳ありません」


「そうそう。私は義姉を探しているところ。どう? マッシー子爵令嬢」


 いきなり結婚を勧められましても。

 私には帰れば女の子がおりますのよ。

 

「ユッキー・マッシー、身分の違いは気にしないで欲しい」


 いきなり、求婚でしょうか。


「あの……。家には娘がおりまして」


「子どもがいないから、僕は気に入ったよ。連れて来ても構わない。あちらの薔薇園へ行きましょう」


 え?

 変わった方。

 どうしよう、泣いていた女の子に悪いわ。


「僕と薔薇園でお茶の続きをしよう」


 ガーデンの貴婦人達にざわつかれてしまった。

 これは、ショウのお見合いパーティーだったのね。

 ミリアムだけが、明るく手を振っている。


「この紅茶は、僕が摘んだ葉で作られているのですよ」


「まあ。農業がお好きで」


 辺境伯が楽しそうに笑った。


「農業、確かにそうだね」


 私は、手を握られてしまった。

 どうしよう、どうしよう。


「僕と結婚してくれないか。ユッキー・グレイになって欲しい」


「私は、よそから来た者です。辺境伯の運命を変える訳には行きません」


 ちょっと、涙なんか散らしてしまった。

 演技じゃないのに。

 薔薇園の向こうにミリアムがいた。


「ショウ、お式をいたしましょう! もうノリノリよ」


「そ、そんな。私は」


 ミリアムが盛り上がっている。


「結婚は早い方がいい。子爵には私が文を書く。いいね、ユッキー」


 ガーデンパーティーは、婚約発表の場となった。


「ユッキー・マッシー程奥ゆかしい方は初めてだ。気難しいミリアムも彼女を気に入っている。最高だろう」


 私は、人前で、異世界初キッスを受けることとなった。


「んにゃー!」


「ユッキーは、猫だったのですか」


 呆れて逃がして欲しいが、素でマイペースな方のようだ。

 その晩、私は辺境伯のもとでお食事をいただき、あたたかいベッドも用意して貰った。

 ノックがあり、ショウが入って来た。


「朝まで、語り明かしたい」


 再び手を握られた。


「辺境伯は、随分と積極的ですね」


「ユッキーが思っているよりも、可愛いんだ」


 私などに何を求めているのだろう。


「顔が近いですわ」


 キッスを迫って来られる。

 もう唇が触れてしまった。

 昼間と違って、ショウの情熱がもっと伝わって来る。


「やめて、やめてください」


 ――女神様からいただいた指輪が光った!


 煩悩ピンクの世界から、ブルーライトを浴びる。

 私は、キッスから逃れていた。


「にゃ?」


 小さな猫の姿になっている。

 毛並みはドレスと同じオレンジ色だ。

 今だと思わんばかりに、ベッドからぴょんと逃げる。


「このリングは不老不死と聞いたにゃん。猫の寿命が長いのかにゃ?」


 とてとてと、お館から去って行った。


「夜は、冷えるにゃー。あの泣いていた娘はどうしているのかにゃ」


 郊外へ出ると、一休みとばかりに川の水をぺろぺろといただいた。

 そこに映っていたのは、やはり猫だった。

 私の姿が、誰かに似ている。

 そう思ったときだった。


『……ママ! ママ! しっかりしてよ。あたしを置いて逝かないでね』


 川の中から女の子の声が聞こえる。


「あれは、私の娘にゃん! 今、そっちへ行くにゃあ――!」


 私は、寒空に川へ飛び込んだ。

 もの凄く冷たくて、心臓がどきっとした。


「つ、冷たいにゃ! でも、ママは行くにゃ」


 川の底へ行くことはできなかった。


 ◇◇◇


 翌朝、私は、辺境伯の隣にいた。


「ショウ、猫なんか構っていないで。朝ごはんよ」


「ミリアムか。僕の寝室に入るときは、ノックをして欲しい」


 ミリアムに私が突っつかれた。


「どうしたの? その猫」


「この猫、変わった指輪を握って離さないんだ」


 ミリアムの鼻息が荒い。


「いいから、今日はガーデンパーティーの日よ。早くお仕度なさって」


「分かったよ」


 誰もいなくなると、女神様の指輪がまた光った。


 くっ……。

 体の節々がミシミシと痛い。

 オレンジのドレスを着たユッキー・マッシーになっていた。

 洗面の水があったので、覗いてみた。


「ああ、この顔、思い出したわ。私のプチちゃんを自転車から守ってくれた女の人だ。私も母猫だったからプチちゃんを守ろうとして、天国へ逝ったのよね」


 そうか。

 やっと私の素性が分かった。


「あら、どこからいらしたの? 今日はガーデンパーティーだからお菓子を食べていきなさいな」


 ミリアムに見つかると、私は、ガーデンパーティーへ誘われた。


「また、あの循環が来ないでしょうね」


 私は、ひやひやしたが、予感は当たった。

 そのまま、薔薇園へと行き、婚約発表をされる。

 また、夜には猫の姿で逃げる。

 そして、川を覗くのだ。

 私のプチちゃんが呼んでいるから。


 女神メビウス様からいただいた指輪の力で、何度でも私はプチちゃんの声を聴きたい。


『……ママ! ママ!』


 ああ、可愛い私の娘よ。

 この川底に行けないものなのか。

 運命的に繰り返していた。



「――私は、二十一回目の転生をしている」



 はっと、気が付いた。

 絶望感に立ち尽くしているとき、飲み水の中から声がした。


『ママ。あたしはもう大丈夫だから、大きいニンゲンになっても大丈夫だよ。幸せになってね。いつも、お水の中にいるママを見ているから』


「プチちゃん。転生は二十一回目でやめるね。毎日挨拶するからね」


 涙を飲み水の中に落としてしまう。

 オレンジ色のドレスも胸元が濡れてしまった。

 それ程の一大決心なのだ。


『うん! ママ』


「元気でいるんだよ。プチちゃん」


 私の可愛い子……。











Fin.

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