ボイジャーを背負って

柳なつき

乾いた惑星の壊れた基地にて

 とどくかどうかは、わからない。



 乾いた惑星の壊れた基地。不時着した惑星探査機が突き刺さっている。惑星の表面はざらざらしている。酸素の層がふんわりと小さなこの惑星を覆っている。

 私はパソコンに向かう。キーボードをたたく。剥き出しの宇宙が私の部屋で天井で壁だ。私はキーボードをたたいている。金属でできた鳥みたいな形の通信衛星が飛んでいる。私はパソコンに向かってキーボードをたたき続ける。

 宇宙は水っぽい香りがする。キーンという耳鳴りのような音がいつもどこかで鳴っている。私はそう感じる。ほんとうはだれかと共有したいこと。だから、私はキーボードをたたく。

 カタカタカタカタ。


 物語を書く。ちっちゃなころから、物語が大好きで。

 この惑星には、文字を入力することのできるパソコンがあった。それに、なぜか地球とインターネットが通じている。

 だから、私は書きはじめた。


 ひとつ書き終わると、私は上向きの矢印をマウスでクリックしてアップロードする。


 視線を上げれば、地球がある。

 青い海と緑の大地の星。

 私がきっと、やってきた星。


 ポン、と通知が表示される。

 感想がとどく。


『今回もおもしろかったです!!』


 このひと、いつも感想をくれるひと。

 心があったかくなった。やっぱり私は大丈夫だ、ひとりじゃない、って思った。



★★★


 私は物心ついたときから、この乾いた惑星でひとりきりだ。

 でも、私はほんとうのひとりぼっちではない。


 私は地球のWeb小説サイトに小説を投稿し続けている。

 最初はエスオーエスのつもりだった。いまでも、そのメッセージは込め続けているつもりだ。他のサイトにもいくつか助けてと投稿したけれど、無視されたり妄想だと言われたりした。でもWeb小説サイトは私の書くものを受け入れてくれたのだ。

 遠い惑星で迷子になってずっと見つけてもらえないという私の書くお話は、ノンフィクションというよりむしろSFのフィクションとして評判がよかった。というか、いちど、運営さんからノンフィクションのカテゴリは不適切だから移動させてくださいって、指示をもらっちゃったりね。

 だから私はいま、SFフィクション書きとして活動している。自分の状況をもとに空想の翼を広げて書いているから、実際少しフィクションも混ざってきたかもしれない。

 いつかだれかが気づいてくれればいい。読んでくれているひとたちがたぶん空想のお話だと思っている私の孤独は、現実なんだって。そうしていつか――この乾いた惑星にひとりの私を、助けてくれるはずだ、って。



 惑星探査の任務をこなすため辺境の乾いた惑星にやってきた若い男性がむかしひとりいて、それが私のお父さんだ。でも会ったことはない。私が物心ついたときにはもういなかった。

 お父さんの遺した金属の棺桶には、お父さんの遺体はなくて。その代わりに詰め込まれていたのは、子育てロボットや、食料生産機、水分濾過機、酸素供給機、本やおもちゃや音楽レコードやテレビ、そしてパソコンとかケーブルとかが、たっくさん。

 子育てロボットが私を育ててくれた。彼女はお父さんのメッセージを受け継いで、なんどでも、繰り返してくれた。だから私は自分の境遇を幼いなりに理解していった。でも彼女も、私がひとりで絵本を読めるようになるころに寿命を迎えて壊れてしまった。

 私はこの惑星でほんとうに唯一の住人となった。


 お父さんは手紙も遺していた。それが読めるようになりたくて、私は文字の勉強を小さなころからいっしょうけんめい頑張った。お父さんの遺してくれた教育映像と本のおかげで、私はどうにか文字が読めるようになった。

 私のそばで朽ち続ける子育てロボットの背丈を、私が越したころ。私はついに、お父さんの手紙がぜんぶ読めるようになった。



 お父さんはボイジャーの精神を受け継いで、地球から旅立った。

 地球はもう限界だ。異常気象ですべてが滅ぶだろう。

 ボイジャーの戦士は少ない。だからお父さんもひとりだけで旅立たなければいけないはずだった。おまえと、おまえのお母さんを母なる星に残して。

 でもお母さんはおまえを産んだあと、隕石に当たって死んだ。

 だからお父さんはおまえをこっそり連れていった。わがままな行動だった。

 そしていま、お父さんは、惑星探査機の操作を間違えて不時着してしまった。血が止まらない。遺体は宇宙に流すように手筈を整えている。おまえに迷惑はかけない。もうすぐ死ぬだろう。

 だが娘のおまえだけが心残りだ。

 父子ふたりで生きられるように、たくさんのモノを積んできた。子育てロボットが助けてくれるはずだ。

 何もできなかった不甲斐ないひとりのボイジャーの戦士を許しておくれ。

 愛する娘へ。名前をつけたかった。でももう駄目だ。俺はもう終わりだ。血が止まらないんだ。さっきから。愛する娘よ。愛するステラよ



 手紙は、書きかけのまま終わっていた。

 読んだからといって、私が何かできるわけではなかった――でもお父さんの手紙は、たしかに、私のお父さんが肉筆で書いたものだった。わけもなく涙があふれた。



★★★


 ポン、ポン、ポン。また、感想が届いた。


『ボイジャーさんの書くお話は、まるで見てきたかのようです。創作のはずなのに、宇宙の描写とか惑星探査の事情とか、本当にリアルだと思います』

『地球に帰りたいという気持ちが沁みる。私もやっぱり大地と青空が懐かしいなあ』

『どうすればこの主人公を助けられたのかな。自分と思わず重ねてしまいます』


 私は、パソコンの画面を見つめた。

 いつも、私の書いたものを読んでくれて遠い惑星に感想をとどけてくれる。

 私の物語を読んでくれているひとたちには、いつもほんとうに感謝している。



 そのとき。

 遠くにある地球が、赤く光った。

 地球は真っ赤に炎上して――。


「……うそ」


 立ち上がって、しばらく呆然としていた。

 信じられなかった。

 でも、現実なんだ、これは。

 お父さんの手紙に書いてあった通りだ。異常気象で、地球は滅ぶんだ。


 私は、Web小説サイトの投稿画面を起動した。

 指の動きももどかしく、カタカタカタカタカタ、言葉をつむぐ、つむぐ、つむぐ。



 とどくかどうかは、わからない。

 でも、こんなことなら――もっと早く、書いておくべきだったんだ。


 新作のタイトルは、「ステラと宇宙の迷子」。

 私はいまの状況とお父さんの手紙を包み隠さず書いた。自分自身の文章で、ぜったいに伝わってほしいって祈りを込めて。

 ノンフィクションカテゴリで投稿しようか、一瞬迷って――いつもの通り、SFカテゴリにしておいた。いつも読んでくれているひとたちに、間違いなく読んでもらうためにも。



★★★


 地球は燃え続けているけれど、私のもとに感想はとどき続けた。

 今回の「ステラと宇宙の迷子」は、あまり評判がよくなかった。


『わかりづらかったです。面白いとも思えませんでした。こういうときだからこそ、楽しいものを求めているのに』

『結局なんの話だったの? オチもないし』

『うーん、こういうのもアリなんですかね。自分はピンときませんが。世界もこの情勢下なので、ある意味リアルでいいんですかね』 


 ありのままを書いたし、答えはない。

 だからそう思われるのは、仕方なかったと思う。


 でもなかには好意的な反応をくれるひともいた。


『ちょっと難しかったけど、よかった! 地球ヤバいっていうの、ほんと毎日思ってるからすごくわかる』

『ボイジャーさんのファンです。ボイジャーさんらしい雰囲気があって、好きです』

『地球は滅んでしまうんでしょうか。深く考えさせられました。まさしく現代の世界に切り込んだ意欲作といえますね』


 地球は、燃えている。

 それなのにみんなはどこから――感想を送ってくれているのだろう。


 そんななかに。

 ひとつ、気になる感想があった。


『読みました。よかったら、私の作品も読んでみてください』


 URLが貼られていた。

 私はクリックして、その物語を読みはじめる。

 SFジャンルのお話だった。タイトルは「戦士たちに敬礼」。



★★★


 地球は異常気象で限界を迎えていた。

 勇気あるボイジャーの戦士たち、つまり惑星探査隊が移住先を探したが、移住先は見つからなかった。

 人類は発送を転換させた。

 地球がヒートアップする瞬間が予測される。その瞬間に、みんなで生き残ればいい。

 生き残り計画は急ピッチで進んだ。


 人類は海底探査を開始した。その結果、海底にシェルターをつくることに成功。

 ヒートアップの予想される約十五年後までに、移住を終わらせた。


 人類は大地と青空が懐かしくなっている。

 だがいまは耐えるしかないときなのだ。


 帰ってこないボイジャーの戦士がいたことは認識している。

 だがその子どもまで迷子になっているという情報は、把握されていなかった。

 子どもに限らず、宇宙で帰れなくなっている人間は他にもいるかもしれない。


 地球のヒートアップは長くとも数ヵ月の見込み。

 その後、宇宙での探索を再開させたい。


 ステラという女性はボイジャー計画の要だった。


 地球にいても宇宙にいても、人類はみな仲間だ。

 地球の仲間たちは、いつでも宇宙に旅だった仲間たちを想っている。

 星を見上げて。忘れることは、決してないのだ。


 ボイジャーの戦士たちに敬礼。



★★★


 堅苦しい文体で、全体的に少し読みづらい作品。

 でも私は一気にその物語を読み終えてしまった。

 ……フィクションだとは、思えなかった。事情を知っているひとしか書けないような情報も、いっぱい載っているし。



 きっと私のために書いてくれたんだ、と思った。

 どこか神々しいまでの気持ちに包まれていた。



「……地球は滅んではいない」


 私は、地球を見つめる。

 燃え続けるその星。

 私のやってきた星。

 青くなくなっても緑でなくなっても、あの星は滅んでいない。

 滅んではいない、はずなんだ。信じてみたい。


「読者も、仲間たちも、みんな生きてる」


 そして、私も、生きている。

 だから。とどいていたんだ。



 ひとまずは「戦士たちに敬礼」の物語に、コメントをつけようと思った。

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ボイジャーを背負って 柳なつき @natsuki0710

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