めるか
呉 那須
月も星もない空の下で
「最近不審者がこの学校の周りに出没しています。しっかりと下校班で帰ってください」
「その不審者は側転をしているそうです。見かけたとしても決して声をかけないですぐ逃げてください」
「せんせーなんでふしんしゃはそくてんしてるんですか?」
「みんなみたくまっすぐ歩けないからじゃない?」
そんな担任の話があった下校中、家の鍵がポケットに入ってないことに気づいたので下校班のリーダーの6年生に先に帰って欲しいことを伝えて1人で学校に向かいました。
校門を閉めようとしていた体育の先生に鍵を取りに来たことを伝えると、突然自信ありげに大切なものを忘れることがなんとか、これからの人生でうんたらと話し始めたのでだん憂鬱になってきました。本当はさっさと鍵を取りに行きたかったけれど、言い返す方がめんどそうだからと大人しく聞いてる内に、反論できない自分が小さく感じるのでした。
なんとか解放されたので、自分の机の中から鍵を取って学校を出ました。
すると、校門を出てすぐの通りを耳からツボの生えた浪人生とトーシツの八百屋の店主が側転をしていました。体育の先生やスーツ姿の大人たちはこの光景に対して無関心。
「めるかじゃん」
お姉ちゃんが私の正面にいました。
「なぜここに」「いや、たまたま通った」
それから、家の前の横断歩道までは互いに何も話さず帰路を歩いていました。
赤信号
「ねぇ、お姉ちゃんは側転してる人見た?」「見たけど」「なんで危ないのに誰も声掛けてあげないの」「気にしなくていいよ仕方ないことだから」「どゆこと」「生きてる世界が違うし他人事。なによりめんどい」「そんなものなの」「そんなもんよ」
青信号
「そうだ、テレビ録画すんの忘れてたから先に帰るわ」走って歩道を渡ると凄い勢いで車が飛び出して来て、お姉ちゃんは轢かれました。
駆け寄ると、お姉ちゃんだったものから脊髄が飛び出していました。
止まった車から出てきたのは私の父で近づくだけでパクチー臭い。
「なにしてくれんのよ」「誰だお前」「てめぇの娘だよそこに倒れてんのが姉だったものだよ」「そうだったのかそれより今日は今日なのかそれともここはどこなのか洗濯機を回したままなのかそれはいけない子だ」
そう言うとタガが外れたように側転をし始めてどっか行ってしまいました。
お姉ちゃんも床ずれを腰やかかとに作りながら側転をして父の後をついて行きました。
これは仕方ないことなの?
家の前まで着いた私は震えを抑えながら扉の鍵を開けました。家の中から味噌汁の匂いがしたので安堵してリビングに向かうと河豚の顔をした母が具のない味噌汁を眺めてニヤニヤと笑ってる。
母が側転をしてる姿を見たくないから、握りしめたままの鍵を捨てて家を出ました。
私の家の隣に住んでる自治会長の奥さんが買い物袋を持っているのが見えたので声を掛けました。
「こんばんはおばさん」「あらめるかちゃん、こんばんは」「家族が、みんな側転して何処かに行っちゃったんです」「あらそれはそれは、お気の毒ね。じゃこれから子供たちに晩御飯作ってあげないといけないから」「ちょっと待っ」
扉が閉まり鍵とチェーンをかける音が聞こえました。
月も星もない空の下を私は2本の足で走っていました。
走り疲れて電柱に寄りかかっていると、小さくなっていった私の体が夜空に消えていくようでした。
大きな影が私の前に現れたので見ると片方の車輪だけしかない車が一台、お迎えのように止まってる。それは万華鏡みたいに増殖していって私を囲ったので思わず目を強く閉じました。
カーテンから漏れる朝日で目が覚めました。
体は汗でびちょびちょになっていました。
夢だったのかと窓を開けるとランニングしてるおっちゃんやあくびしてる猫がいるいつもの景色でした。
部屋を出ようとドアノブを掴むと、扉を埋めるほどのクラゲが扉を埋めるようにいて、私の目玉をチクッと刺しました。
私の世界はまっくらになっちゃった。
そんな私を、家庭訪問している担任と体育の先生は同情するように
「なぁ、めるか君。もういいんだよ」「みんなにとってこれが大切なことなんだ」「安心していいからな」
と言ってクラゲの足に触れらないように私を掴んで庭の蔵に閉じ込めました。
蔵の中で側転をしながら外に聞こえるくらい大きな声で叫んでも誰も反応してくれず、声はいつもと変わらない日常に飲み込まれて消えました。
めるか 呉 那須 @hagumaru
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