天使の墓場 Angel Cemetery

RAY

天使の墓場 Angel Cemetery


「ザック、下層に行くなんて気は確かか!? ケガでもしたら治せる奴はいないんだぜ!」


 重厚なよろいを身に着けた、大柄な戦士・イスカンダルが、前を走るザックを睨みつけながら声を荒らげる。左肩には、全身に火傷やけどを負った僧侶・クルーズがグッタリした状態で担がれている。

 ザックは前を向いたまま、大丈夫だと言わんばかりに右手の親指をグッと立てる。


「ザックくん、横穴から別の不死者アンデッドが現れた! いくら倒しても切りがないよ! あたしの魔力が底を突いちゃう!」


 ブロンドの髪をなびかせてパーティの最後尾を追走する魔法使い・レベッカが、迫りくる不死者アンデッドの群れへ炎魔法を放ちながら泣きそうな声をあげる。


「階段を降りたところが最下層です! そこへたどり着けば秘宝が手に入ります! もうひと踏ん張りです!」


 ザックはイスカンダルとレベッカを鼓舞するように叫ぶと、赤色の握りこぶし大の球体「偽陽光球ライトニング」を階段の方へ投げつけた。あたりがまばゆい光に包まれる。


「見えました! 一気に階段を下ります!」


 ザックの言葉が合図であるかのように、四人は最下層へ続く階段を駆け下りていった。


★★


 ザックは上級盗賊のクラスに属する冒険者。弱冠十九歳ながらパーティのリーダーを務め、これまで二十の地下迷宮ダンジョンを攻略してきた。特殊スキル「財宝探索ディスカバリー」を有する彼は、隠し部屋などに格納された、入手困難な財宝を探知することができる。千里眼ではないため具体的な内容はわからないが、それが価値のあるものかどうかは見極めることができる。


 ザックのパーティメンバーは全部で四人。怪力自慢で卓越した剣技の持ち主イスカンダル。炎・雷・水を応用した、強力な攻撃魔法を得意とするレベッカ。メンバーの治癒に加え人ならざる者の浄化に長けたクルーズ――三人とも上級クラスに属する強者つわものでザックよりも年上。ただ、ザックのリーダー適性を認めており、彼であればパーティの力を最大限に引き出せると確信している。


 今回ザックたちが挑んだのは、東の果ての山岳地帯にある第二十一地下迷宮ダンジョン。山の中に作られた、迷路のように入り組んだ坑道が地下深くへ伸びている。帰還者がほとんどいないため、重要な情報は少ないが、わかっていることが二つある。

 一つは、古い文献から、最下層には「Tablette d'orタブレットドール(黄金の石板)」なる秘宝が眠っていること。それは、瀕死の者の傷を癒したり、枯渇した魔力を元に戻すといった、回復の力を宿すとともに、複数の者を瞬時に別の場所へ送る、瞬間移動の力があるとのこと。

 もう一つは、わずかな帰還者の話から、地下迷宮ダンジョン内は不死者アンデッドの軍勢が席巻しており、その数もさることながら、まるで軍隊のように連携が取れた攻撃を仕掛けてくるとのこと。


 そんな話を聞くと、不死者アンデッドの背後には、まるでチェスでもするように地上を盤面にした戦略ゲームを楽しむ天使がいるように思えてしまう。

 この地下迷宮ダンジョン天使の墓場エンゼルセメタリーと呼ばれる所以ゆえんはそこにあり、奇跡のような力を持つ秘宝の存在もあってか、それは人々の間で実しやかに語り継がれている。


 ザックは地下迷宮ダンジョン攻略に際し、常に綿密な下調べと万全の準備を欠かせない。今回も例外ではなく、不死者アンデッドへの対策として、クルーズの浄化術とレベッカの炎魔法を最大限に生かせるような布陣で臨んだ。


 しかし、思わぬところで誤算が生じた。


 十九階層に到達したとき、不死者アンデッドの軍勢が突如姿を消す。間髪を容れず、横穴から一頭の小型のドラゴンが姿を現し、パーティ目掛けて炎の息を吐き掛けた。レベッカがドラゴンの周りに魔法障壁マジックバリアを展開し炎を封じ込めると、その隙にザックとイスカンダルがドラゴンに集中攻撃を仕掛けた。死闘の末、何とか息の根を止めたものの、クルーズは致命傷とも言える大火傷を負った。


 そこにドラゴンが生息しているといった情報はなかった。当然炎の息の対策もしていない。その結果、不死者アンデッド対策のキーである二人――クルーズは戦闘不能となりレベッカは想定外の魔法を放ったことで魔力を消耗した。車で言えば、パーティは両輪がパンクしたような状態に陥った。

 もし意図的に二人を狙ったとしたら、敵は一介の不死者アンデッドではない。その背後には、知的で計算高い何かが存在する。天使が天界から高みの見物をしているというのも信憑性を増す。


 ドラゴンが倒れた瞬間、それがわかっていたかのように不死者アンデッドの群れが現れた。上の階層に続く階段の周囲を百体以上が取り囲み、元来た道を戻るのはほとんど不可能だった。


「僕のスキル財宝探索ディスカバリーがこの下の階に重要な何かがあると言っています。きっと、そこが最下層でTablette d'orタブレットドールがあるはずです」


 ザックが手に持った松明たいまつでフロアの隅を照らすと、下層へ続く階段がぼんやりと浮かび上がる。


「あの階段を下りましょう。イスカンダルはクルーズのことをお願いします。レベッカは炎魔法を使ってできるだけ不死者アンデッドを近づけないようにしてください。じゃあ、行きましょう」


「おい、ちょっと待て!」


「ザックくん、置いていかないでよ!」


 ザックが階段の方へ向かって走り出すと、二人が慌てた様子で後を追った。


★★★


 最下層へ降りると、そこは十九階層以上に暗かった。


「よく見えませんね。マジックアイテムがあと一つ残っているので使います」


 ザックは上着のポケットから取り出した偽陽光球ライトニングを数メートル先に放り投げた。


「あっ、あれは何かしら?」


 二十階層のフロアに光が溢れた瞬間、レベッカが大きな目を細めてフロアの隅を指差した。間髪を容れず、他の二人の視線が指先の方を向く。

 天井が高く、直径が三十メートルほどある、闘技場コロシアムのような空間の真ん中に、高さ二メートルほどの黒光りした石板が立っている。宇宙を舞台にした、有名なSF映画で進化をつかさどる石板が登場したが、同じぐらい重厚で物々しい雰囲気が漂っている。


「別の地下迷宮ダンジョンでも似たような石板を見たことがあります。根元に魔法の鍵がかけられた、小さな引き出しがあって中に秘宝がありました。同じ構造だとすると、あそこにTablette d'orタブレットドールがあります。これでクルーズの怪我も治るしレベッカの魔力も回復します。瞬間移動で地上に脱出できます」


「よっしゃ! そうと決まれば、一刻も早くお宝をゲットしようぜ!」


不死者アンデッドの群れもいつ現れるかわからないしね」


 イスカンダルが石板の方へ歩を踏み出し、レベッカがその後を追おうとした、そのときだった。

 コロシアムの周囲の壁にある、複数の横穴から四人の周りを囲むように何かが現れる。それは、おびただしい数の不死者アンデッドと、九頭の身体が腐りかけたドラゴン――ドラゴンゾンビだった。


「ドラゴンゾンビだと!? あいつは猛毒を吐く! あれを喰らったら即死間違いなしだぜ!」


「クルーズならあんなの一発なのにぃ~! あたしの炎もあいつにはあまり効かないのよ!」


「急ぎましょう! あれが攻撃してくる前にTablette d'orタブレットドールを手に入れるんです!」


 三人は顔を見合わせて小さく頷くと、石板の方へと掛けて行く。

 すると、その行動を阻止するように、不死者アンデッドがドラゴンゾンビを三人の方へけし掛ける。動きはそれほど速くはないが、一分もあればザックたちのところへたどり着く。


「ザック、急げ! 俺たちが時間を稼ぐ!」


「ザックくん、帰ったら大きなパフェご馳走してね!」


 イスカンダルは、肩に担いでいたクルーズを石板の脇に寝かせると、身長ほどある大きな剣を振り回す。突風をまとった剣が不死者アンデッドの身体を切り刻んでいく。

 負けじとレベッカは真剣な眼差しで呪文を唱える。瞳が真っ赤に染まった瞬間、杖の先から無数の火の玉が飛び出し敵の頭上に降り注ぐ。


 そんな二人を尻目に、ザックは石板の根元を調べる。

 すると、予想通り、そこには大理石の引き出しがあった。呪文が書かれた呪符が貼られ、電気がショートするようにパチパチと小さな火花が散っている。


「ビンゴですね。では、僕のスキルで開けさせてもらいます」


 ザックはニヤリと笑うと、息を吐き出すように短い言葉を口にする。


無法強奪ラバリー


 その瞬間、貼られた呪符が消し飛び、引き出しが音もなく開く。中には、手のひらに乗るくらいの三角形の石板が入っている。


「イスカンダル! レベッカ! 秘宝をゲットしました! すぐにこちらに来てください!」


「ザック、でかした!」


「良かった~! もう魔力ほとんど残ってないよ!」


 二人は疲れた様子でザックの元へ走り寄る。どちらも限界が近づいているようだ。


 不意にザックの顔が曇る。目を丸くして手のひらの石板をジッと見つめている。


「どうした、ザック?」


「ザックくん?」


 心配そうに見つめる二人に、ザックは息を吸ったり吐いたりを繰り返す。


「これ……銀色ですよね?」


 唐突な質問だった。ザックの言葉からは「否定して欲しい」という気持ちがひしひしと感じられる。ただ、それは誰がどう見ても銀色だった。


「確かに銀色だが、お宝に変わりはないんだろ?」


 イスカンダルが力強く答える。その横では、レベッカが心配そうにうんうんと何度も首を縦に振る。


「秘宝には変わりありません。でも、少し違います。これはTablette d'orタブレットドール(金色の石板)ではなくTablette d'argentタブレットダルジャン(銀色の石板)です」


「だから、何だよ!? わかるように説明しろ! 敵がそこまで来てるんだぞ!」


「そうだよ! 何が言いたいの、ザックくん!?」


 声を荒らげるイスカンダルとレベッカに、ザックはポツリと言った。


「金なら一枚ですが、銀なら五枚を合成する必要があります。これまでTablette d'argentタブレットダルジャンを四枚見つけました。でも、今は持っていません……。天使エンゼルにしてやられました。誰もいないと思っていても、どこかで見ているんですよ」



 おしまい







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