孤独とペンと旅する話

野原えにし

第1話

美津江。いかにも昭和臭いダサい名前。

それが私の名前だ。

光子とかでなくてよかったと考えるしかない。

今、この名前で私を呼ぶものは少ない。

みんな亡くなってしまったから。

まず2歳で実母が亡くなった。

これは、後に叔母から聞いた話だが、彼女には元々、当時の田舎医者では治せない心臓に持病があったらしい。そのために出産は無理と言われたのだが、結婚相手である実父には打ち明けられず、またたく間に妊娠。

実父には秘密裏に、祖母に墮胎させられたものの、またすぐ妊娠。それが私だ。

連続墮胎は母体に危険を及ぼすため、出産に踏み切ったと聞く。

ただ、当初の予想通り、出産は実母の心臓病を悪化させ、私が2歳になる頃に突然倒れて、そのまま天に召された。

2歳のガキが当時の記憶などあるわけなかろうと思うだろうが、私は鮮明に覚えている。倒れた母親に薬の瓶を一生懸命に押しつけ、枕元で呼びかけた。病院には、救急車も中々来ない農村であったため、本家の叔父が車で運んだ。倒れたのが午後で、病院についたのは夕方であったと思う。それから、仕事場から駆けつけた父親が来たりしたが、私には声もかけずに病室へ向かったことも覚えている。

それから、長い長い夜。病院の廊下の長椅子で毛布にくるまれ、祖母に抱かれていた。祖母は「お母ちゃんはおほしさまになった」と繰り返した。おぼろげながらもう母親は帰ってこないことを理解した。

葬儀はまだ土葬の時代。丸い装飾された棺桶を村人が墓場まで担いでねり歩く。私も花を持たされとぼとぼと歩いた。土葬の土をかけるとき、祖母は声を出さずに泣きながら土を丸めて、まるで亡くなった母親に届くかのようにどこっ、どこっと音を立てて土塊を投げていた。私はそれをただただ見つめていた。


これが波乱万丈な人生の出発点とも知らずに。


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孤独とペンと旅する話 野原えにし @enishi-kazane

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