キョーフの五時

真野てん

第1話

 わたしとどくしゃとなかMあたち


「変換、変換っと――」


 ぴんぽーん。

 深夜二時。

 突然、自宅のチャイムが鳴った。


 寝付けない夜にエディターソフトを開いて、趣味の小説を書いていた。

 いわゆる三題噺というヤツだ。

 お題はテキトーに創作系の無料アプリを使って決めた。

 スロットマシンみたいになってるアレである。


 じゃきん、じゃきん、じゃきん。


 私、読者、仲間たち。


 お題は決まった。

 さてタイトルを打ち込もうとしたその矢先のことである。


「――ったく、誰だよ……こんな時間に……」


 とは言うものの、内心はビビりまくっていた。

 今年で築30年になるボロアパートの角部屋。窓を開けると隣には、小さな墓地があるという絶景のロケーションだった。

 敷金礼金ゼロ。

 家賃も格安ということで住みだしたものの、やはり「それ」っぽい現象はたまにある。


 ぴんぽーん。

 もう一度鳴った。

 どうやら気のせいではないらしい。

 ここは腹を決めてドアを開けるしかない。


「ど、どなたですか――」


 やはり決心が付かなかったので、一応ワンクッション入れてみる。

 だが返事はなかった。


「あれ?」


 おかしいな。

 あれか。

 けっこう田舎だから、タヌキか山犬でも来て、チャイムを押したか――。


 がちゃり。

 鍵とチェーンを解除して、ドアを押し開こうとしたときだった。

 物凄い勢いでドアが外側へと引っ張られた。

 あまりに急なことでこらえようがない。

 つんのめった先に何かにぶつかってしまった。


 そこには――。


「オウ、ダイジョーブですかァ???」


 タンポポの綿毛のような髪型をしたマッチョな外国人が立っていた。

 首からは十字架のペンダントを提げ、歴史の教科書でみた宣教師のような恰好をしており、手にはご丁寧に聖書まで抱えている。


「だ、誰?」


「あたーちは、あなたに神のメッセージを伝えにきましたァ」


 やばい。

 これはとてつもなくやばいヤツだ。

 まだ幽霊や妖怪の類のほうがマシだったかもしれない。

 果たして常識が通用するかどうかは分からないが、とにかく早々にお帰り願わねばならないだろう。


「あ……あぁはいはい。そういうの間に合ってますんで、ね」


 掴んだままのドアノブを持ちうるすべての筋力で引き戻そうとした。

 だがビクともしない。

 さすがはマッチョな外国人のパワーだ。

 栄養の足りてない低所得層の労働者とはものが違う。

 かと言ってここで引き下がる訳にもいかない。


「離せよ! 警察呼ぶぞ、こら!」


「ダイジョーブでーす。こう見えてもあたち、中身はドMなのでーす。もっともっと罵声を浴びせてくれてもイイのですよー」


 これは怖い。

 常識が通じないどころの騒ぎではなかった。

 話が通じない。


 助けて!

 助けて!


 叫びたいのに身体がこわばって、声まで出なくなった。

 いよいよこの得体の知れないマッチョに、いろいろと口では言えないようなことまでされてしまう――そう思ったときだった。


「それでは神のメッセージをお伝えします!」


「は?」


 ゴホン、と。

 マッチョな外国人はひとつ咳払いをして。


「あーなたーは、ゴジをあらためますかァ?」


 ピピピッ――。

 ピピピッ――。

 ピッ――。


 スマホのアラームで目を覚ました。

 どうやら知らない間に寝ていたらしい。


「はっ――あの変態マッチョはっ?」


 いない。 

 どころかノートパソコンのまえから一歩たりとも動いていなかった。


 工場の鍵開け当番であるきょうは、確かに五時に目覚ましを掛けた。

 はやく寝なければと言い聞かせながら、例の三題噺を書こうとしていたのだが。


「五時? ゴジ――誤字」


 スリープモードになり、暗転しているノートパソコンの画面。

 恐る恐るPINコードを打ち込んでみると、復帰したモニターには昨夜から変換したままになっているテキストが表示されていた。




 綿使徒毒者と中Mあたち




「えぇぇ……」


 とんでもない虚脱を覚え、しばらくそこを動けなかった。

 さあ仕事だ。

 忘れよう。



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キョーフの五時 真野てん @heberex

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