思い出を見て
青鉛鉱のミネオールの前に置かれた展示パネルには、オーナーであった男性との思い出が書かれている。ここに書かれていることだけが、このミネオールとオーナーとの思い出の全てではないだろうけれども、このパネルに書かれた短いキャプションを読むだけでも、この人形がどれだけオーナーの男性とその家族に愛されていたかが伝わってくる。
展示パネルから視線を上げて、もう一度青鉛鉱のミネオールを眺める。それから、展示室の中をぐるりと見渡した。
ここに置かれているミネオールは、みなその一生の中にあった出来事に差違があるとはいえ、みなオーナーに愛され、愛情を一身に受けたまま、しあわせのうちにオーナーを残して神様の元へと旅立っていったという点は同じだ。
色とりどりのミネオールを見て、僕は自分の手を見る。一見堅牢にできているように見えるけれども、水や炎に弱い、パルプでできた手。僕も鉱物を食べて生きるクレイドールやミネオールと同じように、パルプを食べて生きるパルプドールだ。
そう、オーナーに大切にされ、愛されてその一生を過ごすということも、クレイドールやミネオールと同じだ。僕も今、オーナーから大きな愛を与えられているという実感はあるし、僕もオーナーを愛している。
けれども不安になるのだ。僕が最期を迎えたあと、誰かに覚えていてもらえるのだろうかと。僕のことを覚えていて、思い出してくれる人間がいるのだろうか。
年老いた今のオーナーと、今までに僕を大切にしてくれたオーナーのことを思い出す。みな人生の最期の時に僕が立ち会うと、嬉しそうに笑って旅立っていった。僕はきっと、何人ものオーナーの最期のしあわせを叶えることができていたのだと思う。けれども、そのことを思い出すと悲しくなるのだ。
僕達パルプドールの寿命は永い。火災や水害、その他の事故などに巻き込まれない限りは、ずっと生き続ける僕達の命は、長いのではなく永いのだ。
僕はさいわいにも、今まで事故に巻き込まれることがなく生きながらえているけれども、それ故に、何人もの自分のオーナーを見送ってきた。この星で出会ったクレイドールもミネオールも、そしてそのオーナーすらも、気がつけば僕の前からはいなくなっていく。永い命を持った僕は、いつだって見送る側なのだ。
人間よりもずっと短い命を持ったクレイドールがミネオールになって、新しい自分になった瞬間をどう思うのか。オーナーとの毎日を続けられると知った時の喜びをどう思うのか。きっととてつもなく大きいであろうその喜びを、僕はただ伝え聞くことしかできない。自分で実感することはできない。もっとも、ミネオールもオーナーを喪うということを実感できないのだろうけれども、それならそれでしあわせなことだと僕は思う。
僕は今まで関わってきた人間と、人形の、その重すぎるほどの思い出を抱えたまま、新しい自分になることは叶わないのだ。
青鉛鉱はガーベラと歌う 藤和 @towa49666
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます