駄菓子屋で双子の妹と入れ替わってごめんなさいママ(夕喰に昏い百合を添えて12品目)

広河長綺

第1話

お母さん、実は私、謝らないといけないことがあるんです。

実は、私、都亜じゃないんです。双子の姉の杞紗なんです。


10年前家の近くの駄菓子屋で、入れ替わりました。その後都亜が死んだので、私はずっと都亜として生きてきたんです。本当にごめんなさい。

なんでこんなことになったのか、今からお話しします。

どうか、私の懺悔を聞いてください。


…ありがとうございます。そこにコーヒーいれておきましたので、飲みながら聞いてください。



全ての始まりは10年前の駄菓子屋でした。

高校帰りに駄菓子屋によるのが習慣だった私は、その日も棚にならぶお菓子を眺めていました。

ラムネ。チョコボール。キャラメル。

古い木の匂いがする棚に、様々なお菓子が並べられています。

どれにしようか考えていると、

「もしもし、そこのお嬢さん」と声が聞こえました。

「なに?私?」

いきなり話しかけられて、私はビクッとなりながら振り返りました。


背後には、店員のおじさんが立っていました。レジのカウンターの所に座っていたはずですが、わざわざ私の後ろまで移動したようです。

私に何の用事があるというのでしょう?この時点で、もう不気味です。

「駄菓子屋のサービスとして、キミの心からの願いを1つ叶えてあげよう」

「なにそれ?ああ、わかった。あなた人違いですよ」

「人違い?」

オウム返しして、首を傾げたおじさんは、少し私の言動に驚いているように見えました。

私を都亜と勘違いするなんて見る目がないのね、と思いながら「どうせ、あなたも、私を都亜だと思って話しかけてるんでしょ?」

と、その顔を睨みながら言いました。


「どうしてそう思うんだい?」

「だって、みんなそうだから」ママが自分に無関心なことを思い出して、私は少し涙目になりました。その悲しみを発散させるように、おじさんに言葉をぶつけます。「都亜は私より優秀で人気者で、ママから愛されてる。あなたがいい話を持ってきたのだって、みんなから好かれてる都亜に対してに決まってる」


「いいや。違うんだ」無知な子供に諭すように、優しく首を振りました。「僕がいい話を持ってきたのは、杞紗さん、あなたにだ」


「ふーん」

私は、おじさんが自分の名前を知っていることに驚きました。

「それじゃあ、なにしてくれるの?言ってみてよ」

「都亜を消してあげよう」

「なに。それ。つまりこの駄菓子屋は、実は殺し屋でしたってこと?」

「ちょっと違うな」やっと状況を理解してくれてるぞという笑みを浮かべて、私のほうに向かって歩いてきました。嬉しそうな表情でした。「だが、当たらずとも遠からず、ってとこだ」


どうせ嘘だろ、と思いながらも敢えて話にのって「ちなみに、報酬は?」と聞いてみました。

「金は要求しない。ただし、お前はこれから先、都亜として生きろ。これが条件だ」

「何そのキモい発想。そんなのできるわけないじゃん」

「これがある」

おじさんは、カセットテープをポケットから出しました。


「何それ」

「都亜の学校で何と発言していたかを盗聴したデータだ。これを聞けば都亜の友人を騙す演技ができる」

「できるできない以前に、私は妹を恨んでいないから」

「キミが恨んでいようがどうしようが、関係ないよ」そう言って笑ったおじさんの顔にはどこか嘲りが感じられました。「明日の昼に都亜は死ぬ」

「は?」

「ビデオテープだけでも持っておいてくれ。そして明日の朝に都亜と携帯電話を入れ替えて、明日の12時にこの駄菓子屋に来なさい。そしてこの駄菓子屋を出たら、お前は都亜になる」

「なにそれ。おじさん、頭おかしいでしょ」

「明日は大変だと思うが、これでも食べて頑張りなさい」

おじさんは煎餅を私に差し出してきました。

その手を払いのけ、私は、

「食べるわけないでしょ」

と言って駄菓子屋を立ち去りました。しばらく走って離れました。それでも、あのおじさんの視線を感じて怖かったです。

それほどまでに、おじさんの狂気を宿した瞳が私の脳裏にくっきりと焼き付いていたのです。


そのせいで、その時のわたしの顔色は相当悪かったのかもしれません。家に帰るやいなや、ショートボブの髪のはかなげな雰囲気の少女が、わざわざ玄関まで来て、心配そうに駆け寄ってきました。

「どうしたの?」

妹の都亜です。

心の底から私を心配してくれています。本当に素直なのでしょう。とてもいい子だと私はつくづく思います。


「いや、駄菓子屋でちょっと変な人に話しかけられて」

「へー、大変だったね。これ、食べる?」

都亜が差し出してきたお菓子を見て、私は驚愕しました。あの、駄菓子屋のおじさんが持ってた煎餅だったのですから。


「なんで、それを」

都亜は私のリアクションに戸惑っていました。「お姉ちゃんどうしてそんなに驚くの?」

「このお菓子、どこで手に入れたの?」

「ママが、昨日買ってきたの」

それがどうしたの、と聞きたそうな声で、都亜が答えました。

何かまずいことしただろうかと不安そうです。

妹を心配させる姉なんて、かっこ悪いです。

私はヒステリックな言動で都亜を心配させる自分が恥ずかしくなって、

「ああ、そう。それならいい」と適当に言葉を濁してごまかしました。


心配はないはずだ、と私は判断しました。

妹曰く「自分で買ってきたものではない」、なら妹とは何も関係ないはず。気味の悪い偶然に違いありません。

そう自分に言い聞かせていると、「ただいまー」という声が玄関から聞こえてきました。

そう、ママです。

つまり当時のあなたです。


妹の顔に少し緊張が走ります。「おかえりなさい、お母さん」

「あら、おかし1個余ってるのね。もらうわよ」

ママは私の皿から煎餅を勝手に取って、パクっと食べました。その間私と目を合わせようともしません。


「…うん」

都亜はつらそうな顔で頷きました。

「それで、都亜。今日のオーディション、どうだった」

「補欠合格だったよ」

「あら、すごいじゃない。まだ経験が浅いのに、あと少しのレベルまでいってるのね」そう言って優しく微笑んだママは、どこにでもいるわが子を愛する母親に顔でした。その顔が私の方を向くことはありませんが。「次はお母さんも会場についていくからね」

「ありがとう。次は頑張るね」

ママは有名女優なので、都亜に女優としての期待を寄せています。その日の都亜の結果は、そんなママにとって満足するものだったようでした。さすが都亜です。


ご機嫌なママが自分の部屋に帰って行ってから、都亜は私の方を向きました。

「…ごめんね。お姉ちゃん」

そう言ってうつむいた都亜は泣きそうな顔でした。

「別に都亜が謝る必要はないでしょ。母さんが異常者ってだけ」

「ねぇ、児童相談所とかさ。行ってもいいんじゃないかな」

とても私を心配してくれる口ぶりで、気遣いの言葉を絞り出すように言いました。

「そんなことしたら、都亜のオーディションに影響するでしょ」

「でも、こんなの良くないよ」

「大丈夫慣れてるから!」

これで会話は終わりました。そしてこれが私と都亜の最後の会話になってしまいました。


結局、私も子供だったのです。都亜は何も悪くない、と理屈ではわかっていても心がついていきません。

どうしてもうらやましかったのです。妬ましかったのです。

駄菓子屋の変なおじさんが言うとおりになればいいのに、と心のどこかで思ってしまいます。



だから私はその日都亜に「何か危険なことがあるかもしれないから注意して」とすら言わず、次の日には言われたとおりに、朝に都亜と私の携帯をこっそり入れ替えて、12時に駄菓子屋に行ったのでした。



「別にあの不審者の言葉なんて信じてないけど」

自分に言い聞かせながら、駄菓子屋に入りました。

店員からくる「いらっしゃいませー」が、昨日と違う声で驚きました。

「あれ、男の店員さんいないんですか」と聞いてみると、「今日は休みですね」とバイトの店員が答えてくれました。

どこに行ったのだろう?と思いながら駄菓子屋を出ると、携帯が鳴りました。


「ねぇ、ちょっと、大丈夫だった、都亜ちゃん?」

焦ったような言い方で、ママの大きな声が聞こえてきます。この携帯は都亜のものなので、ママは私を都亜だと思っているようでした。

「どうしたの。お母さん?そんなにあせって」

「杞紗が通り魔に刺されたんだって」

「え?」

「しかも、少し離れたところで別の犯人による一家惨殺事件も発生したそうよ。都亜ちゃんは何もなかった?」

「うん。それで、杞紗はそうなったの?」

私は杞紗の安否を確認しようとしました。

「ああ、死んだそうよ」

ママはサラッと言いました。

「でも、大丈夫。杞紗なんてどうでもいい存在だから。都亜が無事だったらそれでいいのよ」

「…うんわかった。じゃあ、今日もオーディションに行ってくるね」

この瞬間、私は都亜になってしまったのでした。





そして今に至るというわけです。

しかし、実は私には一つ気になっていることがありました。

杞紗(本当は都亜)殺害と同じ日に起きた一家惨殺事件が迷宮入りしていることです。

これは、本当に私たちと関係していないのでしょうか?


10年間の間、ずっと、ずっと考えて先週真実に気づきました。

私が都亜と入れ替わる少し前に都亜は死んでいました。しかし、後から警察が「杞紗」を調べたらどうなるでしょう?都亜が死んだとき生きているのは杞紗ですから、杞紗が死んだ時間が後ろにずれて誤認されるのです。


それが何か関係あるでしょうか?

変わるのです。なぜなら都亜を殺した犯人は、都亜を殺した直後に一家を殺しているのですから。都亜が死んだ時刻が後ろにずれて誤認されることで、一家惨殺時にアリバイが成立します。1人殺しただけでは死刑にはなりませんからね。一家惨殺の罪を回避するために都亜は殺されたのです。


そんな都合のいい双子がいるのでしょうか。

もちろん、この殺人のために双子を作ったのですよね?お母さん?

双子になるまで何回堕胎したのですか?お母さん。


とにかく、最終的に成功しました。それが杞紗と都亜だったんですよね。

双子が自分の意思で入れ替わりたいと思うように、片方だけを虐待しました。全てはあの一家を惨殺するために。


…ええ。あの一家は復讐されても仕方のない非道なことをしたのですよね。知ってます。調べましたから。

あれほどの悪人が生きていることが許せなかったから、お母さんと実行犯の男は、こんな壮絶な方法を成功できたのですよね。

私もね、復讐は認められるべきだと思うんですよ。


だから、お母さん。今から都亜の復讐をあなたにしますね。


私は、妬ましく思っても、都亜が大好きでした。あんないい子が殺されたのに、お母さんが生きてるなんて、おかしいですよね?

話始めるころに飲んだコーヒー美味しかったですか?

そろそろ、体が動かなくなってきたでしょう?

大丈夫です痛覚は感じるようにしてありますから。


じゃあ、今から都亜が刺されたところ、刺しますね。お母さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駄菓子屋で双子の妹と入れ替わってごめんなさいママ(夕喰に昏い百合を添えて12品目) 広河長綺 @hirokawanagaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ