読者 hazardous creation

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第01話:読者 hazardous creation

 私はカクヨムで小説を書いている。でも、私が頑張って小説を書いたところでPVすらつきやしない。星や応援なんて夢のまた夢だ。だから私に残された道はマッドサイエンティストになるほかになかった。

 実験室ラボラトリの薄暗い闇の中、眼前に広がる巨大な水槽。満たされた培養液に無数の仲間くんクローンが浮かんでいる。水槽のガラスに触れると、ひんやりとした感触が伝わってきた。

 私の友人であり、私の小説に唯一おすすめレビューを書いて星をくれる仲間くん。彼のクローン人間を大量生産すれば、やっと念願が叶う。感傷に浸っていると背後に人の気配がした。それはオリジナルの仲間くんだった。彼の視線が私を射抜く。


「何故こんなことを!?」


 銃口を私へ向けて仲間くんが問う。その手は微かに震えている。


「決まっている。彼らクローン仲間くんたちには私の書いた小説を読み、星をつけ、おすすめレビューを書いてもらうのだ」


 クローンの培養はすでに完了している。彼らを解き放てば数兆人の仲間くんが地球全土にバラまかれ人類の99%以上が仲間くんのクローンとなるのだ。彼らが私の小説に星をつければ、私の小説がジャンル別ランキングで1位を取ることができる。いや、総合ランキング1位も夢ではないだろう。


「PVや星のために人の命をもてあそぶなんて許されるはずがない!」

「カクヨムではサービス利用規約で1人1アカウントと定められている。ならば、いつも星をくれる貴様をクローンし、クローンの数だけアカウントを登録すれば良いのだ。それこそが世界の真理!」

「違う! それじゃきみはエゴイストに成り果てるぞ!」

「エゴイストの何が悪い? 読専の貴様に作家のさがが理解できようはずもない」

「それでも俺はきみに進むべき道を示してみせる!」


 仲間くんは銃を投げ捨ててフェルトペンを取り出す。ホワイトボードに素早く『PV&星を稼ぐには?』と書き込む。疾風の如くペンが舞い、瞬く間に文字が現れる。見出しは『市場調査』、『認知』、『興味・関心』、『読む』、そして『満足・推薦』。

 彼が私の方へと向き直る。


「どんなに面白い小説を書いたって、読んでもらえなければ星はもらえない! そして読んでもらうには、まずは作品に辿りついて――」

「笑止」私は話を遮る。「今さらマーケティング戦略や創作論について語り合う気などない」懐から取り出したスイッチを掲げる。「これを押せば全てのクローンが解き放たれる。そして私の小説には天を彩るよりも多くの星がつくのだ」


 想像しただけで堪えきれずに笑いが漏れる。だが完璧なはずの計画は仲間くんの一言によって崩れ始める。


「ダメだよ。きっとクローンは星をつけない」

「……なん、だと?」


 申し訳なさそうに仲間くんがうつむく。


「だって、ほら、きみの小説って、その、あんまり面白くないからさ」


 ……え? 彼が何を言っているのか最初は理解できなかった。耳から入った言葉が少しずつ脳に染み込んでいくように、ゆっくりと理解が進み、目の前が真っ暗になる。


「……ならば、何故いつも星をくれたのだ?」

身内贔屓みうちびいきの同情票だったんだ」仲間くんは目じりに涙を浮かべる。「すでに星がついていたら俺は正直に作品を評価すると思う。それが友達きみのためだから」


 膝から崩れ落ちた私は、腕でかろうじて体を支える。

 呆然とする私に仲間くんは近づいて微笑んだ。


「クローンなんか作ってないで、小説を書く努力をしようぜ」

「……身も心もマッドサイエンティストと化した私に今さら小説を書く資格など」

「大丈夫。きみはやりなおせるさ。きっといつか面白い小説を書ける」


 仲間くんが手を差しのべる。

 その瞬間、けたたましい音とともにドアが破られ、何人もの人間がなだれ込んできた。そのいずれもが屈強な体躯。そして手にはライフル。その姿は間違いなくカクヨム利用規約捜査官だ。


「手をあげろ! お前たちにはカクヨム利用規約第14条に抵触した容疑がかけられている!」


 捜査官たちが構えるライフルは私と仲間くんに向けられた。


「抵抗すれば容赦なく発砲する! だが抵抗しなければ黙秘権と弁護士を呼ぶ権利が与えられる!」


 ゆっくりと両手をあげると、仲間くんが私にだけ聞こえる声で言う。


「3つ数えたら逃げるぞ」

「馬鹿な。逃げ切れると思っているのか?」私も小声で返す。

「大丈夫。俺がいる」仲間くんは続ける。「やりなおすんだろ、きみは。こんなところで死んでたら小説を書けないぜ」


 彼がゆっくりとカウントダウンを始める。

 3……2……1……。

 0と同時に私は走り出す。目指すは『きんきゅうだっしゅつそうち』と書かれた緊急脱出装置だ。

 一歩ふみ出した瞬間、捜査官のライフルが一斉に火を噴く。だが私に銃弾は届かない。仲間くんだ。彼が私の盾となるように並走していた。ライフルに撃ち抜かれない筋肉。銃弾を受けても揺らがない体幹。さすが仲間くん!

 なんとか脱出装置に乗り込む。起動レバーに手をかけるがすぐに手を止めた。まだ仲間くんは装置の前で仁王立ちになり銃弾の嵐を防いでいた。


「早く乗るのだ!」

「ここは俺に任せて先に行け! 大丈夫、必ず後を追う!」


 彼は何を言っているのだろう? 脱出装置はひとつしかない。彼を置いていけば彼に逃げる手段は残されていない。そう指摘する前に彼は言う。


「実は俺、この戦いが終わったら故郷に帰って結婚するんだ」


 それはめでたい。なら尚更、置いてはいけない。

 仲間くんの手を引こうとすると、彼はその手を振り払って脱出装置の起動レバーをONにした。そして一歩下がる。「約束してくれ。もうマッドサイエンティストにはならないって。作家になって絶対に面白い小説を書くって」

 次の瞬間、脱出装置をシールドが覆い、外界と完全に遮断された。そして瞬時に外へと転送される。そこは国外のビル街にある人気ひとけのない一角だ。

 ――約束してくれ。もうマッドサイエンティストにはならないって。作家になって絶対に面白い小説を書くって。

 仲間くんの最期の言葉を反芻する。そして真っ直ぐに前を向いた。書こう、小説を。もう仲間くんが星をくれることもおすすめレビューをくれることもない。それでも彼との約束を果たすんだ。今この瞬間から私はマッドサイエンティストじゃない。ただ純粋に作家となるのだ。


 大通りに足を運ぶ。大勢の人が足を止めて街頭ビジョンを眺めていた。この国の大統領が演説をしている。

 演説の内容を要約するとこうだ。まもなく隕石が地球に衝突する。破壊を試みたが無理だった。人類は終わりを迎える。

 これから作家として生きていこうとした矢先に人類が滅亡? そんな馬鹿な。それでは仲間くんとの約束を果たすことができなくなってしまう。

 この問題を打破するためにはどうすればいいか? すぐにひとつの考えに行き着いた。過去の自分、マッドサイエンティストの力を使えば隕石くらい破壊できると。でも、それは仲間くんとの約束を破ることも意味していた。それにカクヨム利用規約捜査官に見つかってしまう恐れもあった。

 私はどうするべきなのだ。作家として人類滅亡を待つか。それとも仲間くんとの約束を破り、マッドサイエンティストとして禁忌を犯し、カクヨム利用規約捜査官に射殺されるか。

 私はスマホを取り出すとカクヨムのアプリを立ち上げた。たくさんの新作が投稿されている。それら作品を書いたのは、顔も知らない、何の接点もない作家たちだ。彼らは私を作家仲間として認めてくれるのだろうか。……根拠はないけれど、きっと認めてくれる。カクヨムはそういう場所だと信じている。ならば私は作家仲間たちを守るために、私だけができることをしよう。

 急いで緊急脱出装置の出口に戻ると、回路を反転させて起動する。私が実験室ラボラトリに転送されると、カクヨム利用規約捜査官たちは驚いた。その隙に私はクローンの解放スイッチを押す。

 次々と仲間くんのクローンがロケットエンジンで飛び出していく。実験室ラボラトリ内のモニターに、クローンにつけられたカメラから映像が送られてきた。隕石に辿りついたクローンたちは、星をつけるために強化された指で隕石を押し返す。個々の力は弱くとも数兆ものクローンの指は隕石を押し返すのに十分な力を発揮した。そして、いざという時のための自爆装置で大爆発したクローンたちは隕石とともに砕け散った。

 最後のクローンが爆散してモニターの映像が途絶えると、私は一息ついて両手をあげた。もうすでにカクヨム利用規約捜査官たちに囲まれていた。捜査官のひとりが私に銃口を押し当てる。


「警告したはずだ。抵抗すれば容赦なく発砲すると。なのに、なぜ逃げた?」銃のトリガーに力がこもる。「そして、なぜ戻ってきた?」


「……カクヨム作家の仲間になるために」


 それを聞いた捜査官は溜息をつくと無線でどこかに連絡しはじめた。「現場に利用規約違反者はいなかった。いたのは、ただのカクヨム作家だけだ」そう言うと捜査官たちは銃口を下した。


「見逃すのは1度だけだ」


 捜査官たちは次々と撤収していく。「あんたの次回作、期待してるぜ」そう言い残して。

 私が捜査官を見送ると、不意に背後から声がした。「やったな」

 振り向くと壁に寄りかかって立っている仲間くんがいた。驚いた私を尻目に仲間くんは胸ポケットから傷ついたスマホを取り出した。


「奴らの銃の腕は本物だった。的確に俺の心臓だけを撃ち抜こうとしやがった」

「だからスマホが盾になって助かったというのか」

「それは違う」彼はスマホの液晶を私に向けた。

「それは……カクヨムか?」

「きみの小説だよ」


 彼が私の小説を閉じると、その瞬間、スマホが粉々に砕けた。


「お前の小説じゃなかったら助からなかった。お前の小説だから俺は助かったんだよ。面白さだけが小説の全てじゃないってことだな」


 仲間くんが笑みを私に向ける。「だから自信を持てよ。きみの作品は無意味じゃないんだ」

 その言葉を聞いて初めて私は胸を張って答えられた。「そうだ。私は作家なのだな」と。

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