アラサー男でもWeb小説を書くと魔法少女になれるらしい。

乙島紅

アラサー男でもWeb小説を書くと魔法少女になれるらしい。


 夜風になびく桃色のポニーテール。

 翼の生えたブーツで軽々と屋根を蹴り、月に重なる可憐な少女の影。

 星の光に煌めくは、胸元を飾る誓いの真珠。

 その右手には万年筆をかたどった金色の剣。


「覚悟しなさい、悪魔ッ!」


 人家の屋根から中へと侵入せんとする黒い影をめがけ、上空から金色の剣閃がほとばしる。黒い影は醜いうめき声をあげて、煙のようにあとかたもなく消失した。


 少女は羽のような軽さで屋根の上に着地すると、「ふう」とちっとも汗ばんでいない額を拭う。

 そうだった。変身状態での体力は通常時の千倍。たかだか屋根の上を十キロメートル疾走したところで疲労を感じることはない。


「きららちゃん、かっこよかったよ」


 空飛ぶ絨毯のような栞に腰掛けた少女がもう一人。

 桃色基調にフリルがついた可憐な戦闘衣装バトルドレスに身を包むきららに対し、彼女は少し大人びた水色のロングスカート衣装である。

 にこにこと微笑む彼女に、きららはぷくっと頰を膨らませて言った。


「ちょっと、麗華ちゃん。そこは『かっこよかった』じゃなくて『かわいかった』でしょ」

「あ、そう? てっきり『かわいかった』は抵抗あるのかと思って」

「割り切ることにしたの。実際この姿の私、とってもかわいいし」

「はいはい、かわいいかわいい」

「もう、適当なんだから」

「それより〈天の甘露ネクター〉は集めなくていいの?」


 麗華に指摘され、きららはハッとした。


「いけない。忘れるところだった」


 先ほど黒い影がいた場所に立ち、胸元の真珠に手をかざす。すると真珠は淡い光をたたえ……天から光の粒がぽつりと落ちたかと思うと、吸い込まれるようにきららの桃色の髪の中へと消えていった。


「どう?」


 麗華が問うと、きららは目を輝かせてこくりと頷いた。


「いい感じ。これで今夜もバリバリ書けそう」

「良かったね、きららちゃん。私も一読者として、続きを楽しみにしてるよ」

「もうっ、お世辞はいいってば。麗華ちゃんだって書くの忙しいでしょ」

「まあ、ね。鳥さんのためにももっと頑張らなきゃ」


 すると、話を聞いていたのかポンッという音とともに丸っこい小鳥が二人の間に現れた。某小説投稿サイトのロゴの形をしたネクタイをしている、フクロウともスズメとも見分けのつかない不思議な鳥である。


「呼んだ?」


 鳥は羽ばたきながら首をかしげる。


「呼んでないけど、これからも頑張ろって話をしてたとこ」


 きららがそう言うと、鳥は満足げに頷いた。


「うむ。それが君たち魔法少女の使命だからな。悪魔は大事な大事な読者たちの心を蝕むやつらだ。それを君たちが倒せば読者は守られ、さらに神様がご褒美として〈天の甘露〉をくださる。君たちにとっても悪い話じゃないはずだ」


 鳥はぽんぽんときららの肩を小さな翼で叩く。


「さあ、〈天の甘露〉の効果があるうちに帰るといい。読者が待っているからね。それから……」


 鳥は麗華の方に視線を向け、考え込むように両翼を組んだ。


「君は、最近どうも更新が滞っているようだけど――」

「あは、ごめんなさい。ちょっと本業の方が忙しくって。でも繁忙期乗り越えたら小説も魔法少女も頑張るから、ね?」


 麗華は頼み込むように両手を合わせて鳥に向かってウインクしてみせる。あまりの可愛さに変身していなかったら失神しているところだ。

 鳥は訝しむような視線を投げかけていたが、麗華の言葉に安堵したのか元のひょうきんな顔に戻った。


「君がそう言うなら信じるよ。じゃあ、また」


 どこかへ飛び去っていく鳥を見送り、きららと麗華も別れを告げて帰路につくのであった。




 ***




『ココココケーッ! コッコッココケーッ!』


 これは生の鶏の鳴き声ではない。

 二十九歳会社員の飯田翔太の五度目の目覚ましアラームである。


「やべっ! 遅刻する!!」


 翔太は文字どおりベッドから飛び起き、ドタバタと身支度を整え始めた。

 いつも始業ぎりぎりに出社する彼だが、今日ほど寝坊するときは大抵本業以外の二つで忙しかった時だ。


 そう、彼のまたの名ペンネームは『聖橋ひじりばしきらら』。

 Web小説投稿サイトに細々と小説を書くアマチュア作家の一人であり、そして魔法少女きららの中の人である。


 ……がっかりしただろうか?

 だが仕方ない。日々増え続ける悪魔のせいで魔法少女業界は常に人手不足。アラサー男の手も借りたい状況なのである。


 ぼさぼさの寝癖がついた髪のまま、ぎりぎりで満員の通勤電車に乗り込む。彼は落とさないように注意深くポケットからスマホを取り出し、自身が投稿するWeb小説サイトを開いた。


(お。最新話、夜中に上げたのにもう読んでくれた人がいる)


 つい嬉しくてにやけてしまいそうになるが、痴漢の冤罪防止のためにも翔太は平静を装った。こうして通勤時間に自分の小説に対する反応を見るのが彼の至福のひとときだった。

 元はうだつの上がらない三流作家で、小説を投稿しても一PVもつかないことなどざらだった。だが、魔法少女稼業を始めてからというものすこぶる調子が良い。更新するたびに数百PV、新規読者数十人、さらには星評価をつけてくれる人までいる。


(これも〈天の甘露〉のおかげ、か)


 〈天の甘露〉とは、つまるところ創作のアイディアである。どういう仕組みか分からないが、これを受け取るとみるみる創作意欲が湧いてきて、踊るように小説を書き進められるのだ。

 正直、あの鳥から魔法少女契約の話を持ちかけられた時は怪しさMAX、仕事も小説もうまくいかないヤケ酒で泥酔していなければまず承諾しなかっただろうが、今となってはあの時の自分に感謝している。おかげで小説も捗っているし、魔法少女として悪魔をぶった斬るのはなかなか良いストレス解消だし、こうしてたまに仕事に遅刻しそうになるのを除けば良いことずくめだ。


(そういえば……麗華さん、やっぱり更新止まってるな)


 そう、魔法少女・麗華――ペンネーム『小鳥遊麗華たかなしれいか』も翔太と同じWeb小説作家である。魔法少女稼業を始めてから知り合い、似た境遇から意気投合して、サイト上やSNSでもフォローしあう仲になった。

 小説も悪魔の討伐も友であり良きライバルとして競うようにやってきたが、ここ数週間くらいは更新がパタリと途絶えていて少し心配だ。鳥には仕事が忙しいと言っていたが、SNSで呟いている頻度を見る限りそこまで忙しそうには見えない。


(まあ、麗華さんもスランプぐらいはあるよな)


 元来ネガティブ思考の翔太だが、これも魔法少女効果なのかポジティブに考え直し、再び自分の小説の感想チェックに戻る。そういえば最近エゴサーチをしていない。たまには、と興味本位で検索窓に自分のペンネームを打ち込んでみた。


「げ……なんだよ、これ……」


 思わず声が漏れる。周りの乗客にじろりと見られ、翔太は身を縮こめながらもヒットした匿名掲示板のWeb小説スレを開いた。そこにはありもしない悪口が書き連ねられていたのだ。


 ――『聖橋きらら』、不正でPV稼いでるらしい。

 ――まじか。あんなキラキラPNでよくランキングいるなと思ってたわ。

 ――レビューもサクラばっかりじゃね。怪しいアカウントがごろごろ。

 ――はいはい、自演乙。

 ――違反報告してきた。

 ――仕事早いwww


 不正なんて、断じてしていない。

 こちとら入社してから三回PC壊して始末書書かされたレベルの機械音痴だぞ。

 PV操作とかサクラレビューなんてできるわけがない。


 自分は無実である……確固たる事実があったとしても、匿名で知らない人に悪口を書かれている現状に自信を失わずにいられる人間は少ない。

 結局その日はぼーっとしてしまって、上司に散々叱られる羽目になった。

 家に帰ってもなんだか気力が湧かず、ベッドに寝転がっているとカーテン開けっ放しの窓のところに慌てた様子の小鳥の影が見えた。


「きらら、大変だ! 麗華が……麗華が悪魔になってしまった!!」




 ***




 翔太はこの時初めて悪魔が発生するメカニズムを知った。

 悪魔とは……すなわち闇堕ちしたWeb小説家から生まれる負のエネルギー体であった。

 自信を失い、迷走を続けると、本来創作にあてていた膨大なエネルギーを他人を妬むことに向けてしまう。人気作家を貶め、一方的な批判を繰り返し……そうして荒んだWeb小説界隈からは純粋な読者たちがどんどん去ってしまう。

 それを防ぐために、鳥は悪魔化しそうな底辺作家に声をかけて魔法少女に変え、悪魔をその手で処理させていたのだ。


「なによそれ……そんなの残酷じゃんか……!」


 鳥から真実を聞いた翔太――もといきららは両の瞳に浮かんだ涙を拭う。

 対峙するはかつての友、小鳥遊麗華。

 ちなみに正体はアラフォーの太ったおっさんであった。残酷な真実その2である。

 ずんぐりとした熊のように黒い影をまとった麗華に、きららは金の剣の切っ先を向け……首を横に振った。


「違う。こんなのじゃ麗華ちゃんを救えない」


 だらりと剣を下ろすきらら。理性を失い、容赦なく襲いかかってくる麗華。

 だが、きららは抵抗するどころか、魔法少女の力の源である胸元の真珠のブローチを外してしまった。


「きらら、何を――」

「トリさんは黙ってて」


 そう言って、きららは麗華を抱きしめる。たとえ変身が解けたその身に黒い影が侵食しようとも。


「思い出して、麗華ちゃん。たった一人でも、読んでくれた時のあの喜びを……。私は麗華ちゃんの小説が好き。あなたのファンは、目の前にいるんだよ……?」


 すると黒い影の向こうから、くぐもったおっさんの声が響いた。


「きら、ら……私……!」


 少しずつ黒い影が消えていく。端から見たらアラサーの青年とおっさんが抱き合っている異様な光景。それでも二人は互いの本質である「小説を書きたい」という気持ちを見つめ合う。


「私、続けたい……小説も、魔法少女も……!」

「うん、応援するよ……! だから一緒に頑張ろう……!」


 たとえ中身がアラサーだろうとおっさんだろうと。

 夢がある限り、友がいる限り進み続けるのだ。


 さあ行け! Web小説家たちよ。




〈おわり〉


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