山の校長先生

上月くるを

山の校長先生




 ――入学式の付き添いは、子どもひとりにつき保護者ひとりでお願いします。

 

 小学校へ入学する子どものいるヒトの家庭へ、そんな案内状が届きました。


 仕方ないよね、ウィルス蔓延中だから。当然、出席はわたしだよね。いやいや、ぼくだって見たいよ、うちのお嬢の晴れすがた。だって、しょうがないでしょう、おひとりさま限定なんだから。だからぁ、なんでママが行くって決めつけるわけ?ちょっと待って、あたしだって行きたいよって、おばあちゃんが出て来ちゃったらさらにややこしくなる……各家庭では蜂の巣を突いたような騒ぎになっています。

 

      *

 

 その様子を東山の頂上から見ていた山の神さまは「おしっ!」手を打ちました。

 

 ――この機会に、わが山の動物学校も大いにイノベーションするとしよう!

 

 なにしろ昨今の入学式ときたら派手になる一方でして、クマもキツネもタヌキもイノシシもリスもモモンガもフクロウもキツツキも、どこの家も一家揃ってやって来るのです。講堂に入りきらないので、急きょ、校庭に変更した年まであります。


 子や孫の成長を祝いたいという気持ち、わからないではありませんが、そのかげでシングルファーザーやシングルマザーの子、いろいろな事情があって養護施設で育てられている子、子ども病院に入院している子などは、どれだけさびしい思いをしていることか……それを思うたびに、山の神さまの胸はチクチクするのでした。

 

      *

 

 で、この際、神としての禁じ手をつかうことにしたのです。 ヾ(@⌒―⌒@)ノ


 神ボスの大国主命おおくにぬしのみことに知られたら大目玉を食らうでしょうけれど、なあに、そのときはそのとき「わたしには記憶がございませんが、はてさて、だれがそのようなことを。じつに怪しからんですな。ですが、いまさら仕方がありませんからここは前向きに、太っ腹な神ボスのアピールに絶好のチャンスとして、このまま進めるのが穏当かと存じます」とでも言い訳しようと、なかなかに用意周到なんですね。

 

 ――来たる来年度より、わが山の動物学校では、入学式、卒業式、授業参観日、運動会などの各種行事は、そのことごとくをオンラインで行うことに変更します。

 

 まずはそういう文案を考えましたが、われながら、これではいささか変革が急に過ぎるような気がしましたので、あれこれ迷った末に、全面的に練り直しました。

 

 ――ご参加は各家庭おひとりさま限定です。服装は華美にならず、おしゃべりも控えめに。なお、公正な社会人として「うちの子」一辺倒は利己的な指向とお心得いただき、写真や動画撮影、応援など、すべての子どもに平等にご配意ください。


 あ、申し遅れましたが、山の神さまは動物学校の校長先生でもあります。それに山の動物学校は、今年度、めでたく創立20周年を迎えましたので、21年目に当たる来年度は、大胆な変革へのスタートとして格好の年度ということになります。


 これでいい、さっそく配布しようと考えながら、山の神兼校長先生は「そうだ、この際、教職員の役割分担のイノベーションも同時に行おう」と思いつきました。


 たとえば教頭先生は「おかあさん係」、教務主任は「にいさん、ねえさん係」。


 ほかに「先生あのね係」「ひとりぼっちにしない係」「ゆっくり行動する派係」「だっこしちゃいます係」「今日はがんばりたくないぞ係」「水泳の苦手な子この指とまれ係」「逆上がりのコツ教えたるぜ係」「跳び箱ひらり跳んじゃいます係」「お絵描き大好きっ子係」「DIY好き集まれ係」「般若心経書写係」「のど自慢係」「バンド組んじゃいます係」など、先生方にはひとり何役もこなしてもらいます。


 もちろん、校長先生自身も「おとうさん係」と呼んでもらうつもりでいます。

 

      *

 

 山の神兼校長先生は、春休みでだれも出勤していない職員室で印刷した配布物を会議用の大テーブルに、1枚ずつていねいに並べると、受け取ったものをやさしい気持ちにさせずにおかない、おまじないの金の粉をパラパラと振りかけました。👼

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