021 オペレーション・ハルパー


 2機のヘリが山脈の向こうから帰投する。


「……もう戻ってきた。やはり速い」

 空母〈アーノルド・モーガン〉艦橋より外を眺める高柳。


 太陽の日差しが照りつける昼前。冷帯気候とはいえ、夏季のカラッとした陽気は汗ばむほどに暑い。


『高柳さん、甲板へ向かいましょうか』

『おお、ノラン大佐。よろしいのですかな』


『ええ、私も向かいますので、ご一緒に』


 ノラン大佐に誘われ、共に甲板へと向かう。




「――長官、おかえりなさい」

 ヘリの爆音とダウンウォッシュ下降気流が吹き荒れる中、高柳達は甲板上で整列し、マクドナルドと山本達を出迎える。


「ただいま、高柳さん。作戦が決まったのでね、早々と動こう」

 敬礼を交わした後、一同は早足に移動を開始した。


「うむ。せっかくなので高柳少将、山本大将殿と一緒に軍司令部指揮所へ」

「……は? はい」

 日本語だ。

 すぐに理屈が解ったとはいえ、やはりマクドナルドが日本語を話している姿は新鮮である。


 ――まあ、やはりあのクリスタルを使うのが道理か。しかしノラン大佐の驚きようがすごい……。


 当のノラン大佐は尻目にマクドナルド中将を眺め、面構えだけ冷静に装ったまま硬直している。

 クリスタルの概念がまだ薄いし、驚くのも仕方がないだろう。しかし今は中将の目の前だ。立場上下手な発言をする訳にも行かず、ただただ絶句するしかないようであった――。




『た、高柳さん、先程のは例の……』

 先を歩くマクドナルドの視線の合間を縫い、ノラン大佐が高柳へ囁きかける。


『ええ、大佐。先の会議で話題に挙げさせて頂いた、クリスタルの効果と見て間違いなさそうですな』

『そうですか。いやはや、あのマクドナルド中将が日本語なんて――』

 カナダ系の両親を持つマクドナルド。

 所属艦隊が違うとはいえ、世界最強とも言われる第7艦隊を率いる司令官だ。その名は米海軍中に知れ渡っている。

 彼は生粋のイングリッシュスピーカーであり、日本語が得意などという話は聞いた事が無かったし、今までそんな素振りを見た事も無かった。




『――フフフ、聞こえているぞ、大佐』

『……うっ! し、失礼しました。中将』

 キレのよい座った目つきが丸くなり、明らかに焦りの表情を浮かべるノラン大佐。

 それを見たマクドナルドは薄らと笑い、悟ったように口を開く。


『多くの場面において多弁な者は有能と判断されがちだ。だが、私はその限りでは無いと考えている』

 どれだけ語学力に長けていたとしても、言語というモノはネイティブでなければ伝わらない細かいニュアンスが存在する。


『中途半端な語学力は言葉の綾を生んでしまい兼ねない。それが正確な指揮の妨げになる場合もある』

 事実、外国人メジャーリーガーの多くは難なく英会話をこなせるが、投手コーチとの会話や、メディア対応においては通訳を介している事が少なく無い。

 自分の意図する事を100パーセント伝えるという事は簡単なようで難しい。それだけ的確な言葉選びが必要となるからだ。


 多くの米軍幹部にとって、ケビン・マクドナルド中将という人物は指揮官として完璧だった。

 それは、聞き入れた言葉の断片から意思や意味合いを皆まで汲み取り、最小限の言葉で最大限の策を伝達する能力に長けていたからだ。


 頭の回転の速さはもとより、使用している言語の隅々まで把握しているからこそ成し遂げられる芸当だった。それが必要だと自覚していたからこそ、敢えてマクドナルドは母国語のみでのコミュニケーションに執着していたのである。


『……はっ! そのお話はよく拝聴しております。幸いにも我々の母国語は英語。公用語として最も有利な言語の一つです』

『その通りだ』


「……ふうむ、通訳としての我々の役割は早々に御免となってしまいそうだ」

 高柳は思わず両腕を組み、ほんの少しのため息と共に項垂れる。


「ハッハッハ、そうだな、高柳少将。今や私は日本語やミュケシア語も同等に扱える。外交だって私に任せてくれても構わんよ」

 鼻高々と語るマクドナルド。


「っふふ、魔法が存在する世界とは奇異なモノですな。例のクリスタルは驚異的な効力を発揮している」

 王国との交渉の仲介役を買って出ようかとも思っていたが、これではすぐに失職してしまいそうだ――。






「――おおい、タマネギできたか?」

「はい、坂元2曹、全部剥き終わりました」

 まや型ミサイル護衛艦〈たるまえ〉の調理室。昼食の準備が着々と進んでいる。


「しかし、偵察任務だって聞いてたんだけれど、結局のところ待機なんだな」

「そうですねえ。米軍の艦が2隻ほど離れて行ったようですけど、他は皆クレタ港周辺に留まってますよね」

 大量の真っ白な剥きタマネギを手渡しながら、坂元と後輩の給養員が任務への疑問をぶつけ合う。

 昨夜、急遽の偵察任務だと艦へ戻るよう命じられたっきり、とりわけ目立った指示は無いままだからだ。


「おう、お前ら、手が止まってるんじゃねえか」

「あっ、すみません」

 話に夢中になるあまり、ほんの少し動作が停滞してしまった。調理員長からの注意が飛ぶ。

 料理は時間との勝負であり、工程が1つ遅れれば艦の昼食開始時間に影響が出てしまいかねない。給養員の仕事は忙しいのだ。


「喋っても良いけど、手は動かせよ。……まあ、俺も今回の任務は気になっているけどな」

「は、はい。気をつけます。……これは何の待機なんでしょうね」

 坂元は調理員長と会話を続けながら、受け取った玉ねぎを手際よく一口大に切って行く。


「単なる偵察で、全艦が待機するなんてよくわからないですよね……」

 早朝から仕込んでいるスープストックのアクを取りながら、後輩の給養員も会話に参加する。同時に、彼女は深めの蒸気釜へカットした鶏肉を入れ、サラダ油で炒めておいた刻みニンニクと共に火を通して行く。


「停泊しているのは、輸送艦くらいなもんか」

 ワスプ級強襲揚陸艦〈ガダルカナル〉と、おおすみ型輸送艦〈のと〉が引き続き停泊しているが、その他の艦は全て周辺海域での待機を命じられているだけだ。


「……やっぱり、攻撃体勢に入ってるんじゃないですか? 山本大将達が乗っていた戦艦大和はボロボロだったらしいですし、この国はもしかしたら戦争中なのかも」

 表面の焼けた鶏肉とニンニクの香ばしい香りが漂い始める。引き続き、彼女はニンジン、ジャガイモ、タマネギの順に具材を投入し、バターを加え火を通して行く。


「そうだよなぁ。出航して行った米軍艦は何だったか分かるか?」

 調理員長がフライパンをIHヒーターにかけ、フレーク状に刻んだ市販のカレールゥを焙煎しながら会話を続ける。


「ええと、確か、タイコンデロガ級とアーレイ・バーク級だったとか」

 程よく具材に火が通り、こんがりときつね色に仕上がって来た。続いて彼女は赤ワインと白ワインを取り出し、煮切りながら全体へ絡めるように注いで行く。


「うーん、その編成は実戦任務もこなせるよな。偵察なら航空機を出せば良いはずだし……」

 坂元が炊き上がった白米を炊飯ジャーから取り出し、配膳用の保温容器へ入れ替える。大量に用意するため、入れ替える度に蒸気が調理室内いっぱいに広がり、蒸し暑さが増して行く。


「そうだな。何にせよ、ここは異世界だってのは間違いないようだし、我々の居場所を守る為にも行動は必要なんだろう」

 調理員長が焙煎したカレーフレークを蒸気釜へ入れ、焦げ付かないように後輩給養員が掻き混ぜながら加水する――。




「――出来た!」

 今日は金曜日。この異世界での暦と一致しているかは判らないが、元居た世界の曜日感覚を失わぬ為にも週末のカレーは欠かせない。


「うん、美味い」

「……うん! やっぱり〈たるまえ〉のカレーは最高ですねっ」

 昼食まで1時間弱。サラダ用の野菜も仕込み終えた。カレーの加熱を止め、余熱を取ってほんのりコクが出るよう休ませておく。

 味見がてら、出来上がったカレーに舌鼓を打つ坂元達――。


{――自衛隊艦艇の諸君、聞こえるかね。私はケビン・マクドナルド中将だ}

 艦内へアナウンスが響く。マクドナルド中将の声だ。


「へえ? 中将って日本語喋れたんだ?」

 カレーをすくったスプーンを咥えながら、アナウンスへ聞き耳を立てる後輩給養員。


「すごいな。まるで日本人並みにネイティブだ」

 坂元もカレーを入れた器を持ったまま、マクドナルド中将のアナウンスへ耳を澄ます。


{既に米軍艦艇へは同様の周知を終えている。本来、自衛隊には自衛隊なりのフローがあるのだろうが、私から直々に同じ内容を伝達させて欲しい。三土海将補からも了承済みだ}


「なんだか物々しいな。もしや、やっぱり……」

 先にカレーを平げ、調理器具の洗浄に取り掛かる調理員長。テキパキと手を動かしながら、アナウンスに耳を傾けている。


{我々は既に戦闘行動を開始している。敵はナール連邦という覇権主義国家だ。連中はクレタ港を陥落させ、ダナエ王国へ侵攻するつもりでいる。ダナエ王国は我々の受け入れを表明しており、侵攻を受ければ我々の居場所が無くなるも等しい}


「戦闘行動……? じゃあやっぱり、米軍の2隻が……」


{未明、我々のスーパーホーネットが敵艦艇へ爆撃を行った。そこでデータも得ている。結論として、連中の戦力は取るに足らないモノであった。それに……奇しくも、ダナエ王国の王はペルセウスと言う。ギリシャ神話に登場する英雄の名と同じだ。……フン、さながら、我々はアテナとヘルメスがペルセウスへもたらした矛といった所だろう}


 マイクへ向かうマクドナルドの表情は険しい。

 実際のギリシャ神話とは大きくかけ離れているが、それもアテナ達が言う”寄せ集めの異世界”ならではといった所だろう。今頃、何処かで薄ら笑いを浮かべながら見ているのかもしれない。


「……まったく、いけ好かない連中だ――」

「――いけ好かないなんて、行儀の悪い日本語ですねえ? 僕はアナタの事大好きですよ、マクドナルド中将」


「っおわ! き、貴様ヘルメス! どこから……」

 突如として背後から現れたヘルメスに意表をつかれ、若干取り乱すマクドナルド。


「いやあほら、神出鬼没っていう言葉もあるくらいですし。あ、鬼は居ませんけど」

 ヘルメスは軽く人差し指を立て、相変わらず健やかな笑顔でマクドナルドと言葉を交わす。


{ぬかせ! こぉんのクソ神っ。いつもいつも小馬鹿にしたように現れやがって――}


「――聞こえてる聞こえてる……」

 マイクはONのままだ。ヘルメスとマクドナルドのやりとりは全艦艇へ筒抜けであった。


「ハハ、中将って怖い顔してるけど、案外お茶目なのかも」

「なんだか可愛いですよね。ふふふっ」

 予期せぬ所でを撒き散らしてしまった”鬼の中将”、ケビン・マクドナルド。面目丸潰れ――とまでは行かないが、かつて恐怖の対象でしかなかった人物の意外な姿に、一部の幹部達は安堵すら覚えるのだった。


{……チッ。うおっほん。失礼、取り乱した。……さて、攻撃任務の為、我々の2隻の艦が出航している。既に幹部達へ通達しているが、諸君らには万が一に備えた後方支援任務をお願いしたい。本作戦の目標は敵艦隊の撃破である。これは訓練ではない}


「いよいよ実戦って訳か……」

 徐々にではあるが、各隊員の表情が引き締まって行く。


{作戦名は……”オペレーション・ハルパー”。あらゆる敵の首を刈るという神剣の名に由来する。ほんの少し昼食の時間が遅くなるが、勝利という最高の調味料を掴み取るチャンスだと思ってくれ給え。では、諸君の健闘を祈る}


「”オペレーション・ハルパー”ですか。何ともセンスのよいネーミングですね。気に入りました」

 涼しい顔で茶茶を入れるヘルメス。


「フン、どうせこの為に呼んだのだろう。心底気に食わんが、今はこの御伽噺に乗っかるしかない。となれば、隊員の士気も上がるだろうからな」

 皮肉を交えた口調で反論し、司令官席の上で怖い顔をしながら腕を組むマクドナルド。作戦決行を控えているのもあるが、ナール連邦を撃破した後もやるべき事が山積みだ。

 今後の展開も含め、真剣な表情で思案を続けるのだった。






 ――


{こちら〈ホークアイ〉。本作戦に基づき、これよりコールサインを”マインズアイ”とする。JTIDS戦術データ・リンクは、リンク16を参照せよ。連中の骨の髄まで見透かしてやるとも}


 クレタ港より南方の海域。先に出航した米軍艦へ追いつくようにして、早期警戒機E-2〈ホークアイ〉が上空30,000フィートより管制任務に当たる。


{――了解、マインズアイ。こちら〈ビーバーダム〉。JTIDSはリンク16を参照する}

{――マインズアイへ、こちら〈イーサン・ロドリゲス〉。リンク16を参照中。良好だ}


 タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦〈ビーバーダム〉および、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦〈イーサン・ロドリゲス〉が並走。

 作戦海域において敵艦隊は地平線の向こう側であるため、マインズアイとのデータリンクを通じて正確な位置を把握して行く。


『――サンダース中佐、私は連中に同情しますよ。彼らにとっては悪夢のような出来事がこれから起きるんですから』

 〈イーサン・ロドリゲス〉CIC。各々が任務に臨んでいる静けさのなか、1人の隊員が艦長のサンダース中佐へ話しかける。

 

『……ウム。だが致し方あるまい。完膚なきまでに叩きのめす事が我々の今回の任務なのだから――』

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王国自衛隊 矢島ユウキ @KintaroY

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