眠れる美女の寝言⑫
結局その日音夢が目覚めることはなく、その時を待ち続け目を覚ましたのは一週間経ってのことだった。 音夢の母から報告があり、大学の講義をこっそりと抜け出して音夢を迎えにいった。
音夢は元気そうで家の前で待っていた。
「貴章ー!」
笑顔で手を振ってくる音夢に安心し、準備を整えると一緒に大学へ向かうことになった。 目覚めたばかりの今、まだゆっくりしてもいいと思うが音夢が大学へ行きたがったのだ。
「よく寝たー! 貴章はそのまま講義を受けていればよかったのに」
「二週間ぶりに話せるんだ。 たくさん話さないと勿体ない」
「何それー」
「音夢は俺と早く会いたくなかったのか?」
「・・・会いたかったよ。 迎えに来てくれてありがとうね」
「あぁ」
音夢は恥ずかしそうにそう言った。
「あ、そう言えば花もありがとう! 起きたら身に覚えのない花が部屋に飾ってあって、びっくりした。 お母さんに聞いたら貴章がくれたって言うし。 嬉しかったよ」
「いいよ。 そんなに花がほしかったのか?」
「え? どうして?」
「寝言で“花”って言っていたからさ」
「嘘ぉ!? 言った憶えはないけどなぁ・・・」
「寝言だから憶えていなくても仕方がないだろ。 花に関する夢でも見ていたのか?」
あれだけ寝ていれば憶えていないのも無理はないと思うが、何故かあの日の寝言だけは妙に印象に残っていた。
「夢は全然憶えていないんだよねぇ・・・。 他にどんな寝言を言っていたの?」
「・・・」
「うん?」
その質問に答えるのを躊躇ってしまう。 だが期待するような目で見られては答えないわけにはいかない。
「・・・憂一、とか」
「・・・え?」
「・・・」
二人の間に気まずい空気が流れる。 その時偶然大学内で花音と鉢合わせをした。 三人を覆う空気が一層張り詰め気まずい雰囲気。 貴章としてみれば、このまま何もなかったかのように通り過ぎたかった。
―――・・・憂一の話をし出した途端に花音と会うとか、タイミングが悪過ぎるだろ。
花音はどこを見たらいいのか分からないのか目を泳がせていた。 そんな中音夢が笑顔で声をかけたのだ。
「おはよ、花(ハナ)!」
「・・・花? え?」
“花”という単語に貴章と花音は同時に反応する。
―――花ってどういうことだ?
―――・・・もしかして、咲く花の方じゃなくて花音のあだ名だったのか!?
音夢と花音が話しているところを見たことがなかったため知らなかった。 憂一と花音、二人を指した寝言だったのなら全てに合点がいく。
―――うわ、何たる失態・・・。
―――咲く花の方だと思ってプレゼントしたけど、花屋のことを思い出させて逆に悪いことをしたんじゃ・・・。
花音は相変わらずツンツンしていて何も言おうとしない。 すると音夢が小声で貴章に打ち明けた。
「・・・憂一を死なせてしまったのは、私のせいなの」
「・・・え? あぁ」
憂一が音夢を庇った話だと思った。
「ほら、花って憂一のことが好きでしょ? ・・・あ、ごめん! 花と貴章って」
話の続きをしようとしたが花音は貴章の元カノだと思い出したようだ。 だがその気遣いに首を振った。
「いや、事情は既に聞いているから。 大丈夫だよ」
「・・・そっか。 でも憂一は私のことが好きみたいで。 花に申し訳ないからずっと断っていたんだけど、結構粘られてね。 ある時私が諸事情で、花屋で買い物をしている時に憂一が庇ってくれて・・・」
「・・・?」
その言葉にハテナが頭に浮かんだ。
―――え、どういうことだ?
―――音夢と憂一は付き合っていなかったのか!?
「だから花にどんな顔で向き合ったらいいのか、未だによく分からないんだ」
―――・・・なるほどな。
―――勘違いをしていたわけか。
「二人は元々親友だったんだっけ?」
「え? どうしてそれを知っているの? 貴章に言ったっけ? それは数年前の話で、何だか今なら話せそうだと思って久しぶりに花に話しかけたんだけど」
「音夢はまた、花音と親友の頃みたいに戻りたいとか思っていたりする?」
質問を無視しそう尋ねた。 音夢は驚いた顔をする。
「・・・ッ! 当たり前じゃん! できるなら今すぐにそうなりたい」
「分かった。 花音! ちょっと来てくれ!」
「え、待ってよ! 貴章!?」
慌てて止める音夢と困惑している花音に向かって貴章は言った。
「花音は色々と誤解しているみたいだぞ」
「「?」」
二人は互いの事情を話し和解した。 花音は驚いて泣いてしまっていた。 そして、憂一が亡くなった日は花音の誕生日で、音夢は花音に花を贈ろうとしていたらしいのだ。 だから余計心苦しかった。
花音の誕生日プレゼントを買おうとして、花音の大切な人を失うことになってしまったことが。
「本当に今までごめん。 音夢、これからも仲よくしてくれる?」
「当たり前。 花、こちらこそよろしくね」
温かくなっている二人を見ていたが、ふと浮かんだ疑問が気になり尋ねていた。
「・・・あれ? でもそう言えば、音夢のお母さんも憂一は音夢の元カレだって言っていたぞ?」
「お母さんに憂一を紹介した憶えはないよ? 一緒にいることが多かったから、勘違いしちゃったのかな」
「そうだったのか!? だから余計に誤解が・・・」
「でも貴章、誤解を解いてくれてありがとう! また花と親友に戻れて嬉しいよ」
音夢はそう言って二人の前に立った。
「貴章とも花ともたくさん話したいから、もう眠っている時間が勿体ないね。 眠っていた分、たくさん楽しもう!」
そう言って笑った音夢が後で教えてくれたことがある。
「私ね、あの事故の日から花に恨まれていたことが分かっていたの。 それからしばらく経っていたけど、花が自殺未遂しちゃってね。 命に別状はなかったんだけど、酷く荒れちゃって。
それで私を恨むことで生きる力が沸くのなら、それでいいと思っていた。 ・・・だけど、恨まれながら生きるのって怖いんだ、凄く。
夜眠れない日も多くて、それが積み重なって倒れて入院しちゃって、それからかな。 過眠症になっちゃったの。 だけど誤解が完全に解けた今、花とまた親友に戻れるのなら、私は・・・」
一度切れた糸は元通りにはならないのかもしれない。 だがそれを結び直すことはできる。 そして、結び直すということは、糸が短くなり距離が縮まるということにもなる。
「ありがとう、貴章。 私、貴章と会えて、彼女でいられて本当に幸せです」
-END-
眠れる美女の寝言 ゆーり。 @koigokoro
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