ルミナ・ルベルツとヨモウ・リウス

 闘技場の現場より。

 本編で起きた闘技場のワンシーンについて、勇者省より派遣された二人の、一人称視点と三人称視点の交互でお届け致します。

 ※本編は「小説家になろう」にて連載。

  今回はそちらを読まれた方向けとなっています。

  https://ncode.syosetu.com/n0904gw/17/

 ※本編より先に勇者の名前が分かってしまう特別編です。


 ―


 私、ルミナ・ルベルツの初任務は、御前試合の審査官だった。


「しかし、今日は姐さんとですか。」

「その呼び方を止めなさい。」


 もう一人、審査官として選ばれたのは、元部下でありもしかするとまた部下になる男。

 槍使いのヨモウ・リウス。南方出身の、これまた粗野な男だ。


「いいこと。ここを出たら私達はお互い、勇者の後継者となるべく公募試合を受ける身でありながら、敵同士。そして敵同士でありながら、候補者を正しく審査して導く者であること。忘れないで」

「もちろんです、旅団長殿。」


 ヨモウは食い気味に私の言葉に被せて来た。

『金色の鷹団』はその規模で呼称が変わる。

 私はそれこそ十人規模となる1つの「旅団」を任されていた。


「私は貴方の直属の上司ではないのだけれど。」

「あぁ、すいません、姐さん。俺もその部下になるかと思ったら、早目に口癖にしておいた方がいいかと思いやして。」


 気が早くて結構だけどまずはその言葉遣いを直しなさい、と言おうとしたが、ここで体力を使いたくはないので笑って済ませる。

 何だかんだで、このヨモウは使える男で、仕事はこなせる男だったから。

 放っておいても、必要なものを身に着けて、勝手にここまで這い上がってくる。




 先日、やっとの思いで私は『金色の鷹団』に正式に迎えられた。

 ここで働く者なら誰もが憧れてやまない、勇者省その頂点、勇者直轄の軍団。

 軍団、と言うより、勇者と共に旅する群団、の方が相応しい呼び名と思う。


 私自身、この公募試合の仕組みを知ったのは、勇者省に勤めるようになってから。

 当時私が挑んだ時にも、既に予選から勇者省の人間は混ざっていたとのことだった。

 理由は、安全確保とより正しい人員確保のため。


 実際のところ、自分たちがその背中を預けるに足る人物かどうかは、一緒に戦ってみるのが手っ取り早い、という現場判断も含まれているらしい。

 決して、大賢者が作った選別術式にケチをつけている訳じゃないと誰かが言っていたけれど、本音はどういったものなのか。


 勇者省と賢者省。

 お互いが信じるものと憧れる者が違う以上、決して、このゼノス・アルン独立自治区の中でそれは一枚岩の組織ではない。

 だからと言っていがみ合っている訳でもない。

 時に歩み寄り、時に反発し、時に手を取り合う。

 そんな関係ではあるが、ただ、今の大賢者様は、我々の勇者様の扱いが軽すぎるのではないかと時折心配になる者が居ることも否定できない。


 かの私がそうだ。


 ―現大賢者様は、もう少し我らがアルフガルド様との接し方を改めるべきではないかしら。


 闘技場へ歩み出た私は、天高く聳える闘技場の桟敷席、その見えない影の奥にあらせられるはずの、勇者を仰ぎ見る。

 北天の座に位置するそれは、真上に昇りつつある陽の光で、より暗くより遠く見えていた。




 闘技場という舞台に、5人の候補者が出そろう。

 勿論、そのうちの二人は私とヨモウ、勇者省の人間。


 先日のうちに賢者省から、既に闘技場に術式が組み込まれているから注意するように、とは聞かされていたが、どう見ても絶対お前だろうというあからさまな術者が一人、候補者に混ざっている。

 何をしでかすかは分かったものではないが、何故昨日のうちに処分しないのかと言うところに、賢者省の甘さが出ているのではないかと勘繰ってしまう。

 我々の勇者アルフガルド様の判断であったなら、既にこのような茶番も不要な気がしてしまうのだけれども。


 その時、客席から歓声が上がる。


 ―おいでになられた。


 遠く高見の存在。

 我々の憧れ。

 現勇者、アルフガルド・ヴァン・エルゼンフォート、その人が。


 彼のお方のその姿を見るのは先日の就任式以来だが、この距離が、それを狂おしい程に愛しく懐かしく思い出される。

 しかし、私と勇者との距離は、こんなものでは無い。

 実際の距離と言う意味ではなく、実力の意味で、私はあの方の見える距離には居ない。

 いや、どんなに離れた距離でもあのお方なら、どんなものでも見付けてしまうのだろうけれども。


 かの偉大なる勇者が席へ着くと、早速公募試合の口上が始まった。

 <暁の月>代表、ゼノス・アルン独立自治区で亜獣人族の地位を勝ち取ったとまで言われるその人、いや、人…というか猫と言う方が正しいのだろうか。

 亜獣人族のキャス・ニオ氏だ。

 彼女は、亜獣人族でありながら、その管理能力の高さと対応力、何より要領の良さを2省共々高く評価されての、冒険者組合代表就任であったと聞く。

 語尾がところどころ聞きにくい口上を聞き流しながら、私はため息交じりの呼吸を改める。


 そろそろ仕事の時間だ。


 キャス・ニオ氏の退場と共に、我々は各々距離を取る。

 何を仕掛けるにでも十二分な間合いを取れるその位置、そこからが御前試合の始まりだ。

 審査官、とは言え、もちろんただ黙って観ている訳ではない。

 こちらから仕掛けることも、仕事の一つ。

 いっそ、ヨモウに仕掛けてみようかと興味本位の本能が一瞬顔を覗かせたが、御前試合で魅せる者は一つ。

 短距離・近距離の戦力と言われるこの剣士である私が、如何に遠距離武器を素早く鎮めるか、だ。



 ◆◆◆



 ―ありゃ、姐さん、真っ先に弓使いに走るな。


 ヨモウは彼女を古くから知る一人であった。


 このゼノス・アルン独立自治区に生まれ、幼少期から勇者の威光に当てられて育ってきた者にとって、ここでの仕事はまさに憧れそのもの。

 だが、2年に一度、地方広くから登用を焦がれて公募試合に優秀な者たちが集うこともあり、いくら精霊の加護あるこのご時世だとしても、女性が戦士として活躍するにはそれは余りに狭き門の一つであった。


 だから彼女は、自分にしかできない剣術を突き詰めた。

 ルミナ・ルベルツという女剣士が生き残る道を、彼女は彼女自身で導き出したのだった。

 軽量かつ携帯性・機敏性に優れる小型の円盾に、断ち切るための幅広の剣。

 相手の繰り出す一撃一撃を小型の盾で丁寧にいなし、懐に潜り込み断ち切る。

 それは、女性らしくも剣士らしい、ルミナ・ルベルツとしての戦い方だ。

 そしてその努力の結果が、現在の「金色の鷹団」の旅団長、なのであるが。


 ヨモウは、彼女が旅団長となった今でも、功を焦るキライがあることを疑わない。

 自身が中央に来てからの付き合いとは言え、もう数年、彼女の部下をやっているヨモウは、多くの戦士たちがそうであるように、彼女も例外ではないと知っている。


 そんな上司の動きを読み、ヨモウは、上手くその間に入るか否かを決めかねて居たのだった。


 ―弓に矢を番え直すその時、そこが勝負時だな。


 とは言え、相手の弓使いも女性でありながらこの御前試合の瞬間まで残ってきた一人。

 油断は禁物であり、これも経験則から学んだことであるが、戦いにおいて「見えているものが全てではない」ということだ。

 ヨモウは、自慢の槍を構え直す。


 一瞬の静寂の後。

 まるで空気が捻じれるかのような波動が彼らを襲った。

 身体の中身だけが吹き飛ばされるような、奇妙な悪寒が走る。

 激しい爆発音がしたかと思うと、闘技場の中央には瓦礫の柱が立ち並び、視界を覆う程の砂埃が舞う。


 ―ちっ。賢者省め、手を抜きやがって。


 ヨモウは槍を構えたまま次の衝撃に備えた。


 闘技場に現れたのは、その闘技場の高さを凌ぐほどの巨大な土人形と、そして自分と大差ない巨大な百足が、その地を覆う程に溢れ出ていたのだった。


「うあっ!」


 流石のヨモウも、これには声を出した。

 目前の大地が、赤い頭部と黒い外甲殻を持つ巨大な百足に覆われるまで、それは束の間。

 過去いくばくかの戦地で魔術師や魔物を相手に戦ってきたことのあるヨモウにとっても、初めての経験であった。





 ◆◆◆


 一瞬で目の前に広がった、黒い海。黒光りする巨大な蟲の海。

 流石に目を反らしたいが、これは現実だ。


 ―あの賢者省め!何が魔術式が仕込んであるから気を付けろだ!


 私は呪いの言葉を吐きたいのを堪え、現状を把握する。

 あの老人もどきの男が、恐らくは自らの命を犠牲に、このような魔術式を展開した…?

 確証はなかった。

 だが、今私に課せられたのは、残る3人の安否を確認、確保すること。

 まずは監査官である自分の仕事を優先しなければ。


 黒いうねりからその首をもたげ、大百足は散り散りに動き出す。

 観客席に関しては心配することはない。

 この闘技場の守りは、何せ鉄壁だ。

 私がかつてこの闘技場で、候補者として戦った時にも見たが、それは見事な魔術式で防御構築がなされていたのだった。

 あれは今になって思うが、賢者省の技術というよりその安全性を配慮したであろう勇者省の英断に違いない、と。


 ―思い出に耽る暇は、流石に無い。


 私は剣を抜き、目の前の脅威の排除を開始する。

 巨大な土人形は嫌でもその視界に入るが、それを私は直ぐに意識から外す。

 そう、あれが何体いようと気に掛ける必要は全くない。

 ここは『勇者の御前』なのだから。


 観客の悲鳴が一斉に歓喜の声に代わるのは、時間の問題。

 私はそれを聞くまで、目の前のことに集中すればいい。


 ―ああ、もう、あの大賢者め!


 その時、精霊の囁く声が耳をかすめた。

 恐らくは、ほぼ同時であったろう。

 私達が状況を把握して動くよりも先に、その『加護』は与えられた。

 いや、これが本物の『魔法』なのかもしれない。


 身体能力強化。

 敏捷性と機敏性、瞬発力が自分の持つそれより跳ね上がる。

 蟲独特の毒に対する耐性強化、更には武器と防具に宿る加護。


 正直言って。

 私はこの『加護』が好きではない。

 自分の力を過信してしまうから。

 とは言え、今はそんなことを言っている場合ではない。

 つまりは『戦え』と、命令されたと同意なのだ。


 精霊の起こす風で視界が徐々に開けて行く。

 剣を持ち直す手に力が入る。

 そして視界が開けた先、その空に。

 我らが勇者省がその頂点、現勇者、アルフガルド・ヴァン・エルゼンフォートの飛翔する姿が、そこに、あった。



 ◆◆◆



 ―槍で相手するには面倒な相手だ。


 ヨモウはそれでも、大百足の外甲殻、そのつなぎ目を狙う。

 巨大だろうが所詮は蟲。

 神経節の中心を狙えば動けなくなるし、頭部を貫きさえすれば仕留められる確率は格段に高い。

 もちろん状況が許せば、外甲殻に包まれていない腹部を狙うという手段もあるのだが。


 ある程度の覚悟を決めたヨモウだったが、それもすぐ杞憂に代わる。


 ―有難い!


 身体に感じる溢れんばかりの『加護』の力。

 ヨモウのような槍使いにとって、精霊の加護を身に受けての戦闘は渡りに船。

 ただ、ヨモウには、ルミナとは別の理由でこの加護を嫌がる理由があった。


 ―これだけ強化されちまうとなぁ…切れた時の筋肉痛が怖いもんだ!


 魔術式でも精霊の加護でも、そして魔法だとしても、人体強化は一時的な効果しかもたらさない。

 更にその一時的な身体強化は大体、生身の肉体に圧縮された負荷を促す。

 何が起きるかと言えば、その負荷は、鍛えた戦士でさえ顔を苦痛に歪めるほどの痛みとなって、別の言い方をするところの筋肉痛となって襲ってくるのである。

 正直なところ、痛み止めを処方される者も少なくはない。

 勇者省には、この筋肉痛が良いのだという、変わり者がその実多いことをヨモウ走っている。

 身近な一人、元上司でこの先も恐らく上司になるであろう、ルミナ・ルベルツもその一人だったからだ。


 明日来るであろう筋肉痛に目を瞑り、槍を振るう。

 ただその刹那、空が開ける。

 かの勇者が空から降ってきたのだった。


 勇者省で働く者誰であれ、その間近で勇者の戦いを見られるものは、極少数。

 理由はいくつかあるが、その一つは、一瞬のこと過ぎて視認することが出来ないから、であった。

 例えばこの今、砂埃が巻き起こり、土塊の塔が聳え立ち、足元に巨大な大百足が溢れてから、空が晴れるまでのその間。

 何が起きたかを正確にしるものは、あの桟敷席に居たであろう勇者と大賢者の二人のみであったろう。


 ヨモウ自身も、決して気を抜いて居た訳ではないが、気が付けばそんな様子だった。

 そして、観客席から巻き起こる大歓声。

 再び視界が開けたそこに見えたのは、かの勇者が、立ち去る後ろ姿だけであった。



 ◆◆◆



 ◆ルミナ・ルベルツ

 ゼノス・アルン独立自治区内出身。かの勇者に憧れ、女性でありながら戦士としての登用を覚悟し、剣士として活躍。

 小さな円盾・バックラーとブロードソードでの剣術に秀でており、「戦士は盾持ちのみ」という常識を覆した一人。現在は、勇者省直轄「金色の鷹団」を構成する十余名ほどの旅団長に任命された。


 ◆ヨモウ・リウス

 ゼノス・アルン独立自治区外地出身で、幼い頃から行商人に付き添い、槍の腕を磨いてきた。

 当然、槍と言えば騎馬兵を相手にするものと言われてきたが、ヨモウが南で覚えたマーシャルアーツはそれだけに及ばず、1対多の対人戦でも有効なことを示した。

 粗野な男だが、やる時はやる。オッサン臭いがまだ二十代。


◆キャス・ニオ

冒険者組合<暁の月>代表、亜獣人族。猫耳。

ゼノス・アルン独立自治区において亜獣人族の地位を確立した一人。

何かと差別される亜獣人族でありながら、その管理能力の高さと対応力、何より要領の良さを2省共々高く評価され、所謂ギルド長へ就任。

その仕事ぶりは素晴らしいものだが、語尾に「ニャ」が付くため、その発言はやや聞き取りにくい。












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魔物日誌<モンスターレポート> 小屋野ハンナ @co-inux

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