文芸部の後輩の小悪魔系女子に、一緒にラブシーンの勉強をしようと言われて抱きつかれた件
真木ハヌイ
美少女の後輩とラブシーンのお勉強?
「あ、センパイ、まだ部室に残ってたんですね」
放課後の文芸部の部室。一人だけ残って黙々と執筆をつづけていた僕の耳に、こんな声が聞こえてきた。はっとして、声のしたほうに振り返ると、部室の入り口のところに一人の女子が立っていた。
「ああ、君か」
よく知った顔だった。そう、彼女は僕と同じこの文芸部の部員、佐藤ハルナだ。ここでは同じ苗字の佐藤さんがいるので、みんなハルナと名前で呼んでいる。
ハルナは少し小柄であどけない顔をした美少女だ。ただ、けっこう口が悪く、人をからかったようなところがあるので、影ではひそかに小悪魔系女子と言われている。
「ハルナ、どうしたんだい? 忘れ物?」
「ええ、まあ。センパイこそ、なんでまだ部室にいるんですか? みんな帰っちゃったのに」
「……僕は、家にいるより、ここのほうが執筆がはかどるんだよ」
そう、僕には二人の弟がいて、家では何かと騒がしいのだ。部室のほうがよっぽど集中できる。
「そうですか。そろそろ新人賞の締め切り近いですもんね」
「まあね。毎回一次は通るんだけどそっから先が全然でね。やっぱ才能ないのかなって」
「そうですか? 私は好きですけど、センパイ」
「え」
「……の、小説」
と、一瞬どきっとした僕の顔を見て、おかしそうに笑うハルナだった。うう、こいつまた人をからかって。
でも、書いている小説のことを「好き」って言ってくれるのは、これはこれでうれしいなあ。えへへ。
「ありがとう。ハルナにそう言われると、僕もやる気が出るよ」
「あ、でも、なんでセンパイの小説が一次通過どまりなのかも、私なんとなくわかる気がするんです」
「え、本当に? 教えてくれ、僕の小説のどこが悪いんだ?」
「あ、なんか必死ですね、センパイ。お顔が真っ赤ですよー」
「う、うるさい!」
また人をからかって。新人賞の締め切りが近いんだぞ。これが必死にならずにいられるか!
「じゃあ、教えてあげます。センパイの小説に足りないもの、それはズバリ、リアリティです。あくまで私の、一読者としての意見ですけど」
「リアリティかあ……」
急にそんなこと言われてもなあ。岸部露伴先生じゃないんだから。
「センパイの場合、特にラブシーンがよくないと思います。主人公とヒロインとの会話がぎこちなくて」
「言われてみれば……」
確かに。僕は、ラブシーンはすごく苦手だ。愛し合っている男女がどんな会話するとか、さっぱり想像できないし。僕ってば、高校二年生にもなって恋愛経験ゼロなのだ。
「わ、わかった。指摘ありがとう。なるべく自然に書くように努力する……」
ショックだったが、こういう的確な批判はありがたかった。さすが同じ文芸部の仲間だ。ハルナに礼を言った。
だが、直後、ハルナは妙なことを言うのだった。
「センパイ、よかったら、今から私と一緒に勉強しませんか。ラブシーン」
「え?」
ラブシーンを勉強? どういうことだろう?
「一緒に恋愛小説を読んで、描写や会話を研究するってこと?」
「違いますよ。こうするんです」
と言うやいなや、ハルナは椅子に座っている僕の背後から、覆いかぶさるように抱きついてきた!
「こ、こうするって、何が……?」
何が何だかさっぱりわからない! 女子に抱きつかれたのなんて生まれて初めてだ。それもハルナみたいな美少女が相手だなんて……ドキドキしてしまう。
「センパイ、私たちは今、恋人同士ってことですよ」
「え? 恋人? なんで突然?」
「そういう設定です」
「あ、うん。そういう設定ね……」
なるほど、わからん。
「ほら、ロールプレイってあるじゃないですか。それぞれに役割を決めて、それになりきって演技する」
「はあ?」
ロールプレイってテレビゲームのことじゃないのかな。違う意味もあったのか。ハルナって物知りだなあ。
「だから、私は今、センパイの彼女です。なので、思いっきりイチャイチャしてみてください。本物の恋人になりきって」
「そんなこと急に言われても――」
「あくまで取材ですよ。センパイがリアリティのあるラブシーンを書けるようになるための」
ハルナはさらに僕にぎゅうっと抱きついてくる。すごくいいにおいがする。そのさらさらの黒い髪が、僕の首筋を撫でる。
「そ、そうか、これはあくまで小説の勉強の一環――」
相変わらず胸がドキドキして落ち着かないが、ハルナが僕のためにここまでやってくれているんだ。僕も頑張ってみようと思った。
「じゃ、じゃあ、さっそく君の彼氏になりきって聞くよ? 『ハルナ、今度の日曜日、映画にでも行かない?』」
「行かない」
「えっ」
「映画館だと、センパイにこうして抱きついたりできないでしょ。だから行かない」
「そ、そうか、じゃあどこかでランチ――」
「外食はいや」
「えっ」
「ごはんなら、私のおうちで一緒に食べましょ。日曜日は誰もいないはずなの。だからセンパイとずっと二人きりでいられるはずよ」
「そ、そうか。わかったよ。でも、ごはん食べた後、何しようか? ゲームとかある?」
「ゲームはいや」
「えっ」
「エッチしましょ」
「え!」
「あ、でも、わたし、日曜日まで待てないかも……」
「ま、待てないってどういう――」
「誰もいないし、せっかくだしここで……」
と、答えると、今度は僕からいったん離れ、制服の上着のブレザーを脱ぎ、シャツのボタンを一つずつ外していくハルナだった。
やがてそこから垣間見えるピンクのかわいらしいブラジャー……。
「ハ、ハルナ! ダメだろう! こんなところで脱いじゃ――」
思わず椅子から立ち上がり、その手をつかんで止めた。
「だって、私もうがまんできないもん。センパイ、大好き」
しかし、ハルナは頬を赤く染め、潤んだ瞳で僕を見つめる。
なんて演技力だろう。今のハルナは完全に僕に恋する女の子になりきっているように見える。
「で、でも、が、学校でエッチはさすがにまずいよ」
僕も必死に彼氏になりきって演技をつづけた。
「……じゃあ、センパイ、キスして」
「えっ」
「今はキスで許してあげる」
と、今度はハルナは正面から僕に抱きついてきた。うわ、女の子の体ってなんてやわらかくてあったかいだろう! しかもすごく細い!
「……センパイ、お願い、して」
「え、いや、その……」
ハルナはやはり完全に僕に恋する女子になりきっているようで、強くせがんでくる。これが僕の小説に足りなかったリアリティってやつか……。
「わ、わかったよ」
とりあえずほっぺにキスしちゃおう。それでいいよね。そう思って顔を近づけたが……そこでハルナは僕の頭を両手でつかんで自分のほうにぐっと引き寄せた!
「あ……」
直後、僕の唇に、ハルナの柔らかい桃色の唇が重なった。そう、思いっきりキスしちゃった、僕たち!
しかも、ハルナは何度も自分から僕の口に唇を近づけてくるのだった。僕はもう抵抗できなかった。目をつむり、ハルナにされるがまま、何度も彼女とキスした。
やがて気が付くと、ハルナは近くの机に腰かけ、僕はそんなハルナの胸にもたれかかっていた。夕暮れのオレンジ色の光が窓から差し込んできて、そんな僕たちを照らしていた。
ハルナの胸のシャツはやはり少しはだけていて、そこに耳を押し当てていると、ハルナの心臓の鼓動が聞こえてきた。すごく早く高鳴っていた。
ああ、そうか。
さすがに演技で心臓の鼓動まで早くできるはずがない。きっとハルナは、最初から演技なんてするつもりはなかったんだ……。
「あ、あの、センパイ、ごめんなさい」
ふと、そこでハルナが僕に言った。
「私、嘘ついてました。本当は、センパイの小説、どこも悪いところなんてないです。リアリティがないとかデタラメ言ってごめんなさい」
「いや、いいよ」
ハルナの胸に顔をうずめたまま、僕は笑った。嘘をついた理由はなんとなくわかるし。
「あ、でも、これはこれで勉強になる気がしますし、よかったらまた私とこういうふうにしませんか?」
と、尋ねてくるハルナの心臓は、よりいっそう激しく脈打っているようだった。
「そうだね。やっぱり何事も体験だしね」
ハルナの胸の中で僕はまた笑いながら答えた。
文芸部の後輩の小悪魔系女子に、一緒にラブシーンの勉強をしようと言われて抱きつかれた件 真木ハヌイ @magihanui2020
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