【KAC20216】鏡の先

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第1話 出会い

「ねぇ、今日も誰も来なかったの?」

「残念ながらどなたも」

「えー、つまんない」


 足をばたつかせた私を見て、執事のレンティスがはしたないってたしなめる。

 普段は乾いている石積みの壁も、真っ黒な雲が広がる空に合わせて、漆喰まで濡れ濡れとしている。

 その薄暗い部屋で今日も、誰かに読んでもらうため私はいつものように羽ペンを手に取った。


――しばらく続いた春の陽気も、今日は雲に隠れてお休みしているようです。(中略)また、レンティスに怒られてしまいましたが、レンティスも同じ気持ちなのだと思います。たっぷりとお持て成しをするから誰か来ないかなぁ、と心待ちにしていますので気が向いたらお越し下さい。


 書き終わった日記を、レンティスに渡す。羊皮紙に滲んだ文字が送られるのを今か今かと待っているみたいに見える。まだまだ下手な日記だけど、誰かが読んでくれると思うと少しだけ寂しさが薄らいで、嬉しくなってくる。

 日記を書いたらどうかと言ってくれたのはレンティスだった。この広いお屋敷で、お出かけしたパパとママに残された私はお友達もいなくて寂しくて泣いていた。こんな、海に囲まれた島に誰かが来てくれることなんてないって分かっていても、寂しいっていう気持ちは澄ました顔で私にくっついてくる。あと半年も一人だなんて我慢できなくて、私はレンティスの提案に乗った。魔術があれば遠いところに言葉を送るなんて簡単で、だから、世界中にお友達ができて気になった誰かが遊びに来てくれると思った。

 でも、現実はそんなに甘くなくて、返信もなければ誰かが来ることもない。魅力ないのかなぁ、って思っても書いていると気持ちが楽になっていくから、つい続けている。


「ねぇ、ちゃんと送ってるんだよね、レンティス?」

「ええ。お嬢様の書かれた文章は由緒正しい方式で、一言一句違えずに送っております。ただ、こちらは何分不便なところでございますので、普通の方がお越しになるのは少々難しいのかと」

「じゃあ、お迎えに行ってよ!」

「お迎えに出るお客様がいらっしゃればいいのですが……」


 その時、誰かが訪ねてきたという報告が上がってくる。

 思わず飛び上がった私を、レンティスはもう一度叱った。


 いつもは閉めきっている大広間で待っていると、レンティスが三人を引き連れて戻ってくる。

 男の子が二人と女の子が二人。女の子は白いローブを着ているから魔導士に見えるけど、抱きつきたくなるほど可愛いい。

 そんなことしたらレンティスから何を言われるか分からないから我慢するけど。

 でも、三人が殺気立ってるのはさっきから感じていて、お茶をしながら歓迎できそうな雰囲気でないことだけは分かる。


「魔王ガイスはどこだ」


 先頭の男の子が声を上げる。

 パパは出かけてしまっていないことは書いたはずなんだけど、おかしいなあ。


「パパはお出かけ中だよ」

「そんなはずはない。俺達は魔王ガイスに捕まった君を助けて、魔王を倒すために来たんだ」


 お話が、おかしなことになっている。

 きょとんとした私を見て、レンティスが申し訳なさそうに頭を下げたのが分かった。




 お話を聞いてみると、レンティスは失われた魔術の一つでいくつかの鏡に私の日記を毎日送っていたらしい。

 古代の魔術で使っていた文字で送っていたせいで、パパからの宣戦布告に取られたみたい。


「この二百年平穏であった世界が、再び闇が覆うのか」


 それを最初に受け取った王様が慌てて冒険者を集めて、討伐隊を結成したそうなんだけど、白魔導士の女の子と先頭の男の子がきちんと私の文章を読んでくれていて、私がいることに気付いてくれたみたい。

 それで、パパに私が捕まっているから助けないとと思ってくれたみたいで、頑張ってドラゴンを仲間にしてここまで来てくれた。




「それが、着いてみれば女の子が一人で待ってるなんてな。全く、王様にどう報告したらいいんだよ」

「ありのままに報告するしかないんじゃない? でも、本当にびっくりしちゃった。私達と同い年ぐらいの女の子が魔王のお城でお留守番してるなんて」


 白魔導士の女の子がレンティスの入れてくれたお茶を美味しそうに飲んで笑う。

 同い年ぐらいっていうことは、十五歳ぐらいかなと期待する。


「取り越し苦労だったな、セレス。あの日記を読んでかなり息巻いてたが、本当に単なる日記だったわけだ」

「うるせー。あれ見りゃ冒険者は誰だって気になるさ。それに、あんなに可愛らしい文章を見せられりゃ、相手がどんな奴かは想像つくだろう」

「まあな。でも、そこから助けに行くぞという行動に移したわけだだから、それこそ誰よりも熱の入った読者だったわけだ」


 大柄な男の子が、大声で笑う。

 木の上で休んでいたスライムが驚いてずり落ちそうになるのを眺めながら、私はセレスっていう名前の男の子をぼんやりと見ていた。


 私にとっての、初めての目に見える読者。

 私の文を読んでくれた人。

 それを頭の中で噛みしめると、少し顔が熱くなるような気がした。


「ねえ、セレスさん、良かったらどこが良かったのか教えてくれませんか」


 セレスさんの顔が真っ赤になる。

 それは木になった智慧の実のようで、薄暗かった中庭が初めて新鮮な色を持つようだった。

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【KAC20216】鏡の先 鶴崎 和明(つるさき かずあき) @Kazuaki_Tsuru

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