私と読者と仲魔たち

ちょこっと

第1話

 書物。


 古くは紙ではなく、動物の皮に書き連ねられた過去を持つ。


 書物。


 現代では当たり前のように、そこかしこで見かける。


 書物。


 曰く、最古の聖書や最古の書物、果ては失われた信仰等と言われるものの存在は、現代でも人の興味を惹き付ける……と、思われる。






「だぁーーー! ぜんっぜん、ばず・・らんではないか! なんじゃこれは」


 一人の少女が、スマホ片手にイライラと画面スクロールをしている。なんとも古風な装いが幼い風貌にミスマッチしているが、本人は全く気にしている風ではない。


「ご主人様、そんな乱雑に扱われては、また落として画面のガラスを割ってしまわれますぞ」


 黒猫が足元に寄ってきて、じぃっと主を見上げる。


「わ、分かっておるわ。全く、現代の機器とやらは、どうも壊れやすくていかん。こんな脆さでは、異教徒共との戦闘にでもなれば、速攻で壊れるぞ」


 澄ました顔を作って、少女は手に込めた力を幾分か緩めていく。


「どうですかな。あっちはあっちで、こちらを異教徒だと思っているようですが」


 若干呆れた様子で、主の足に体を一擦りしていく。ゆらゆらと揺れる尻尾が遠ざかるのに目もくれず、少女は真剣な顔してスマホで何やら書き連ねていく。


「くっ……この、140字という字数制限め。大体、何故制限などがあるのじゃ。実際の紙に書き記すのとは違うじゃろうが。いんたーねっとならば、でーたでいくらでも書き込めるのではなかったのか」


 ぶつぶつと呟きながらも、フリック入力しては送信する。


「ふっふっふ。今度こそ、ばずって新たな信者を大量獲得よ!」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべる主を後目に、黒猫は表へ出た。


 古いアパートから出ると、すぐ近所の子どもが目敏く見つけてきた。


「あ! ねこちゃん!」


 幼い体で一直線に黒猫へと向かってくる。


 黒猫は車が来ていないか道路状況を確認して、子どもが追いかけてきても危なくないと分かると、素早く塀の上へと逃げた。


「ねこちゃーん、すごいじゃんぷだねぇ。どこのねこちゃんなのかなぁ」


 首が痛くならないのか心配になりそうなくらい、一生懸命自分を見上げて話しかけてくる子ども。恐らく幼稚園児くらいだろう。すぐに、母親とおぼしき女性が駆け寄ってきた。


「こら! 自転車から荷物降ろしてる隙に、走って行っちゃ危ないでしょう? 車が来たらどうするの。急に飛び出しちゃダメっていつも言ってるでしょ。本当に、本当に、絶対に飛び出したらダメ!」


 両手に鞄と手提げを持った母親が、すぐに飛んできて子どもを捕まえた。


 一応、現場を見ていた黒猫としては、子どもはちゃんと道路の端っこを移動していたし自分で左右確認もしていた。

 とはいえ、やはり幼き者が一人で歩くには危なすぎる。母親に叱られても、ケロっとして黒猫に話しかける子ども。なんとも豪気な子どもよ。それも、すぐに母親に抱えられて家へと帰って行った。


 一連の流れを塀の上から眺めて、あの幼児は将来大物になるかもしれんな等と考えを巡らせる黒猫。その頭上から甲高い声が降ってきた。

 アパートのベランダ、すぐ近くの柵に一羽の鴉が止まっている。


「ようよう、猫の。相変わらずお前さんは子どもに人気だな」


「鴉の。捕まったらもみくちゃにされるだけだ」


「やあやあ、人気者は余裕だねえ。お前の主に、その人気が欠片ほどでもうつればいいな」


「主の事は言ってやるな。あれで努力しているのだ。この現代に、現代の武器すまほとやらを使って、我らが真理を広めようとな」


「おやおや、そいつぁ中々難儀してるようだがねえ。昨日だって、うちの主が見ていたぜ? ついったあでも、全くふぉろわあが増えず、全然布教出来ていないってな」


「今はまだ、手慣らしよ。我らが真理の偉大さに触れて感化した者がいずれ世に満つるのだ」


「へえへえ、早くその時がくるように、同じ使い魔仲間として祈ってやるよ」


「お前なんぞに祈られんでも、主はやる時はやるのだ!」


 シャーっと、黒猫が飛び掛かる姿勢をして見せると、鴉はバサバサ羽ばたいて飛んで行った。


「まったく……せっかく主様が現代に復活されたというのに、この時代の書物はついったあとやらで、ばずらなければ埋もれてしまいやすいとはな。いや、それも主様がここ最近得た知見だ。一度、真偽を確かめる必要があるな。ついったあとやらで読者を獲得し、我らの真理を現代に広く知らしめるのだ」


 そう改めて決意を固めて、黒猫は尻尾をぱたんぱたんと揺らす。


「その為にも、他の使い魔仲間をもっと見つけなければ。あの阿呆鴉以外にも、現代に蘇った仲間たちはいる筈だ。主様と吾輩が蘇り覚醒したように」


 塀の上で気持ちを高ぶらせている黒猫のふくふくな耳に、先程の幼児の声が届いた。


「おかあさーん。ねこちゃんおそとでないてるよー。おなかすいてるのかなぁ?」


「首輪をしていたから、どこかの飼い猫ちゃんよ。ちゃんとご飯もらってるから大丈夫」


 なんと、吾輩が施しを求めて声を上げていると誤解されようとは……黒猫といえば、偉大なる使いだと知られた時代もあったというのに。

 いや、これからよ。まずはあの幼児。吾輩に興味津々なあの幼児から、新たな信徒に加えてやろう。


 決意を新たに一鳴きして、主の下へと帰る黒猫であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私と読者と仲魔たち ちょこっと @tyokotto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説