第4話 館と竜

 絵画に触れると温かい水に包まれているような、そんな気がした。

 かすかに聞こえる声が徐々にはっきり聞こえ始め、私は目を開けた。


『やっと起きたの?』


 そう呟く声に、その姿に私は息をのんだ。

 目の前に母の姿があったのだ。

 だが、私の知っている母よりだいぶ若く見えた。腰まであった長い髪は、胸くらいまでしかなかった。


『うるさい、何度来ても同じだ。早く帰れ。何度も言ってるがこの館は渡さんしお前と契約などもしない』

『またそんなつれないこと言っちゃって、でも私も諦めないわ、だってこの館気に入っちゃったんですもの!』


 母が語りかける方を見るとそこには竜がいた。館より断然大きな竜がいたのだ。

 鱗は赤く、鋭い爪と牙を持っていて何とも恐ろしい姿の竜だが、その眼はどこか優しく温かかった。


『......お前は本当に口うるさいな。いいからさっさと帰れ』

『はいはい、わかったわよ! そういえばあなたは名前は?』

『教えん』

『えー!!? じゃあ意地でも言わせてやるんだから覚悟しなさいよっ!』


 ......これは館の記憶なのだろうか。無邪気にはしゃぐ若き母の姿。そしてこの館を守る竜こそが真の館の正体。であれば、なぜ母は竜を絵画へ閉じ込めのたのだろう。館の記憶を辿ればいつかその意味がわかるだろうか。

 そしてある時、繰り返す平和な日常を壊すかのような突然大きな音とともに館が炎に包まれた。

 館の周りには黒いローブを被った沢山の人がいた。その人たちは呪文を唱えるとさらに館に火をつけた。

 怒り狂った竜はローブの男たちを次々なぎ倒した。が、呪文のせいだろうか。竜は見えない鎖で縛られたように突然倒れてしまった。固く頑丈な鱗は剥がれ落ち、酷く傷ついていた。

 ......なんてひどいことをするのだろうか。私は怒りで手が震えた。

 そこへ息を切らしながら母が駆けつけたのだ。


『そんなっ......なんて事をっ! あなたたち何者なの、ここは普通の魔術師では見つけられないはずよ』


 母はローブの男たちを睨んだ。

 男たちのリーダーらしき人が声を上げた。


『これはこれは......魔法界で名を馳せているエリサ・ウィンストンではないですか。あなたの噂はかねがね......素晴らしい方にお会いできて光栄です』

『そんなことどうでもいいわ、質問に答えなさい』

『そう焦らなくとも......我々は館を燃やすつもりなどなかったんですよ?そこの竜が大人しく捕まっていてくれれば燃やさずに済んだのです』


 母の眉間にしわが寄った。

 今まで本気で怒った母の姿を一度も見たことがなかった。そんな母が表情を歪ませ今にも殺しそうな目つきで怒っているのだ。


『それで? 竜をどうするつもり? 闇市にでも売って金にする? それか薬の材料にでもするつもり?............あなた達、私に殺されたいの?』


 母は一瞬にして男の懐に入り首を掴んだ。あまりの速さに動くことすらできなかった。


『ここは高度な結界で守られている神聖な場所よ、この攻撃すらかわせないあなた達程度が解読できる術式ではないわ、誰の助言?』

『ぐっ......サ、リー...ルジャー......』


 __サリー・ルジャー。昔母に読んでもらった本に出てくる名前だった。

 本の中では彼女は悪名高く、気に入ったものはどんな手を使っても手に入れようとする癖があった。だがそれは本の中の話だと思っていたが...。


『......そう、サリーね。彼女なら頭が良いもの結界を壊すのも容易いでしょうね......』


 母の男の首を絞める手が強まった。


『たとえ彼女であっても竜も館も渡さないわ。この子は私の友達よ、死にたい奴からかかってきなっ!』


 大人数の魔術師を相手に立ち向かう母の姿はとても勇ましくかっこよかった。

 見た目こそ若いがまっすぐ見つめる瞳は私の知る母そのものだった。


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灰と透明な花束 渋谷青 @sibuya002

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