正しい破滅の書の使い方

まぁち

私と読み手と同胞たち



 母様は私たちを創ってすぐに世界中に捨ててまわった。


 理由は知っている。曰く、人がチカラに溺れる様が見たいのだそうだ。


 私たちは破滅の書である。

 自身では自覚はないが、人がこの身に記した文字を読めばたちまち災厄を引き起こすチカラを手にすることができるのだそうだ。


 現在私の同胞はらからは無事、〝読み手〟に恵まれたようでそのチカラを存分に発揮している。

 いくつもの村や街が一夜にして壊滅するという噂を最近よく聞いていた。


 例えば眩い光に焼かれて街が無くなったとか、村人全員が突如血を吐き死んだとか、街の住人同士が殺し合って一人残らず殺されたとか。

 どれも私の同胞の有するチカラを彷彿とさせる事件ばかりであった。

 各々、自分の使命を果たせて喜んでいることだろう。


 チカラを手にした人間は必ずそれに溺れる。溺れさせるのが母様の望みだ。そして母様を喜ばせるのが私たちの本懐。


 だから私にとってとなったのは大変不本意で、不可解極まりない。


「はーちゃんおはよぉ」


 にこりと、破滅の書たる私に向けるようなものでない無邪気な笑みがあった。


 身なりはそれなりに小綺麗。

 おそらく身分で言うなら中流階級といった出で立ち。

 くすんだ赤色の髪を肩の辺りで二つに結んだ、どこにでもいそうな十代半ばの少女。


 破滅の書の〝読み手〟たり得る素質を持った人間は私たちと意思の疎通を可能とする。

 つまり外見上ただの本でしかない私に挨拶をする彼女は私の〝読み手〟であった。


 少女はエル。

 のどかな農村に住む学徒だ。


 エルの家の畑の上に落ちてきた私は必然的に彼女に拾われた。彼女は突如降ってきたわたしに目を丸くし、吸い寄せられるように手に取ってその中身に触れた。

 そして――


「じゃ、今日も畑耕すぞぉ」


 私の破滅のチカラは耕作に活用されていた。



 #


「ふん、ぬ」


 家の庭。

 その更地に近い広々とした土地の真ん中に立つのは、エル。

 彼女は真剣な表情で土へ手を翳し、目を閉じる。


「てやっ!」


 なんとも気の抜けるような掛け声と共に固い地面が広範囲に粉々に割れた。


「よ、おーし、今日は上手くいった」


 満足そうにエルは笑った。


 いや、全く上手くいっていない。


 私の破滅の書としてのチカラは『破壊』。人間に存在する不可視のエネルギー『魔力』を私を介して込めることによって超高威力の爆発を起こすことが出来る。

 殲滅という一点においては他の同胞を圧倒する速さで効率的に行える。

 だというのにこの人間は逆にその威力を抑えて土を耕す事に使おうとするとは、全くあり得ないにも程がある。


 私はいい加減我慢ならなくてエルに思念波を飛ばした。


『エル』

「うん?どしたの?」


 エルは大きな石の上に寝かせられていた私に振り向いた。


『そのチカラ、もっと別の事に使おうと思わないのだろうか』

「他って?」

『君なら一国を滅ぼす事も可能だ』


 エルは首を傾げた。

 私の言葉をうまく理解できていない様子である。


『気に入らないものを壊したいと思った事は?何かを思い通りにしたいと考えた事はあるだろう。それを実行出来るチカラを今君は持っている。私が言うのもなんだが、宝の持ち腐れではないだろうか』

「ん?むー……」

『チカラは使ってこそだろう。私の同胞もそうして人間に使われている』


 私は事実に基づく考えを述べた。


「んーっと、難しい事はあんまり分からないけどねぇ、力は使わない方が強くなれるんだって」


 だが、エルは穏やかな表情を崩さず、理解しがたい持論を披露した。


「はーちゃんのお友達がどうかは知らないけど、はーちゃんの力は優しい使い方が出来るんだよ」

『優しい使い方?』

「うん」


 エルはしゃがみ、私を抱えて人間の子供にそうするように撫でた。


『……ちなみに、ずっと気になっていたのだが、〝はーちゃん〟とはどういう意味なのだろう?』

「破滅の書じゃ可愛くないから、はーちゃんなの」

『可愛く……』


 エルの言う事は全くもって理解しがたい。

 だが、悪い気もしなかった。



『人間は不可解だな』

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