18:夜見の書架は今日も続く
一方こちらは夜見の書架、そのサロンスペース。
べルノと、夜見の書架の常連作家が集う場所だ。
べルノは光の扉を開けその場所へと戻ってきたのだ。
「ふぅ、ただいま戻りました」
彼がそう告げれば帰ってきたのは出立時と同じ顔ぶれの人々からの声だった。
「おかえりなさい」と少女ゴリラ、
「お疲れさん」とペンギンの根来、
「意外と早かったですね」とアイコン頭の中村、
「どうでした?」とウエスタンガールのモチヲが問い、
「その様子ではうまくいったみたいですね」とシュミーズドレス姿の澁澤が訊ね、
「ご無事でお帰りになられて何よりです」とスーツ姿のたんげつが言った。
流れるようにかけられる言葉を聞きながらべルノは、外出用の衣装を脱ぎ、ラウンドテーブルの席の一つに腰を掛けた。
「少々予定外の事態も起きましたが、なんとか無事に治りましたよ。ルストさんも本来の物語の流れにお返しすることができました。これで万事解決です」
べルノのその言葉にモチヲが言う。
「そのようですね」
そう言いながら彼女は空間にモニター画面を開いた。それはとある投稿サイトに公開されているWeb小説だった。
澁澤が言う。
「あら、旋風のルスト」
「ええ、更新再開の告知がされてるんです」
中村も反応する。
「ほう? 一週間の書き溜めか。ずいぶん思い切ったことをやるな」
根来も言う。
「彼らしいと言えば彼らしいね。それに短期間での集中力がすごいな」
そこにたんげつが言った。
「何にせよ、調子が戻ったのであれば何よりです。ちょっと羨ましいかな」
べルノが言った。
「おや、たんげつさんもスランプですか?」
「ええ、ちょっとね」
「どうしても創作上、思うようにならない時は、心の矛先をそらしてみることですよ。視点が変われば思わぬ発見があるものです」
べルノはそう言いつつ、旋風のルストの更新状況を眺めていた。
「ほう? ずいぶんと大胆に大幅に改訂するんですね。1章2章のほぼ全体、さらにはエピローグとして公開されていた部分を一旦削除して新たに第4章をリスタート――、ほうほう。これは期待が持てそうだ」
すると中村がチクリと指摘する。
「こんなに大幅に手を加えてしまうのでは、離れる読者もいるんじゃないかなぁ」
だがそこに根来が言う。
「そこは作家さん自身の考え方によるんじゃないかな? 一度発表したものはすでに読んだ人のことを考えて手を加えない人もいれば、とにかく良質のものをと徹底的に手直しをする人もいる」
澁澤が微笑みながら言った。
「美風さんは納得のいくまで手を加えるタイプですよね」
中村がため息まじりに言った。
「放っておくとどこまで手を加えるのか見ていて心配になりますけどね」
モチヲが言う。
「でも、私は好きだな。新しい物語が何度も楽しめて。それに手直しするたびに新しい発見が必ずあるんです」
そして少女ゴリラの彼女が言った。
「へぇ、それじゃあ今からでも読み始めても間に合いますね。私も読み始めてみようかな」
モチヲが言った。
「ええ、ぜひ!」
彼らの会話を見守りながらべルノはルストたちと一緒に戦いの場に身を置いたあの時のことを思い出していた。
「それぞれの運命か」
誰にも聞こえないようにそっとつぶやく。
画面の上に展開された小説小説の文面の向こうにルストたちの足跡とその活躍の光景が浮かび上がる。
「ルストさん、マドカさん、ご武運を」
物語世界の向こう側で彼らは今も戦っている。
その過酷な運命を感じずにはいられなかった。
「それにしても旋風のルストの世界って」
べルノの声が皆の視線を集める。
「思ったよりも油断のならない世界だったんですね」
モチヲが問う。
「そうですか?」
「ええ、物語というのは、表向きのところだけでなくその深奥につながる部分まで読み解くと意外な光景が見えてくるものですから」
たんげつが問う。
「例えば?」
「旋風のルストの場合は【戦争】ですね。単なる冒険ものではなく民族と民族の思惑や因縁が絡み合う過酷な戦争が影を落としている。それがこの旋風のルストと言う物語のもう一つの姿なんです」
べルノは感じていた。この物語の世界観の中には〝戦争〟と言う事実が根深く刻まれていることに。それでも不安には思わない。
「でも、彼女たちなら勝利するでしょう」
そう確信めいた言葉を語るベルノだったが、中村から疑問が投げかけられた。
「そう言えば、不思議だったんですが」
「はい? なんでしょう?」
反応するベルノに中村は言う。
「あの時、なぜルストさんがこのベルノさんの夜見の書架に現れたんでしょう? その理由がずっと引っかかってたんです」
「あぁ、そのことですか。難しいことではありませんよ」
ベルノは軽く吐息を吐きながら答えた。
「私が夜見の書架の放送で紹介してその作品が書架に所蔵されることで、私の存在するこの仮想空間に紹介対象となった作品の物語世界が〝紐付け〟されるんです。まれに作品世界の中で行き場を失った登場人物が迷い込んでくるんです」
澁澤が驚きの声を上げた。
「登場人物たちがですか? 今までにも?」
「えぇ、そうです。今までにも何度もありました。そう言うときはほぼ例外なく作者さんは追い詰められている。それにより物語世界が良い方に進まなくなり、登場人物も行き場を失う。そして窮地に陥った彼らは救いを求めてこの私の管理する夜見の書架の空間へと迷い込むんです」
ペンギンの根来が言う。
「それで今回みたいに保護をするんだ」
「えぇ、生みの親である作者さんをお招きして私と登場人物との3者で話し合いをし、意見調整の後に登場人物を物語世界へと帰れるようにお送りします。まさに今回のようにね」
たんげつとモチヲが顔を見合わせて頷いた。
「なるほどそう言うことだったんだ」
「どうりで手慣れてると思いました」
「でも、ただ送っていけばいいわけではないのでしょう?」
たんげつの疑問にベルノは答える。
「まぁね、その物語世界の中で問題を解決して、本来のシナリオ通りに戻さなければならない。ときには荒事にぶち当たるときもあります。でもまぁ、なんとか解決してきましたけどね」
そう意味深に語りつつベルノは自らの右手を見つめて掌を閉じたり開いたりしていた。まるで自らの手でなにかの力を行使しているかのように。その仕草が何を意味するのか、訊ねる者は居なかった。
「さて、次の予定は――と?」
ベルノは語り終えると、自らの放送予定のタイムスケジュールを確認する。
「おっと! いけない! 今日は夜9時から、新人の朗読系Vtuberさんとのコラボの予定だったんだ! 急いで準備しないと!」
するとちょうど少女ゴリラの彼女が一杯のコーヒーを持ってきたとこだった。
「べルノさーん、コーヒー」
「ああ、ハイハイ」
コーヒーカップを受け取り急いで飲み干す。
「ごちそうさまです。それでは行ってきます!」
慌ただしくスタジオへと向かうべルノに声がかけられた。
「お気をつけて」
「頑張ってくださいね!」
ベルノを見送ると根来は言った。
「それじゃあ僕たちもそれぞれの創作に戻ろうか!」
「ええ、そうですね」
澁澤も静かに立ち上がりながらそう答えた。
その言葉が合図となり、サロンに集まっていた彼らはそれぞれの活躍の場へと戻っていく。
「それでは失礼します」と中村、
「お疲れ様です」とたんげつ、
「それじゃまたね」とモチヲ、
「それでは」と澁澤、
彼らを見送りながら少女ゴリラの彼女はコーヒーカップを片付けていた。
根来が言う。
「手伝おうか?」
「ありがとうございます」
二人は仲良く後片付けを始めた。そしてその後に彼らも自分たちの場所へと戻っていった。
それからベルノは放送を始めていた。
「ちょっとまってくださいね、設定が――っと、これで良しと」
観客もネットの向こう側に続々と到着している。
「はい、本日は先月から読書系Vtuberとして活動を始められました新人さんをお招きして合同で読書実況をしようという企画になっております! ハイ! 中村さん! 澁澤さん! いらっしゃい! これからまだ始まるところなのでまだまだ間に合いますよ!」
軽妙かつテンポのいい語り口が観客を盛り上げる。コメント欄にはメッセージが飛び交っていた。
夜見の書架は今日も盛り上がろうとしていた。
そして――
彼らの活躍と創作は今日も続いている。
旋風のルスト・2次創作コラボ外伝ストーリー集 美風慶伍@旋風のルスト/新・旋風のルスト @sasatsuki_fuhun
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